第10話 失われつつある甘味
「ほら、めしあがれ。三ツ星パティスリーのクッキーだよ」
「『わーい! いただきまーす!』」
エイルとシロンは、ロウランにふるまわれたクッキーへ、ためらいなくがっついていきました。
リビングの二つのソファーにはさまれたテーブルには、姉妹と妖精のぶんのティーも用意され、いつのまにかお茶会のような雰囲気になっています。
「ほら、妹ちゃんも。どうぞどうぞ」
エミルもこの展開にとまどいながら、ロウランにうながされるままクッキーを口にしました。
忘れがちですが、いまは真夜中。そんな時間のおやつには、どこか背徳感があります。
高名な菓子店のクッキー――いったいどれほどおいしいのだろうと期待しながら、ひとかじり。
「……あれ?」
エミルは、すぐに違和感を覚えました。
なんだか……三ツ星というわりには……そのへんで売っている缶入りクッキーと変わらないような味です。
まさか、ロウランにかつがれたのでしょうか。なにしろ彼女は、極星魔法つかいでありながら、不法侵入までしてしまうような人です。食品偽装くらい、やりかねません。
……いやいや。もしかしたら、今日は疲れていますし、自分の味覚が鈍っているだけなのかもしれません。
「なんだよこれ。いつも食べてるおやつと変わんないじゃん」
『シロンも、がっかりー……』
その予想は、くいしんぼうコンビによってあっさり打ち砕かれました。
このふたりなら、どんなに体調が悪くても味覚だけは鈍ったりしないからです。……そもそも、体調が悪かったところを見たことはないのですけれど……
「食品偽装じゃないッスよ。これはまちがいなく、ジブンが今日、二時間も並んで買ったやつッスから」
エミルの考えを見透かしたように、副ギルド長のデックスがあわててフォローを入れました。
「で、でも、これは、その……なんというか、ふつう、っていうか……」
エミルは必死に言葉を選びます。
「あっはっはっは。もっとはっきり言っていいよ、妹ちゃん。三ツ星の店にしちゃ、しょぼいってさ!」
ロウランはティーカップを片手に笑い飛ばしました。
そのとき、エミルはハッと思い出します。日中、食いだおれ横丁で姉妹そろって買い食いをしていたときのことを。
あのときも、食べていたフルーツアメの味が落ちたと、エイルがぼやいていました。
これは、もしかしたら――
「さて、本題に入ろう。実はこのお菓子の味が落ちている現象、この王国全土で起きている」
「えっ……」
エミルは思わず、手に持ったクッキーを取り落としそうになりました。
「まだ大きな騒ぎにはなってないッスけど……すでに有名な菓子店では、客足が遠のきはじめてるッス。このままいけば、いずれは店をたたむところも出てくるでしょう」
「そんな……」
エミルは大きなショックを受けました。
エミルは、くいしんぼうぶりではエイルやシロンに及びませんが、甘いものが大好きな気持ちだけは、ふたりにも負けません。
「事態がそれだけですめば、まだかわいいもんだ。でも、このまま甘味そのものが失われるとなれば、もっとやばいことになるぞ。甘いものには、生きもののしあわせを高めるチカラがある。それが得られなければ、人間……いや、生きとし生けるものの心は荒み、精神がモノをいう魔法のチカラも弱まり、アストライト王国の国力は大きく低下することだろう」
エミルは、ごくりとつばを飲み込みました。
まさか、お菓子の味が失われるだけで、そんな大ごとになってしまうなんて……とても信じられません。
ですが、王国最高峰の魔法つかいのひとりであるロウランがそう言うのであれば、ほんとうに起こりうる未来なのでしょう。
「だからこそ我々は、なんとかそれを未然に防ごうと、秘密裏に動いていたッス」
「そして私たちは、その原因が妖精界にあるのではないかと推測した。こういう突拍子もないふしぎな現象は、そうとしか考えられないからねえ」
「妖精界……」
エミルがちらりと横を見ると、まっしろな妖精はぼうぜんとした表情で話を聞いていました。
『ようせいのせかいが、どうしてかんけいあるの?』
「いい質問だ、トカゲちゃん」
『シロンはトカゲじゃない! ドラゴンだもん!』
「失礼、ドラゴンちゃん。関係なら、おおいにあるぞ。妖精界とこの人間界は、空間をへだててはいるが、密接な関係にある。たとえば、こっちの世界の自然が豊かになれば妖精界も豊かになるし、逆に妖精界が豊かになれば、こっちの世界もそうなる……といった具合だ。合わせ鏡のような関係なのさ」
『なるほどー……』
「私はふと、このアストライトにつながる妖精界の中には、甘味をつかさどる妖精の国がある……という伝承を思い出した。国の名は……シュクレーヌ」
その言葉を聞いた瞬間、姉妹と妖精はハッとしました。
『そこ……さっきシロンたち、いってきたよ!』
「なっ……本当かい!? で、どうだった!?」
シロンの言葉を聞くやいなや、ロウランは立ち上がり、身を乗り出してきました。
異変そのものよりも、どんな国だったのかが気になっているようです。
「そ、それは……」
エミルは、シュクレーヌで起きた出来事を包み隠さず話しました。
話を聞き終えたロウランは、ソファーへ深く身を沈めると、あきれたように口を開きます。
「【魔王ビターダム】だと……なんともふざけた名前だが、これですべて合点がいったよ。この国の甘味が失われつつある原因は、推測どおりシュクレーヌの荒廃でまちがいないということがね」
「しかし、"巨獣狩りの剣星"でもしっぽを巻いて逃げるしかないほどの相手となると……思った以上にやっかいッスね」
「逃げてないもん。後ろに向かって走っただけだ。まだ勝負はついてないし」
エイルはソファーの上で、不機嫌そうに腕を組んで言いました。なんとも負けずぎらいなことです。
「そうだね。苦味をあやつる魔法なんて、私ですら聞いたことがない。ぜひ、この目で見てみたいねえ!」
「マスター……わくわくしてる場合じゃないッスよ」
子どものように瞳をキラキラと輝かせるロウランを、デックスがたしなめました。
そんな彼に、エミルはなんだか親近感のようなものを覚えます。
「わかってるとも。そんなやっかいなチカラをあやつる魔法生物、おそらく極星魔法つかいが束になっても勝てやしまい。なにしろ相性が悪すぎる。私だって、苦いのはキライだ」
ロウランは、べーっと舌を出しました。本気でイヤそうです。
『ええ~……それじゃ、どうしようもないじゃん』
「安心したまえ……とは胸を張って言えないが、どうにかする方法は、いちおうちゃんとあるぞ」
『ほんとに!?』
「そのカギをにぎるのが、そこの妖精ちゃんさ!」
ロウランにビシッと指を差され、まっしろな妖精はびくっと肩を震わせました。
『え……わたし、ですか……?』
「私はねえ、こうも推測してたんだよ。シュクレーヌの異変がお菓子の異変の原因なら、そこから逃げてきた妖精が、こっちの世界に迷い込んでいるかもしれない……ってね」
はたしてその推測は当たっていたので、妖精もエミルもぎょっとしました。
さすが"知星"と呼ばれるだけあって、なかなかの推理力です。
「妖精が自分たちのチカラではどうにもできない事態なら、彼らが真っ先に頼るのは人間だ。そして、もっとも優秀な人間が集まる王都を目指すはず。だから私は団員たちを使って、この王都で網を張っていたのさ」
その推測も、またまた大当たりでした。まっしろな妖精は、王都にいる"雨あがりの聖女"――エミルを頼って、ここまでやって来たのですから。
「あ……じゃあもしかして、妖精さんを捕まえた、あのふたりは!」
「そうだ。私の命で動いていたんだよ。この街でノラの妖精を見かけたら、すぐ報告するようにって」
『じゃあシロンたち、おねーさんたちのジャマしちゃったってこと!?』
「そんなことはないさ。あの二人は非人道的な手を使って、妖精ちゃんを捕獲しようとしたからね。キミたちの対応は正しかったよ」
「あの二人は最近、ギャンブルで借金をこさえてたらしいッスからね。こっそり売っぱらおうとしたんでしょう。なんたる監督不行き届き……こちらの不徳のいたすところッス」
そこへ、いつのまにかクッキーを食べ尽くしていたエイルが口をはさみました。
「……それで、お菓子の味を取り戻すために、この妖精になにをさせたいの?」
ロウランはニヤリと笑います。
「決まってるだろう。甘味を奪う、にっくき悪の大魔王を――やっつけてもらうのさ!」
「『え……えええええ~~~っ!?』」
けっして広くないリビングに、エミルとシロン、そして妖精の絶叫が響き渡るのでした。
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