第77話 よみがえれシュクレーヌ
『ど、どどど、どうしよう!?』
シロンはわかりやすくあわてふためきました。ちっちゃな手足と翼を、バタバタとせわしなく動かしています。
『ど、どうしようって……どうしようもないでしょ!?』
スノーベルも、負けないくらいの大パニックです。まん丸にした目を、あっちへこっちへと泳がせています。
『そんな……せっかく魔王を倒したのに……!』
シュガーはその場にうずくまり、絶望のあまり動けなくなっていました。
シュクレーヌを救うために、何度も何度もこわい思いをしてがんばってきたのです。それなのに、最後の最後でこんな結果になるなんて。これではまったく報われません。
エミルも、どうにかできないかと必死に頭を回転させます。けれど、何度考えても、マナがなければどうすることもできない、という結論しか出てきません。魔法つかいという人種の無力さを、あらためて痛感していました。
「くっそー……!」
エイルも悪態をつきながら、大地を踏みしめました。すると、踏んだそばから地面がボロボロと崩れ落ちていきます。
空は暗くかげって荒れはじめ、大地も音を立ててゆれはじめました。まるで、滅亡へのカウントダウンがはじまったかのように。
だれもがもうダメだと、あきらめかけていた、そのときでした。
『おいおい……思った以上に、ひどいありさまだな……』
聞き覚えのある、気だるげな声が聞こえてきました。
エミルたちが振り向くと、そこには痩せぎすでまっしろずくめの、羽が五枚の大妖精……シオが立っていました。
「シ……! 塩の大妖精さん!?」
エミルは"シオ"と呼びかけるのをとちゅうでやめて、あわてて呼び直しました。
『彼だけではありませんよ』
今度は、透き通るような美しい声がひびきます。
きらきらと舞う雪の粒をまとって、シュネージアの、雪と氷の女王までもが、そこにいたのです。
『女王さま!?』
意外なところに、意外な人が現れたので、スノーベルはびっくり仰天です。
『オレ様もいるぞ!』
さらに、あたりがぽかぽかとあたたかくなったかと思うと、トロピコルノの炎の妖精王が姿を現しました。
なんと、これまでに訪れた三つの妖精界の主たちが、勢ぞろいしていたのです。
「みなさん……どうしてここに?」
『水くさいこと言うなよ! シュクレーヌを救けるために来たに決まってるだろ!』
『魔王が倒れ、苦味が消え去ったことで、私たち外部の妖精も、問題なく入れるようになったのです』
エミルたちは、シュガーの《妖精の抜け道》を通ってここまで来ました。なので気づかなかったのですが、どうやらシュクレーヌ出身の妖精以外は、シュクレーヌへの道を開くことすらできなかったみたいです。
『事情はだいたい把握した。マナが残ってないんだろう? なら、これを食え!』
シオは、エミルの足もとに小さな袋をぽいっと投げてよこしました。
エミルが拾って袋を開けると、彼の家でふるまってもらった、小さな白い木の実がぎっしり詰まっていました。
「これは……!」
エミルは、希望の光が戻ったかのように、歓喜の声をあげました。
この白い実には、わずか数粒でマナが回復するだけの栄養がつまっているのですから。
『こちらも、受け取りなさい』
シュネージアの女王が渡してくれたのは、バスケットと、なにかが入った包みでした。
バスケットのほうには、エミルがおみやげに渡したサムマイモのスイートポテトが。包みのほうには、シロクマ妖精にごちそうになった焼き魚が、たくさん入っています。包みからは、香ばしいにおいがふわりとただよってきました。
『その魚は、貴女の友人を名乗る妖精たちが、ぜひにと』
どうやら、あのシロクマ妖精たちからのプレゼントのようです。
『オレ様からは、これだ!』
炎の妖精王が渡してくれたのは、どこに持っていたのか、色とりどりの果実の山でした。中には、トラ妖精から分けてもらった、大きな黄色い実もあります。
『これは、キミたちに助けてもらった妖精たちが集めてくれたものだ! ぞんぶんに食うといいぞ!』
これまでに出会ってきた妖精たちが、自分たちを助けようとしてくれている。あの長い冒険が、なにひとつ無駄じゃなかったと実感して、エミルとシュガーは胸が熱くなりました。
『これだけあれば、すぐにげんきいっぱいになるね!』
シロンは目を星空のようにきらきらさせ、口から滝のようなよだれを流して、大興奮です。
「うん! ……みなさん、ほんとうにありがとう!」
エミルは涙をぽろぽろこぼしながら、妖精たちに深々と頭を下げました。
さあ、善は急げならぬ、膳は急げです。
エミルとシロン、シュガーの三人は、集められた食べものをかこんで座り……
「『いただきます!』」
あらためて、ありったけの感謝をこめて手を合わせ、食べはじめました。
白い木の実は口の中でほろりととけ、焼き魚はふっくらと香ばしく、色とりどりの果実は、かむたびにじゅわっとあふれます。口の中から、お腹へ、そして心へ。しあわせがじんわりと満ちていきます。
甘くて、しょっぱくて、渋くて、辛くて、そしてほんのちょっぴり、ほろ苦くて。
味というのは、ううん、生きるということは、ひとつの味だけでは成り立たない。そのことを、エミルは、シュガーは、心に深く刻みつけていました。
そして……三人は、用意されたすべての食べものを、きれいにたいらげました。
「『……ごちそうさまでした』」
手を合わせ終えると、エミルはすっと立ち上がり、杖をかまえました。
「さあ……いくよ、ふたりとも!」
《進化変身》、発動――!
シロンは大きな白竜に、シュガーは少女ほどの背丈の大妖精へと、まばゆい光の中で姿を変えていきます。
『これが、アナタたちの……進化した姿、なのね……』
スノーベルは、まん丸にした目で見上げながら、息をのみました。
エミルは、大きくなったシロンの背にまたがり、シュガーとともに上空へと舞いあがりました。
『さあ……私たちも、もうひと仕事しましょうか』
シュネージアの女王が、杖をコツンと鳴らして、空を見上げました。
『もうひと仕事……?』
スノーベルは首をかしげます。
『俺たちがわざわざ栄養補給のためだけに、こんなところまで来るわけないだろうが』
シオは面倒くさそうに、スノーベルの疑問に答えました。
『オレ様たち大妖精のチカラで、シュクレーヌの復元をアシストするのさ!』
炎の妖精王は、拳をバシッと打ち鳴らして気合いを入れました。
そして三人の大妖精は、空に向かって両手をひろげ、全身からまばゆい光を放ちはじめます……
☆ ☆ ☆
黒い稲光が走る、シュクレーヌ上空にて……
「"ファーブリア"の町のときは、魔法陣の助けがあったけど……シュクレーヌは妖精の魔法で作られた世界だもの、わたしたちだけでも復元できるはず……」
『私たちも、あのときよりすっごく成長してるしね!』
大きな白竜となったシロンは、声を弾ませました。
『わ、わたしも……できるかぎり、がんばります!』
大妖精となったシュガーも、はりきってこぶしをにぎりしめました。
「そうだね。でも今回は、シュガーが主役なんだから」
『……ですね。わたしの故郷なんですから。わたしがいちばん、がんばらなきゃ、ですよね!』
シュガーは、眼下にひろがるシュクレーヌの大地を見つめました。
すべてが土色に染まり、無数の亀裂が走って、まるでからからに乾いた泥だんごのようです。
シュガーは胸をぎゅっと痛めました。けれど同時に、その瞳に、強い決意をみなぎらせます。
『……ぜったいに……もとのシュクレーヌを取り戻してみせる!』
「その意気! じゃ、はじめるよ、ふたりとも!」
『うん!』『はい!』
エミルは高く杖を振り上げ、シロンとシュガーは全身から虹色の光を放ちます。
それに呼応するかのように、地上から白、青、赤の三色の光もほとばしりました。
大妖精たちも協力してくれている――エミルたちは、すぐに気づきました。
――これならきっと、うまくいく。ううん、失敗のしようがない!
エミルはカッと青い瞳を見開いて、杖を振り下ろしました!
「《プリズマジック・サンクチュアリ》!」
シロンとシュガーの体から、虹色の光のシャワーがあふれ出し、シュクレーヌ全土に降りそそいでいきました。
同時に、大妖精たちの放つ三色の光も、大きくひろがっていきます。
すると……なんということでしょう。
大地の亀裂はみるみるふさがり、空をおおう暗雲もうすれて、雲間からやわらかな光がさしこんできました。そして……
ぽこぽこぽこ!
「わお!」
地上のエイルが、おどろきの声をあげます。
荒廃した大地から、いくつも芽が出て、葉をひろげ、つぼみをつけ、花を咲かせていったのです。
からからに乾いた泥だんごのようだったシュクレーヌは……ぐんぐんいろどりを取り戻していきました。
やがて、光のシャワーがやんだころには……
ふわふわのスポンジケーキの大地。あめ細工の草花。さらさらと流れるチョコレートの川に、クッキーでできた道がどこまでも伸びて、中心にそびえる大樹には、カラフルできらきらのこんぺいとうの実が、たわわになっています。風にのって、あまい香りがふわりとただよってきました。
そこは、ふしぎでとてもすてきな国――
お菓子の妖精国シュクレーヌが、完全によみがえったのです。
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