第76話 救うということ
「まって……お姉ちゃん」
エミルは、エイルの手をぎゅっと握り返しました。
「エミル……?」
「お姉ちゃんの気持ちは、うれしい。でも……これはわたしの使命だから。わたしが、やらなくっちゃいけないことなんだ……!」
エミルの手と声は、ふるえていました。
エミルが請われたことは、バディーゴとマルコ親子、二人の命を奪うことです。でも……同時に、二人の魂を救うことでもあります。
シュガーだって、自分の使命から逃げずにがんばり、それをまっとうして、ついにシュクレーヌを救うことができたのです。
なら……パートナーである自分だって、与えられた使命から逃げてはいられません。
なにより……今の自分だって、“雨あがりの聖女”の二つ名で呼ばれる身です。“巨獣狩りの剣星”と呼ばれる、世界でいちばん大好きで、尊敬する姉、エイルと並び立つためにも、これは越えなければならない試練なのです。
エイルは、やさしくほほえんで、手を離しました。
「……わかった。エミルにまかせるよ。忘れないで、なにがあっても私は、エミルの味方なんだってこと!」
そして、ぽんっと妹の背中を押します。
その言葉が、その気持ちが、エミルにとってはなによりうれしいものでした。
これさえあれば、なにもいらないと思えるほどに。この先、どんなことがあっても、自分を支えてくれる。
エミルには、そんな確信がありました。
「……ありがとう、お姉ちゃん」
エミルはそっとほほえむと、杖をかまえ、バディーゴ親子のもとへとゆっくり歩み寄りました。
そこに……
『エミル』
『エミルさん』
シロンとシュガーが、小さな手でエミルのローブの袖を引っぱってきたのです。
『シロンも、いつでもエミルといっしょだよ!』
『わたしにも……お手伝いさせてくださいっ!』
そんなパートナーたちの気持ちも、エミルにとってはもちろんうれしいものでした。
たとえなにがあっても、自分には、自分を信じてくれる家族や仲間たちがいる。
なにもこわくなんてない。
その思いが、エミルの心の栄養を満たしてくれるのです。
「いくよ……シロン、シュガー……」
エミルは、迷いのないまっすぐなまなざしで、杖を振りました。
シロンとシュガーの体が、虹色の光に包まれていきます。
『三人とも……マナはほとんど使い果たしてるのに、まだ、これだけの光を……』
スノーベルは、驚嘆の声をもらしました。
それが、エミルの心の栄養が満たされたことによるものだということを、彼女は知るよしもありません。
やがて、シロンの口から虹色の炎が、シュガーの体からは虹色の光の粒子が放たれ、ブラック親子のまわりを包みこんでいきます。
『おお……なんとあたたかな光……』
バディーゴはまわりを見回し、やや興奮ぎみに声をあげました。
「う……」
すると、気を失っていたマルコ少年も、ゆっくりとまぶたを開きました。
『マルコ……私だ……わかるか……?』
「ん……おとう……さん……?」
『すまなかった……私がいたらぬせいで、お前を苦しめてしまった……許してくれ……!』
「お父さん……ボクも……お父さんのことを……ごめん……!」
『謝るな……お前は何も悪くない……これからは、ずっと一緒だ……!』
「うん……うん……!」
――この場のだれもが、親子の最期の会話を、ただだまって見守っていました。
やがて、親子の体は、巨大マシュマロもろとも光の粒子となってほどけ……ゆっくりと天へと昇っていきます。
エミルの瞳からは、涙があふれていました。
こうすることしかできなかったというくやしさなのか。それとも、絆を取り戻した親子を見届けることができたうれしさなのか。
エミル自身にも、その涙がどちらなのかは、わかりませんでした。
――ありがとう、雨あがりの聖女エミル――
最後に、バディーゴの声があたりに響いて……
虹色の光は消え、浄化の魔法は終わりました。
「う……くうっ……!」
エミルは杖を手放し、その場にくずれ落ちて、泣きました。
どんなに理由を正当化したところで、人間二人の命を奪った罪の重さと、そうせざるを得なかった自分のふがいなさに、耐えられなかったのです。
シロンとシュガーは心配そうに、エミルの顔のそばまで飛んでいきます。
スノーベルのほほにも、ひとすじのしずくが流れ――
エイルはただ、せつなそうな表情を浮かべ、どんよりとしたままのシュクレーヌの空を見上げていました――
『……これで、よかったんだよ』
すると……エミルの帽子の上に止まっていた【トゥイート】が、口を開きました。
ロウランの声です。
まさか、こうなることを想定して、録音していたとでもいうのでしょうか?
でも、いまはそんなこと、どうでもいいことでした。
『今回は、結果的に命を奪うことになってしまったかもしれない。でも、いいほうに考えるんだ。キミはブラック親子を救ったんだ。親子は絆をとりもどし、なかよく逝けたんだから。浄化された魂は、また新たな命として生まれかわる。ただ処刑されるよりも、ずっとハッピーエンドじゃないか』
その言葉を聞いても、エミルは、ただ嗚咽をもらすばかりでした。
『それでも、自分が許せないというのなら、キミのまわりを見てごらん。キミの大切な人たちが、どう思ってるのかをね』
エミルはハッと目を見開き、まず、そばにいるシロンとシュガーの顔を見ました。
ふたりとも泣き顔ですが、それでもエミルにやさしいほほえみを向けてくれています。
次に、右手の指輪を見ました。
五つの指輪は、チカチカとあたたかな光を放っています。まるで、自分を応援してくれているかのように。
最後に振り返って、エイルとスノーベルの顔を見ました。
スノーベルは困ったような笑みを浮かべています。
そしてエイルは、「よくやった!」と言わんばかりの満面の笑顔を見せていました。
エミルは、また涙をあふれさせました。
でも、これは悲しみの涙ではありません。
無言で自分を肯定してくれる、最愛の家族たちのやさしさ――そのあたたかさが、たまらなくうれしかったのです。
「さてと……つぎは、どうするんだっけ?」
エイルは、ぐぐっと伸びをしながら言いました。
『つぎって……まおうをやっつけたんだから、もうおしまいなんじゃないの?』
シロンは、ふしぎそうに首をかしげました。
スノーベルは、あきれたようにためいきをつきます。
『なに言ってるのよ。シュクレーヌを元通りにしなきゃでしょうが』
そうです。元凶である【魔王ビターダム】を倒しただけでは、荒廃したシュクレーヌはよみがえりません。
だれかが、大きなチカラで働きかけなければならないのです。
そしてもちろん、その役割をになうのは――
『……というわけで、またアナタの出番よ、“雨あがりの聖女”さん?』
エミルの浄化のチカラ、というわけなのです。
が、しかし……
『ちょ、ちょっと待ってよ、スノーベル。エミルさんは、もうマナが残ってないんだよ?』
シュガーが、あわてながら指摘しました。
エミルだけではありません。シュガーはもちろん、シロンも、スノーベルも、エイルですらも、すべてのチカラを使い果たしてしまっています。
そんなカラッポの状態では、莫大なマナを必要とする浄化の魔術を発動するなんて、とてもできません。
『う……そういえば、そうだったわね……』
スノーベルは遅れてそれに気づき、ショックを受けました。
体力が残っていない反面、テンションがハイになっていたためでしょう。
『それじゃ、ちょっとやすんでからにすればいいよ!』
シロンが、どこかのんきに提案します。
ですが……
「……いいや、そんな時間もないみたいだよ」
エイルが空を見上げながら、目を細めて言いました。
エミルたちも、同じように空を見上げます。
すると……
どんよりとした空の闇が、少しずつ、そして確実に深くなっていくのがわかりました。
さらに、まわりを見てみると……大地のヒビがひろがり、枯れた木々が朽ちて、次々とくずれ落ちていきます。
その光景を見て、だれもが理解しました。
シュクレーヌの完全な滅亡が――秒読み段階に入っているということを……
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