第79話 シュガーの決意
――わたしは、エミルさんが大好きだ。
やさしくて、強くて、どんなときでもあきらめない。
魔王から逃げることしかできなかったとき、一度は失望しかけたけど、短いようで長い冒険の中で、やっぱり信じられる人なんだって、思い直せた。
たとえ何度つまずいても、何度でも立ち上がればいいんだってことを、教えてくれた。
なによりも、勇気があった。その勇気を、わたしも分けてもらえた気がした。
そんな、妖精の長い寿命からしても、もう二度と会えないかもしれないような人と、おわかれなんてしたくない。
けれど、シュクレーヌのことだって大事だ。スノーベルを見捨てて傷ついたわたしの心を、やわらかく包んでくれた。こうしてよみがえったことで、あらためて感じた。
ここが……わたしの生まれた、愛おしい場所なんだってこと。
離れるなんて、ありえない……ありえないからこそ、迷いなく、わたしは言えた。
『……女王さま! わたし……人間界に残ります!』
はっきりとした、シュガーの返答に……全員、目を丸くしました。
「シュガー、でも……」
『待って』
シュクレーヌの女王は、エミルの発言をさえぎりました。
『……ほんとうにいいの? シュクレーヌを封鎖すれば、アナタの《妖精の抜け道》でも、もう戻ってこれないのよ?』
『でも……永遠じゃないはずです!』
シュガーは、きっぱりと言いました。
『いずれ、わたしがもっと成長して、自力で戻ってこれるようになります! もしくは、人間たちを説得するなりして、封鎖を解いてもだいじょうぶなようにしてみせます! そのためにも、人間界に残りたいんです!』
エミルたちは、おどろいていました。
まさか、あのおくびょうだったシュガーが、そんな提案をするなんて思わなかったのです。シュガーは自分たちが思っていた以上に、成長していたのです。
その事実をいちばんうれしく思っていたのは、もちろんシュクレーヌの女王でした。
『それに、なにより……わたし、エミルさんと……エミルさんたちと、ずっといっしょに……エミルさんたちみたいな、かっ……家族になりたいんです!』
その言葉に、エミルとシロンは感激しました。胸がいっぱいになり、瞳がうるみました。
親友のスノーベルも、やれやれとばかりに肩をすくめていました。
シュクレーヌの女王は、やわらかな笑顔をたたえて、言いました。
『……わかったわ。アナタがそう言うのなら、私は止めない。でも、かならず戻ってきてね。アナタには、シュクレーヌの次期女王になってもらわないといけないから』
「『え』」
シュガーたちは、一瞬ぽかんとすると……
「『えええ~~~っ!』」
そろって声をあげるのでした。
「じゃあ、やっぱりあのアメ玉って……」
エミルは、冒険中ずっと自分たちを導いてきた女王のアメ玉水晶が、シュガーを鍛えるためのものだったのではと推測していました。
『そうよ。この水晶には、このコが大妖精へと進化するための道すじを導き出すように、念じておいたの。うまくいったようで、よかったわ』
シュクレーヌの女王は、狙い通りとばかりに不敵な笑みを浮かべました。
『だ、大妖精っていっても……』
シュガーはしゅぽん! と、もとの小さな妖精の姿に戻りました。
『エミルさんのチカラがあって、やっと変身できるくらいなんですけどね……』
そして照れくさそうに、もじもじするのでした。
『それでも、じゅうぶんよ。シュクレーヌを救ってくれたんだものね』
『……はい。でも女王なんて、わたしには……』
あきらかに自信のなさそうなシュガーの肩を、親友スノーベルがぽんと叩きました。
『いいじゃない。なるって言っちゃいなさいよ。これで私とおそろいでしょ?』
シュネージアの次期女王、スノーベルがぱちんとウインクしました。
そんなこと言われても……シュガーがそう思っていると、
「シュガーなら、できると思うよ。だって……シュガーなら、同じ気持ちの子たちに、よりそえるもの。そういう王様の形だって、あるんじゃないかな?」
エミルの言葉に、シュガーはハッとしました。
自信が持てなくて、弱気で、おくびょうだった自分だからこそ。なにより、深い心の傷を知っているからこそ。
人々の悩みに、より深くよりそい、理解できるんじゃないかと、気づいたのです。
『……そうだな。そうすれば、俺がこの国を出ることも、なかったかもな』
塩の大妖精シオが、まるで女王にあてつけるように言い捨てました。
そうか……そういう王様のありかたもあるのか……と、シュガーは目からウロコが落ちた思いでした。
『それにさー、シュガーってはじめのころはビビリだったのに、いまはシュクレーヌをすくえるくらい、せいちょうしたじゃん! それならいつか、じょおうさまになれるって!』
本人にとってはなにげない、シロンのひとことによって、シュガーの心はまた大きく動かされます。そこに……
「私はシュガーが王様に向いてるとは思わないけど、シュガーが王様になったら、いい国になりそうな気はするよ。そしたら、人間界のお菓子も、もーっとおいしくなるよね!」
食い意地の張った、直感まかせだけどぜんぶ的中させているエイルのひとことで、シュガーの心は完全に決まりました。
『……わかりました。いつか、もう一度ここに戻ってきたとき、りっぱな大妖精になれてたら……女王さまを引き継ぐと、約束しますっ』
それは、どこか彼女らしい、自信のなさがにじみ出ていた返事でしたが、与えられた使命から逃げるつもりはないという、意志の強さは感じられました。
『……ありがとう。人間界での、アナタの幸運を祈ってるわ』
女王はやさしくほほえみ、シュガーを祝福しました。
『あのっ……そのかわり、ってわけじゃないですけど……最後にひとつ、おねがいがあるんです……』
『なにかしら?』
『それは……』
☆ ☆ ☆
姉妹たちは、女王とシュガーの案内で、シュクレーヌの中心部までやってきました。
前におとずれたときは、枯れて死にかけていた木があるだけでしたが……
「『わあ……』」
シュクレーヌの復活とともに、その木もよみがえっていたのです。
人間基準から見ても高くそびえる針葉樹には、クリスマスツリーのかざりを思わせる、色とりどりの光を放つ星型の大きな果実が、たくさん実っていました。
『コンフェイトの大樹……最後に、この木が元気なところを、見たかったんです……!』
シュガーは感激に目をうるませながら、大樹を見上げていました。
「……おいしそう……」
妹たちが大樹の美しさに感動しているなか、エイルは食べることしか考えていなかったようです。
「コンフェイト……ってことは、あの果実は、こんぺいとうなんだよね?」
エミルはずっこけながら、シュガーにたずねました。
『はい……でも残念ながら、食べることはできないんです』
「『えー!? なんでー!?』」
エイルとシロンは、またもがっかりした声を重ねます。
『塩の大妖精さまがくださった木の実のように……コンフェイトの実は、栄養が豊富すぎるんです。ひとくち食べただけで、わたしたち妖精でもおなかがパンクしちゃいます』
「な……なめるだけなら……よくない?」
往生際……いえ、あきらめの悪いエイルがたずねました。
『なめたらぜったい、食べたくもなりますから、ダメです』
「ちぇー……」
ここでようやくあきらめたようです。
『でも、たべられないなら、あのきのみ、なんのためにあるの?』
シロンが、ふきげんそうな顔でたずねると、今度は女王が答えました。
『あの実はいずれ、夜空に打ち上げられて、本当の星になる。それが新たな妖精界の核になるといわれているのよ』
『ふーん……うちゅうのしんぴ、ってやつだね』
わけのわからないコメントですが、なんとなく納得はしてくれたようです。
『そうだ……お菓子パーティーが中止になった代わりに……アナタたちにはシュクレーヌを救ってくれたお礼として、これをあげるわ』
女王は、ドレスからなにかを取り出して、人間界で暮らすことにしたシュガーに手渡しました。
『これって……コンフェイトのタネ!』
シュガーは目を見張りました。
それは、大樹に実っているコンフェイトの果実が、そのまま小さくなったような、虹色の光を放つタネだったのです。
『そのタネ、人間界で育てると、ちょっとおもしろいことになるのよ』
『おもしろいことって、どんなこと?』
シロンはわくわくした顔で身を乗り出しました。
『それは、植えてみてのお楽しみ』
『むーっ!』
シロンの顔が、またふきげんに戻ってしまいました。
すると、そこにのっしのっしとした足音とともに、一体の魔法生物がやってきました。
魔王ビターダム……いえ、マルコ少年のパートナーだった、たまごのカラをかぶったコミカルなドラゴン、【ビターエッガー】です。
「あなた……そうか、マルコがいなくなったから、契約が解けたのね……」
人間とパートナー契約を結んだ魔法生物は、その人間が死ぬと自動的に契約が解除され、コネクタリングの外に排出されてしまうのです。なので、彼は天には昇らず、こうしてひとり取り残されたというわけなのでした。
ビターエッガーはもじもじとしたようすで、視線をそらしながら言いました。
『その……いろいろ、悪かったな……それと、マルコを救ってくれて……ありがとう……』
それはぎこちないながらも、素直な謝罪と感謝の言葉でした。
「……わたしは、あなたのパートナーの命を奪ったんだよ?」
エミルは、せつない表情でたずねます。
『……指輪を通じて、オレにはわかってた。たとえ浄化されても、悪魔にむしばまれたマルコの体は、もう長くなかった、ってな……だから、これでよかったんだよ』
マルコ本人がいないいま、その言葉が、真実かどうかさだかではありませんが……ビターエッガーが、エミルを責めてはいないということだけは、はっきりわかりました。
『あんたは、これからどうするの?』
同じドラゴンであるシロンがたずねました。
『オレも、オレのつぐないをするよ。オレだって、チョコレートの魔法生物だからな。女王にゆるしを得て、この国のために働くことにしたんだ』
「そうなんだ……」
『そして……いつかこの世界に生まれ変わってくる、マルコととーさんを待つことにするよ。妖精界は、生まれ変わりのサイクルが早いんだろ?』
『ええ、そうよ』
スノーベルはうなずきました。
最後にエミルが、やわらかなほほえみを浮かべて言いました。
「……あなたが前向きに生きてくれるなら、わたしはうれしい。生まれ変わったバディーゴさんとマルコに、よろしくね」
『うん。ありがとう、"雨あがりの聖女"、エミル』
そして、シュクレーヌの女王は、パンパンと手を打ち鳴らしました。
『……さあ、そろそろ時間よ。早く結界を強めないと、人間たちが押し寄せてくるんでしょ? そのまえに、お戻りなさい。アナタたちの、帰るべき場所へ!』
「はい。いろいろと、ありがとうございました!」
『お礼を言うのは、こっちのほう。助けてもらったっていうのに、なにもしてあげられなくて、ごめんなさい』
「いいよ、そんなの。お礼がほしくてやったわけじゃないもん。楽しかった!」
エイルのあっさりしたその言葉に、女王は少し救われた気持ちになりました。
『女王さま。お礼なら、わたしがシュクレーヌのみんなのぶんまで、この方たちに返します。だから、安心してくださいっ』
シュガーはおずおずとしながらも、自信に満ちた顔で言いました。
女王は安心したやわらかな表情で、シュガーの頭をそっとなでます。
『ええ、よろしくね。アナタが帰ってくるその日を、楽しみに待ってるから』
『……はいっ!』
『スノーベル、貴女もですよ』
『ええ、女王さま。かならずや、次期女王にふさわしい大妖精になってみせます!』
シュネージアの女王とスノーベルも別れのあいさつを交わし――シュガーは、人間界への《妖精の抜け道》を開きました。
『ばいばい! お砂糖の子!』『元気でね!』『カゼひくなよー!』
振り返ると、シュクレーヌじゅうの妖精たちが見送りにきてくれていました。
冒険に出る前は、"あの子にできるわけがない"と冷たい言葉と視線を送っていた妖精たちは、もうすっかり、シュガーのことを認めてくれていたのです。
シュガーはそれがうれしくって、また涙を流してしまいます。最後くらい、笑っておわかれしようと思っていたのに……
『……うん! ありがとう、みんな! 女王さま! ……行ってきます!』
「さようなら、シュクレーヌの妖精さんたち! 大妖精さんたち! かならず、また会いに来ますからね!」
姉妹たちは大きく手を振り合うと……異空間トンネルの向こうへと消えていきました。
やがて、そのトンネルも消えていき、空間のゆがみも、静かに正常に戻っていきました。
『……行ってしまい、ましたね』
シュネージアの女王が、名残惜しそうにぽつりと言いました。
『……ええ。でも、あの子たちとはそう遠くない未来に、また会える。……私の占いが、そう言っています』
シュクレーヌの女王は、手もとに戻って来たアメ玉水晶を見つめながら、ほほえみました。
ここまで姉妹たちを導いてきたアメ玉は、最後に一瞬だけ、チカッと赤い光を放ちました。
こうして――お菓子の妖精界シュクレーヌをめぐる大冒険は、ここに幕を閉じたのです――
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