第83話 続・バディーゴの真実
『ええっ!? おねえさんが、バディゴンの21れんチャンをそししたっていう、あの!?』
「バディーゴね。あと、21連覇」
びっくりのあまりすっとぼけたことを言うシロンに、エミルが冷静にツッコみました。
クレアは少しうつむき、表情をくもらせながら話しはじめました。
「……ええ。……バディーゴ・ブラックのパティシエ生命を終わらせたのは、私です」
そう語る彼女の声は、おだやかさの裏に、なにかするどいものを感じました。それは他人ではなく、自分に向けられているかのような。
『じゃあ、そちらの大妖精さまが……』
シュガーはクレアのかたわらのパートナーに視線を移します。
『そうだよ。私はショコラ。チョコレートの妖精なの。そして、あなたと同じ、シュクレーヌ出身のね』
大妖精ショコラは、こむぎ色の胸もとに手を当てて、やわらかくこたえました。たしかにパートナーだけあって、クレアと似たおだやかな雰囲気を持っていますが……
『えっ……あなたも、シュクレーヌの妖精だったんですか!?』
その事実には、シュガーはもちろん、エミルとシロンもおどろいていました。
ショコラは、おくちをあんぐり開けたシュガーを見て、くすくす笑いながら続けます。
『あなたは私をおぼえていないかもしれないけど、私はあなたのこと知ってるよ。いっつもひとりで、本ばかり読んでた、お砂糖の妖精』
『うっ……』
思わぬところで過去を暴露されて、シュガーはたじろぎました。
シュガーのほうがショコラのことをおぼえていなかったのは、そんなふうに他人の輪に交わろうとしなかったからでしょう。
「そうか……お菓子の国シュクレーヌの妖精がパートナーだったから、バディーゴに負けない、すごいお菓子が作れたんだ」
エミルは合点がいったとばかりに手を打ちました。
クレアはにこりとほほえむばかり。否定も肯定もしないといったサインのようです。
「ちなみにこの事実は、彼女の店の常連である私も、今回の騒動が起きるまで知らなかった。知っていればもっと早く、スマートに事態が解決していたかもしれない」
ロウランはにがにがしくこぼしました。
『"ちずのうえにのっていることで、わたしにしらないことはない"んじゃなかったっけ?』
ここぞとばかりに、シロンがからかいまじりのツッコミを入れます。
「必要に迫られない限り、他人のプライバシーに踏みこむようなマネはしないよ。そこまで私の品性は終わってない」
ロウランはふんとくちびるをとがらせてこたえました。
不法侵入するような人間がプライバシーや品性を語るのか、とエミルは心の中でぼやきました。
「すみません、ロウランさん……」
クレアはもうしわけなさそうに謝罪します。
「あやまる必要はないさ。シュクレーヌは人間から逃れるために妖精たちが作り上げた楽園だったんだろう? そこの出身だと知られたくないと思うのは、当然のことさ。こっちこそ、責めるような言い方をして、悪かったね」
ロウランは同じくもうしわけなさそうな顔で、首を振りました。
クレアとショコラはエミルとシュガーに向き直って、たずねます。
「バディーゴさんたち親子のことは、ロウランさんから聞きました。……エミルちゃん、シュガーちゃん、彼らの最期は、どんなものでしたか?」
エミルとシュガーは顔を見合わせて……せつない表情でこたえました。
「……とても、満足そうでした。後悔はあっただろうけど……それでも、親子そろって、命を……終えることができたから……」
『それに……妖精界は輪廻転生のサイクルが早いですから、きっとすぐに、次はいい妖精に……生まれ変われるはずですっ!』
その言葉を聞いて、クレアはやさしくほほえみました。
「……ありがとう。二人が満足だったなら……私はそれで」
「クレアさんは、バディーゴのことを知ってたんですか?」
「ええ……私は彼にあこがれて、同じショコラティエをめざしたから。学校を卒業してすぐに、弟子入りもしたの」
「おとなしそうな見た目に反して、すごい行動力ッスねー」
デックスはチュロスをかじりながら感心しました。
「だから、息子のマルコくんのことも知ってる。当時の彼は、まだ幼かったけれど……」
「そうだったんですか……」
『でも、パティンゴはおしょーさまだったんだよね? それがどうして、コンテストでたたかうことになったの?』
「だから、バディーゴだってば、あと、お師匠さま」
エミルはまたシロンにツッコミを入れました。
「それは……彼に師事するうち、だんだんあこがれがうすれていったからなの」
「あこがれが……うすれた?」
クレアは、ぎゅっとこぶしをにぎりました。
「私は幼いころ、バディーゴさんの作るチョコレートが大好きだった。けれど、師事していたときの彼のチョコレートからは……そのときのようなおいしさが感じられなかった。それは、彼がコンテストや賞を総なめしていくうちに、栄光ばかりを求めるようになったからだったの」
「さもありなんだ。一度大衆に認められたら、ウケばかりを気にして本質を見失う。本の世界にも、よくあることだ」
ロウランはふんと肩をすくめました。
「それでも、コンテストで20連覇できるってのは、すごいコトだと思うッスけどね」
デックスはチュロスを飲みこんで言いました。
「弟子の私も、しだいにそんなお菓子作りに染まっていくようになって……それに耐えられなくなったある日、私は彼の工房を逃げ出したわ。このまま彼に師事しつづけていれば、お菓子をきらいになってしまいそうで……」
「……」
エミルたちは、だまって聞いていました。
こればっかりは、彼女にしかわからない苦悩だったでしょう。だからこそ、返す言葉が浮かばず、ただ悲しみがつたわるばかりだったのです。
「すべてを忘れて、パティシエであることもやめてしまおうとしていたそのときに……出会ったのが、ショコラだった」
『そう。当時の私は、まだ小さな妖精だったけどね』
ショコラはシュガーと視線を合わせて言いました。
「私がショコラティエ見習いで、ショコラがチョコレートの妖精だったこともあって……私たちはすぐに意気投合して、パートナーになった。話を聞くたび、びっくりすることばかりだったわ。お菓子の妖精に、お菓子の国だなんて、絵本の中でしか見たことないもの」
その気持ち、わかるなあと、エミルは心がすこしあたたかくなりました。
『そのとき、私はクレアに言ったの。私たちのチカラで、バディーゴに、もとのすてきなお菓子職人に戻ってもらいましょうって』
『どーゆーこと?』
「バディーゴを栄光の座から引きずりおとせば、クレアの好きだった昔の彼が戻ってきてくれると考えたんだろう」
ロウランはややけわしい顔で答えました。
「それは熱い話ッスね!」
デックスは目をキラキラさせました。
「でもさ……それって、いいことなの?」
ここで、エイルが口をはさんできました。
あいかわらずエイルは、めったに話に加わらないくせに、核心ばかりをつくのです。
クレアはぎゅっと胸をおさえて、言いました。
「……うん。そうだね。私とショコラは協力してスイートスター・グランプリにのぞみ……そして、バディーゴに勝って、新たなチャンピオンとなった。これで、彼も目をさましてくれる……そう思ったけれど……そうはならなかったのは……あなたたちも知ってるでしょ?」
そうです。バディーゴは栄光の座から転落したことで人気を失い、ショックで味覚障害にまでおちいり、栄光を取り戻そうと息子に味見を強いて苦しめるほどに、堕ちてしまったのです。状況をさらに悪化させることになってしまったのです。
ショコラも、悲しげに目を細めました。その瞳は、いまにも泣き出しそうなほどにうるんでいます。
『あのときの私たちは、お菓子以上に考えが甘かった……自分の考えを相手に押しつけることは、それこそバディーゴがやってきたことと変わらないということに、気がつかなかったの……』
「だから……バディーゴが行方不明になったというニュースを見たとき……私はもう、表舞台には立たないと決めたわ。彼を追いつめてしまった、せめてものつぐないとして……」
クレアが目をつむると、そこで、ロウランがキラーンと目を光らせます。
「でも、彼女のチョコレートの大ファンだった私は、それではもったいないと思って、王都のはずれで小さな店でも開いてみないか、と提案し……彼女はいまもパティシエを続けてくれている……というわけなのさ」
「最初は、ことわろうと思ったわ。けれどロウランさんが脅は……あまりに強く言うものだから、話に乗ることにしたの。いまは、引き受けてよかったと思うわ。お店を続けていくうちに……私自身、お菓子作りが好きな気持ちを取り戻せたのだから」
「……」
エミルたちは、神妙な面持ちで彼女たちの話に耳をかたむけていました。
10年近く前の話のはずなのに、いったいロウランはいくつなんだろうという考えも起こらないほどに。
「……これで、私の話はおしまい。ごめんなさいね、せっかくあなたたちのためのパーティーなのに、しんみりした話を聞かせちゃって……」
クレアがもうしわけなさそうにすると、エミルはにこっとほほえみを返しました。
「……いえ、聞かせてほしいって言ったのは、わたしですから。それに、聞けてよかったと思います。わたし……知りたかったから。バディーゴ親子を葬送した張本人として、彼らのまわりで、どんなことがあったかってことを……」
「エミルちゃん……」
「だから……ありがとう、クレアさん。おかげで……すこし、スッキリしました」
エミルは、にかっとした笑顔で言いました。
「そう……私も……だれかに話すことができて、ようやくスッキリしたような気分だわ……」
クレアも、解き放たれたような笑顔を返します。
「これからもステキなお菓子、いっぱい作ってください!」
「ええ、ありがとう、エミルちゃん」
そして、ふたりはぎゅっと握手を交わすのでした。
ロウランはニヤリと笑いながら、こぶしを天につきあげ、宣言しました。
「さあ! ビターな話は、これでぜんぶおしまい! スイートでハッピーなパーティーを、再開しようじゃないか!」
「『おーっ!』」
彼女にならって、姉妹たちとデックス、アルティナとスノーベルも、元気に手をあげるのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回が最終話となります。
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