第80話 帰還
姉妹たちは《妖精の抜け道》を通って、人間界へと帰ってきました。
出てきた場所はもちろん、シュガーがはじめに現れた、王都北東の湖のある小さな森です。
「ん~っ! なんか、帰ってきたって感じ!」
エイルはぐいーっと伸びをしました。
「そうだね。妖精界にいたのは、三日くらいだけど……ずいぶん、なつかしい感じがする」
エミルは目を細めながら、心地よい風を感じていました。
妖精界もステキな場所だったけれど、やっぱりこの人間界こそが自分の居場所なんだということを再確認します。
『……』
『どうしたの? シュガー?』
じっと目を閉じているシュガーに、シロンが声をかけました。
『……シュクレーヌの気配、ほんとうに感じなくなっちゃったな、って思って……』
シュガーはゆっくりと目を開くと、すこしさみしそうに言いました。
気配を感じなくなった……妖精ではない姉妹にはわからない感覚ですが、きっとシュクレーヌの封鎖はうまくいったということなのでしょう。
そこに、スノーベルがシュガーの肩をぽんとたたきました。
『なら、もう安心ってことじゃない。いつまでも、そんな顔してちゃダメよ』
『……そう、だね……』
親友のはげましを受けて、シュガーは気丈にふるまおうとしました。
覚悟を決めて故郷に別れを告げたつもりでも、いざ離れるとさみしく思うのはムリもありません。その気持ちは、エミルにもシロンにも、スノーベルにもわかっていました。
「……そうだ! 早く王都に帰ろう! どうなってるか、心配だよ!」
エミルは思い出したようにハッとして、提案しました。
魔王ビターダムは倒され、シュクレーヌは救われ、失われた甘味も戻ったはずですが、王都の無事を確認できなければ、安心できません。
「おおっ! そうだね! 帰るまでが冒険だもんね!」
それは、ちょっとちがうのですが……エイルは指輪から大オオカミのシロを呼び出し、エミルとともにその背にまたがり、王都へ向けて走り出しました。
シロは魔王との戦いのダメージからの病み上がりで、まだすこしつらそうでしたが……彼も王都が心配なのか、速度を落とすことなく、走り続けてくれました。
そして――姉妹は王都への帰還を果たしたのです。
☆ ☆ ☆
わいわい、がやがや。
「……あれ?」
王都に帰ってきた姉妹は、あっけにとられました。
甘味消失の影響で、あちこちで暴動が起きていたはずの街は……すっかりもとのあかるさとにぎやかさを取り戻していたのです。
まるで……そんな騒動、最初からなかったみたいに。
すると……
『やあやあ! おかえりおかえり! 王都に帰ってきたなら、"大樹の図書館"の拠点まで、来ておくれ!』
エミルの帽子の上に止まったままの青い鳥、【トゥイート】が鳴きだしたので、姉妹はびくっとしました。
声の主は、極星魔法つかいロウランです。どうやら、姉妹が王都に帰還したとき用の録音もしこんでいたようです。
「……どうする?」
エイルがたずねます。
「あんまり気が進まないけど、行くしかないと思う。今回の冒険の報告もしなくちゃいけないし……」
エミルはしぶしぶといった様子で提案しました。
ロウランは悪い人ではないとは思っていますが、勝手に不法侵入をかましたり、こういったよけいなサプライズをしかけたりもするので、まじめな性格のエミルにとっては、あまりとくいな人種ではないのです。
『スノーベルは、どうするの?』
今度はシュガーがたずねました。
スノーベルの同行は、あくまでシュクレーヌを救うまでのこと。使命を果たせば、本来のパートナーのもとに戻る約束なのです。
『私もつきあうわよ。帰るまでが冒険なら、報告するまでが使命ってものでしょ?』
スノーベルも肩をすくめながら、苦笑いして賛成しました。
「よし、じゃあシロ、お花のおねーちゃんのところまで、よろしく!」
『ワン!』
エイルの指示で、シロはふたたび走りだしました。
めざすは、ギルド"大樹の図書館"の拠点です。
☆ ☆ ☆
発展した王都の中心部の一角に、場ちがいな大樹がそびえ立っています。
ギルド、"大樹の図書館"の拠点は、その名の通り、この大樹をくりぬいて作られたものなのです。
中はこれまたその名の通り、王国一の蔵書量を誇る大図書館となっており、一般人も自由に立ち入り、閲覧が可能な、王都の名所のひとつとなっていました。
「"巨獣狩りの剣星"エイル様と、"雨あがりの聖女"エミル様ですね。お待ちしておりました。館長室にご案内いたしますので、どうぞついて来てくださいませ」
姉妹が受付の女性に声をかけると、そのまま最上階の館長室まで通されました。
そして……ギイッとドアを開けて、部屋の中へと入ります。
「やあやあ! いらっしゃい! 立ち話もなんだから、こっちに座りなよ」
部屋の中央に置かれたテーブルをはさんで、ソファーの片側にロウランが座っていました。ふんぞりかえってクッキーをかじりながら、お茶をすすっています。
「『……え』」
その、あまりにものんき……いえ平和な姿を見て、姉妹はまたあっけにとられるのでした。
『トゥー!』
すると、エミルの帽子の上に止まっていたトゥイートが羽ばたき、本来の居場所であるロウランの博士帽の上に置かれた巣へと帰っていきました。
「おお! キミもおかえり! むずかしい任務、ごくろうだったね!」
ロウランは頭の上を見上げながら、トゥイートにねぎらいの言葉とクッキーを贈るのでした。
そんなやりとりのあいだに、冷静になってきたエミルが、話を切り出しました。
「あのー……これはいったい、どういうことですか?」
「どういうことっていうのは、どういうことだい?」
「いや……王都の様子とか、あなたがやけに余裕ぶってるとか……いろいろです」
「ああ! なーんだ、そういうことかあ!」
ロウランはカラカラと笑い飛ばしました。
エミルは、やっぱりこの人、ちょっと苦手だと、イラッとしました。
「いやね、すべてが終わったあとのことを考えて、あらかじめ先手を打っておいたんだよ。キミたちが魔王を倒した瞬間、眠らせていた王都じゅうのお菓子職人たちだけをまずは起こして、これまたあらかじめかき集めておいた食材で、大量のお菓子を作ってもらって、眠りの魔法を解いて残りの住民も覚醒、作ったお菓子をばらまきまくって、みんな元通りでめでたしめでたし、って寸法さ!」
「『……』」
その説明を聞いて、姉妹はまたまたあっけにとられるのでした。
なんという手際の速さでしょう。さすが"百科量覧の知星"の二つ名で呼ばれるだけの用意周到ぶりです。……そのわりには、だいぶ力業な感じがするのもいなめませんけれど……
『まおうをたおしたっていうのは、どうしてわかったの?』
「キミたちは知らなかっただろうが、さっきまで王国じゅうが分厚い暗雲に包まれていたんだ。それが晴れたときが、魔王が倒れたときなんだろうと推測したまでさ」
シロンやエイルはその説明で納得していたようですが……エミルだけは納得がいっていないようでした。
「……そうじゃ、ないんじゃないですか?」
「……ほう、そりゃいったい、どういうことだい?」
ロウランはニヤリと笑って、いぶかしげなエミルを見つめます。
エミルは、ぴっとロウランの頭上のトゥイートたちを指差しました。
「その子たち、"あらかじめ録音した音声を伝えられる"んじゃなくて……ほんとうは、カメラと通信機の役割を果たしてたんじゃないですか?」
『えっ……!』
スノーベルとシュガーは、おどろきの声をもらしました。
カメラと通信機……つまりロウランは、トゥイートの目を通じてシュクレーヌでのできごとをすべて知っていたということなのですから。
「どうして、そう思ったのかな?」
「バディーゴ親子を浄化したときの録音……タイミングも内容も、あまりに都合がよすぎると思ったものですから」
たしかに、どんなに頭がよくても、"エミルが親子を浄化し、結果的に命を奪ってしまったことに負い目を感じる"という状況なんて、そうそう予測できるわけがありません。
なにより……あのときエミルがかけてもらった言葉には、あらかじめ記録されたものからはとても感じられない、現実感のあるあたたかさがありました。
すると……
「くく……あははははっ! その通りだよ、妹ちゃん! キミは私が思っていた以上に、おりこうさんのようだ!」
ロウランはうれしそうに笑い飛ばしました。
それでも、なんとなく感じ取れます。これはけっしてからかっているわけではなく、本気でエミルに感心しているということを。それでも、腹は立ちますけれど。
ロウランは、頭上のトゥイートたちをなでながら、説明します。
「この子たちはお察しの通り、私が訓練して撮影と通信能力を習得させた個体だ。いわば生きたドローンというわけだな。でも、録音能力や空間移動の能力など、キミたちに説明したことは、ウソじゃないぞ」
生きたドローン……
エミルは以前おとずれたファーブリアの町でも、似たような能力を持った魔法生物がいたことを思い出しました。
エイルはそれをたたきつぶしたこともあるのですが、本人はまったくおぼえていないでしょう。
『そんなのがいるなら、もっとはやくたすけてくれればよかったのにー!』
シロンがぷくーっと頬をふくらませ、文句を垂れます。
たしかに撮影と通信能力があれば、もっと早いタイミングで姉妹に助言を送ることもできたはずです。
「そうしたいのはやまやまだったんだけどねー、異空間での通信はマナの消耗が大きいから、おいそれと使うわけにはいかなかったんだよ。後付けで習得させた技術だからね、完全じゃないのさ」
そう説明されると、釈然とはしなくても、納得するしかありませんでした。
ロウランは、からっぽになったカップをお皿の上に置くと、真剣な面持ちで話しはじめます。
「……さて。なんにせよ、無断撮影したことについては、ほんとうにもうしわけなかった。先述の通り、私は事の顛末は知っても、すべては知らない。今回の冒険についての、報告を聞かせておくれ」
姉妹たちは、みんなで顔を見合わせると……
「……わかりました」
招かれるままにソファーに座り、エミルが報告をはじめるのでした。
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