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ワンダフルリング! エイルとエミルのふしぎな冒険 妖精の国のSOS  作者: 稲葉トキオ


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第8話 敗走

「だあっ!」


 エイルはかけ声とともに、まとわりついていた黒いモヤを二刀流で吹き飛ばしました。


「『お姉ちゃん!』」


 エミルとシロンは、今度は歓喜の声をあげます。


 正体不明の攻撃だっただけに、エイルが無事だったことへの安心はひとしおでした。


『ほう!』


【魔王ビターダム】もまた、驚嘆の声をもらします。


 黒いモヤから解放されたエイルは、すかさず魔王への反撃をこころみました。


 すばらしい踏み込みの速さです。魔王も反応しきれていないように見えます。


 これなら……!


 妹たちも妖精たちも、期待に満ちたまなざしで見守っていました。


 ――ところが!


 ドシャアッ!


 魔王へ斬りかかろうとしたエイルが、突然、前のめりに転んでしまったのです。


「『え……?』」


 一同は、なにが起こったのかわからず、その場で固まってしまいました。


 エミルもシロンも、お姉ちゃんが転んだ姿なんて見たことがありません。それだけに、なおさら驚きを隠せません。


 ただ一人、魔王ビターダムだけが、ニヤリと笑みを浮かべていました。


「うええっ……! なんだこれ……口が……体ぜんぶが苦い……!」


 腐った地面に倒れたエイルは、顔をゆがめ、体を震わせながら弱々しくつぶやきます。


「ど……どういうこと……?」


 エミルはお姉ちゃんのことも心配ですが、それ以上に、その症状が理解できませんでした。


 口だけではなく、全身が苦いだなんて、まったく想像もつかないのです。


『そのモヤモヤしたオーラは、相手を攻撃するモノじゃないのさ。オレ様は苦味の魔王。その苦味を、お前にプレゼントしてやったのよ』


『なにそれ……イミわかんない!』


 シロンも抗議するように叫びました。


 さっきまで魔王の威圧感におびえていましたが、大好きなお姉ちゃんがやられた怒りが、その恐怖を打ち破ったようです。


『じゃあ、わかりやすく説明してやる。苦いって、苦(くる)しいって書くだろ? つまりオレ様のオーラは、生物の味覚だけじゃなく、五感すべてに苦味を――苦しみを与えるってことなのさ!』


 一同は、その言葉でようやく合点がいきました。


 つまり、エイルはいま、全身で苦しみを味わっているということなのです。


 しかし、彼女をよく知る妹のエミルにとっては、とても信じられないことでした。こんな一撃だけで、あれほどデタラメに強いお姉ちゃんが動けなくなってしまうなんて。


 純粋な体力だけでは、とてもあらがえない苦味のチカラ。これこそが、【ニガムシ】たちから感じていた、あのブキミさの正体だったのだと、エミルはようやく理解できたのです。


『さて……ちっこい方。お前にも苦味をプレゼントしてやろう』


 魔王は、今度は突き飛ばされて倒れたままのエミルへ右手を向けました。


 エミルは、びくっと体を震わせます。


 あれほど強いお姉ちゃんでさえ、もだえ苦しむほどなのです。体力で大きく劣る自分が、あれを食らえば、きっと想像を絶する苦しみに襲われるでしょう。そう思っただけで、体がすくんでしまいました。


「待てよ……お前の相手は……私だ……!」


 すると、エイルは苦しむ体を押して、剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がりました。


 かわいい妹たちを守りたい――その一心が、限界を超えた力を振りしぼらせたのです。


「『お姉ちゃん……!』」


 エミルとシロンは、自分たちを守ろうとしてくれることへのうれしさと、無理をしてほしくないという悲しさが入り混じった、複雑な声をあげました。


『ほう……オレ様のオーラを浴びて、立ち上がれるとはな。お前みたいなヤツははじめてだ。……もっとも、人間に食らわせたこと自体、はじめてなんだがな』


 魔王はニヤリと笑い、感心したように言いました。その言葉はどこか意味深に聞こえますが、いまの姉妹にそれを考える余裕はありません。


 エイルはちらりと、エミルへ視線を送りました。


 エミルはその意図を理解し、ハッと目を見開きます。


(お姉ちゃん……!)


 それは、小さいころから姉妹で危険な場所を冒険してきた中で、何度も交わしてきた合図でした。


 ――お姉ちゃんがオトリになるから、いますぐ逃げろ!


 この魔王は、姉妹にとって未知のチカラを持つ強敵です。そうするしかないことを、エミルも理解していました。


 だからこそ、泣きそうになる気持ちをぐっとこらえ、キリッと表情を引き締めます。


「シロン! 妖精さん! 逃げるよ! いまのわたしたちじゃ、あいつには勝てない!」


 エミルはすぐに立ち上がると、シロンとまっしろな妖精を抱きかかえ、この場から走り去っていきました。


 エイルはその姿を確認すると、それでいいんだと言うように、そっとほほえみます。


『ちょっ、エミル、おねえちゃんは……!』


 エミルの腕の中で、シロンが悲痛な声をあげました。


「知ってるでしょ! お姉ちゃんならだいじょうぶ!」


 エミルは、まるで自分自身に言い聞かせるように叫びます。


『エミルさん……』


 同じくエミルの腕の中のまっしろな妖精も、不安そうな表情で見上げました。


 ムリもありません。救世主と信じ、命がけで人間界から連れてきた"雨あがりの聖女"エミルが、おそらく元凶と思われる相手から逃げることしかできないのです。期待はずれだとがっかりされても、しかたのないことでした。


 けれど――


「……いまはムリかもしれない。でも、この国はかならず救けてみせる! 約束したでしょ!」


 エミルは妖精をはげましました。


 エミルだって、あきらめるつもりなんてありません。いまは、いつかその約束を果たすためにも、生き残ることが最優先なのだと、強く心に刻んでいたのです。


 妖精もエミルのローブをぎゅっと握りしめ、涙をこらえました。


 エミルへの信頼は少し揺らいだものの、その力強い言葉のおかげで、完全な失望には至りませんでした。


『仲間をかばうか! ならごほうびに、オーラを増量プレゼントだ!』


 魔王はエイルへ向かって、さっきよりも大量の黒いモヤを放ちます!


 エイルは、少しでもエミルたちが逃げる時間をかせぐため、剣を構えて立ち向かおうとしました――


 ゴオオオッ!


 ……ですが、どうしたことでしょう。


 黒いモヤは、エイルの体をすり抜けていきます。


 まるで、その目の前に見えない壁でもあるかのように――


「あ、あんた!」


 エイルは目を見開きました。


 目の前には、なんとツインテールの妖精の女王が立ちはだかっていたのです。まるで、自分を守る盾になるかのように。


『ぐ……たしかに、これはキツいわね……!』


 苦味のオーラを全身に浴び、女王は苦しみに顔をゆがめます。


 エイルは本能で、彼女の意図を理解しました。


 ――アンタもいっしょに逃げなさい。あの子たちには、アンタが必要なのよ!


 エイルは迷わず身をひるがえし、エミルたちを追って走りだします。


 自分を守ってくれた女王を振り返ることなく、心の中で感謝を伝えながら。


『それでいいの……』


 女王は静かにほほえむと、黒いモヤを全身に浴びながら、ふところから小さな赤いアメ玉を取り出し、後方へ放りました。


 アメ玉は魔法(ふしぎなチカラ)でふわりと宙に浮かび、走るエイルのポケットへ、本人が気づかないうちにそっと収まります。


『たのんだわよ、救世主たち。いつか必ず、この国を救って……!』


 女王は最後の笑顔を浮かべると、黒いモヤに全身を完全に包まれてしまいました。


『……逃げたか。まあいい。たまには楽しみは後にとっておくってのも、いいかもしれないな』


 魔王ビターダムは余裕の笑みを浮かべると、再び黒いモヤのゲートの中へ消えていきます。


 あとに残ったのは、全身が黒ずみ、まるで石のように固まってしまった女王の姿だけでした。


 こうして、魔王に屈辱的な敗北を喫したエイルとエミルの姉妹は、空間の穴からシュクレーヌを脱出し、アストライト王国へ帰還したのです……

お読みいただき、ありがとうございました。

しばらくは毎日12時、21時の一日二回更新となります。

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