第82話 キミたちのためのパーティーだ!
「んむむ……は!」
自分の部屋のベッドの上で、寝ぼけまなこのエミルが壁かけ時計の時刻を見ると……とっくにお昼を過ぎていました。
「いっけない! 大寝坊しちゃったっ!」
エミルはあわててベッドから跳び起きました。
その拍子に、彼女にしがみついていたシロンはベッドから転がり落ち、同じくしていたエイルもカベに頭をぶつけます。少し離れた位置で眠っていたシュガーは、かろうじて無事でした。
なにしろ、数日間も妖精界で大冒険をくりひろげていたばかりなのです。疲労がたまっていたこともありますが、それが終わったことで完全に気が抜けてしまい、姉妹そろって爆睡してしまったのでした。
まじめでしっかりもののエミルとしては、これはあってはならないことです。
すぐにパジャマを脱いで、普段着に着替えるなど身支度をととのえ、玄関に出て、ポストの中身を確認します。
「……ん?」
その中に、一枚気になる手紙がまじっていました。
封蝋までされて、なんとも物々しい雰囲気です。差出人は……
「アルティナ・フォン・アストライト……アルティナぁ!?」
エミルは思わず、まわりに響くほどの大声をあげてしまいました。いまが早朝ではなかったことに、感謝しなければいけません。
「お姉ちゃん! シロン! たいへん、たいへーん!」
そして、あわてふためきながら、家の中へとってかえしました。
☆ ☆ ☆
数時間後……王都アストリアの王宮、その庭園に、姉妹はやってきていました。
庭園には、姉妹のほかにも、りっぱな身なりをした客人たちでごったがえしており、そして……
「「『お菓子の山だーっ!』」」
あちこちに設置されたテーブルには、数えきれないほどのお菓子が並べられていたのです。
クッキーにビスケット、ケーキにシュークリームはもちろん、チョコレートやアイスクリーム、マカロンやエクレア、マドレーヌにフィナンシェ……その種類は、お菓子屋さんのラインナップをはるかに超えています。
『すてき……人間界にも、こんなにお菓子があるなんて!』
シュガーも目をキラキラさせて、感激していました。
そこに……
「エミル! エイル! シロン!」
水色のドレスに身を包んだ、金髪碧眼の少女がこちらにやってきました。
頭上のティアラと、ととのった顔立ち、まとっている雰囲気……シュガーはひと目見て、故郷シュクレーヌの女王と近しいものを感じました。
『あら? 私のパートナーに、見とれてくれているのかしら?』
そのかたわらには、雪の妖精スノーベル。
きのうドラマチックなおわかれをしたばかりなのに、あまりに早い再会でした。
「アルティナ、スノーベル、このたびは、おまねきありがとう!」
エミルは笑顔であいさつをしました。
「シュガー、紹介するね。彼女はアルティナ・フォン・アストライト。このアストライト王国のお姫さまで、スノーベルのパートナー!」
『この人が……』
スノーベルが、彼女の故郷シュネージアの女王に、これまでのことを話していたときに、シュガーもパートナーの正体について聞いていました。そのときにじゅうぶんおどろいたので、いまはわりと平然としています。
しかし、こうして実際に会ってみると……隠し切れない高貴なオーラが、エミル以上にスノーベルにぴったりだと感じられました。なるほどまさに、真のパートナーといった感じです。
「はじめまして。シュガー。シュクレーヌでのことは、ベルとロウランから聞きました。貴女のがんばりのおかげで、この国の危機も救われたということも。わがアストライト王国を代表して、感謝いたします」
アルティナは、うやうやしく一礼しました。
『い……いえ! わたしなんて! エミルさんとエイルさん、スノーベルのおかげですっ!』
シュガーは顔をまっかにしながら、照れくさそうに謙遜しました。
『ちょっとー、シロンがはいってないんだけどー? シュクレーヌをよみがえらせたの、シロンなんだけどー?』
シロンはじとっとした半目で口をとがらせながら、恩着せがましく言いました。
『アナタがそんなだから、はぶかれるんじゃないの?』
スノーベルはニヤニヤしながらからかいます。
『なんだとー!』
「そうだね。シロンはもうちょっと、謙虚になることをおぼえなきゃね」
『エミルまで、ひどい! みんなきらいー!』
「あははははっ!」
パーティー会場に、仲間たちの笑い声が響き渡りました。
「それにしても、どうしてお菓子パーティーなんて?」
エミルはアルティナに疑問を口にしました。
手紙……招待状にも、パーティーを開くから来てくださいと書いてあっただけで、開催と招待の理由は書かれていなかったのです。
「それは……」
「私が提案したんだよ」
アルティナの返答をさえぎって、極星魔法つかいのロウランがこちらにやってきました。右手には、かじりかけのカップケーキがにぎられています。
ついでに、彼女の側近でギルド副団長のデックスもいました。両手いっぱいに、大量のチュロスを抱えています。
「お花のおねーちゃんが?」
エイルは意外そうに、おくちをあんぐりさせました。
ロウランはふふーんととくいそうな顔になって、言いました。
「だってキミたち、私の提案のせいでシュクレーヌでの祝勝パーティーがおあずけになっちゃっただろう? だからかわりに、王宮の庭園で開催してもらえるように、お姫さまに頼んであげた、ってわけさ!」
「そ、そうだったんですか……」
エミルはやや引きぎみにもらしました。
パーティーを開いてくれたのは素直にうれしいですが、頼んであげたという上から目線は、どうなんでしょう。アルティナはまだ15歳とはいえ、れっきとした王族なんですよ。
エミルもアルティナとは親友としてつきあってはいますが、彼女のことを尊敬もしていますので、ちょっぴりモヤモヤするのです。
「私も、王女として国の危機を救った貴女たちをねぎらわなければと思いまして、王都じゅうの高名な菓子職人を集めたのです。みな、こころよく引き受けてくれたんですよ」
いっぽうのアルティナ本人は、にこやかに言いました。
「お菓子作りがすべての彼らにとっちゃ、キミらは救世主……いや救いの神だろうからね。あ、ちなみにシュクレーヌのことについては伏せてあるから、心配ないよ。……ただ、ひとりをのぞいてね」
『ひとりをのぞいて? どういうこと?』
「……それは、会ってもらったほうが早いだろう。実は、きょうキミたちに来てもらったのは、彼女にぜひ会わせたかったからなんだ」
「『え……?』」
エミルとシュガーは、そろって目を丸くしました。
真剣に細められたロウランの視線は、シュガーに強く向けられた気がするからです。
「こっちだ、ついておいで」
姉妹たちは振り返ったロウランにさそわれるまま、ついていくのでした。
☆ ☆ ☆
まるで噴水のような、大きなチョコファウンテンの前で、てきぱきと動いている一人の女性がいました。
チョコレートのような茶色いパティシエ服に身を包み、かたわらではパートナーであるこれまた茶色い大妖精が、作業を手伝っています。
「おーい、クレアー!」
ロウランに呼びかけられると、クレアと呼ばれたパティシエの女性は、作業を止めてこちらに振り返りました。
「あら、ロウランさん……彼女たちが?」
「ああ、キミたちの救いの神だ」
ロウランは大仰な感じで、後ろに立つエイルとエミル姉妹を紹介しました。
「こ、こんにちは……」
エミルはやや緊張の面持ちで、ぺこりと頭を下げました。
「ええ、こんにちは。このたびは、甘味を取り戻してくださって、ほんとうにありがとうございます。おかげで、またお菓子作りを続けられます」
クレアはエミル以上に、ふかぶかと頭を下げました。おちついてはいますが声もはずんでいて、心の底からうれしそうなことが伝わってきます。
そんな彼女を見て、エミルとシュガーは、がんばってよかったと思えました。
「紹介しよう。彼女はクレア。このアストライト王国一のショコラティエだ」
ロウランはまるで自分のことのように、とくいげに紹介するのでした。
「ちょ、ちょっとロウランさん、王国一は言いすぎですって」
「なにを言うんだい。コンテストで二連覇しておいて」
「むかしの話ですよ……」
エミルとシュガーは、ふと気になりました。
お菓子コンテストで、二連覇……どこかで最近、聞いたようなキーワードです。それも……目の前でいばっている、緑のみつあみの小さなお姉さんから。
「あの、ロウランさん……クレアさんって、もしかして……」
エミルは気がつくと、その浮かんだ疑問を口にしていました。なんとなく、思ったのでしょう。これは、知っておかなければいけない、だいじなことなのだということを。
ロウランは狙い通りとばかりにニヤリと笑って、こたえます。
「さすがに察しがいいねえ、妹ちゃん。……紹介するよ。彼女はクレア・ホイップリン。……10年以上前、偉大なるバディーゴ・ブラックのコンテスト連覇を阻止した……例の"新進気鋭の菓子職人"だよ」
やっぱり……
エミルとシュガーがそう思ったとたん、楽しいパーティーの空気が、重さをはらみはじめるのでした……
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




