第75話 バディーゴの真実
「む、む、息子って、どういうことですか!?」
『ちょ、ちょ、長老さまって人間だったの!? ううん、その息子さんが妖精だったの!?』
エミルとシュガーは、長老の爆弾発言に困惑しきっていました。疲れているせいもあるのかもしれません。
『……そうだな。いきなりこんなことを言われても、受け止めきれんだろう。順を追って、話すことにするよ』
長老はエミルたちに向き直ると、自分で作り出した巨大なマシュマロクッションの上に座り込み、話しはじめました。
『……私の名はバディーゴ・ブラック。人間界でチョコレート職人をやっていた』
「えっ……! やっぱり……そうなんですか!?」
エミルは目を見張りました。
いまもベレー帽の上に止まっている青い鳥【トゥイート】を通じて、ロウランから聞かされた、王国のお菓子コンテストで20年間無敗を誇った偉人の名前にまちがいありません。
『人間が、どうして妖精の姿に!? というか、どうして長老さまの姿に!?』
シュガーのほうは、名前を聞かされても困惑しっぱなしでした。
なにしろ、バディーゴが行方不明になったという10年以上前より、さらにずっと前から、長老は存在していたのです。
そう、シュガーが生まれたときから、たしかに。
長老は、自分の胸に手を当てました。
『砂糖の妖精……覚えているか? 10年ほど前、君が人間界におもむくより前に、私……いや、この体の持ち主が、病に倒れていたことを』
『は、はい……おぼえています。かなり危険な状態だったって……でも、無事に回復されて……わたしも、みんなも大よろこびでした』
『……実はそのとき、この体の持ち主は、すでに命を落としていたのだ』
『え……?』
シュガーは目を丸くしました。
長老は、気を失ったままのマルコに向き直り、話をつづけます。
『時を同じくして、私……バディーゴも、悪魔がとりついたこの子によって命を奪われていた。そのとき、私の魂はさまよい、異空間を通じて、長老殿の体に乗り移ってしまったらしい』
「それって……転生したってことですか?」
エミルが言いました。
シュガーもハッとします。
本を読むのが好きなふたりは、すぐに思い浮かべたのです。死んだ主人公が、別の世界の誰かの体を借りて生まれ変わる――そんな物語のことを。
それがまさか、現実に起こっていただなんて。
『私は菓子職人として高みにのぼるため、シュクレーヌの妖精のチカラを求めていた。神がそのねがいを聞き届けてくださったのか、はたまた悪魔が私の欲望にこたえたのか……理由はさだかではないがな』
『じゃあ、つまり……病気から回復されてからの長老さまは……』
『ああ……この私、バディーゴが、脳内に残っていた彼の記憶をもとに、そうふるまっていたというわけだ。本来の長老殿の魂は、すでに天へと還っていることだろう』
明かされた長老の正体に、姉妹たちは息をのみました。
「じゃあ、バディーゴ……さん。あなたは、10年以上ずっと、妖精の長老として生きていたってこと?」
エミルの問いに、長老は深いため息をつきました。
『……ああ。失った栄光を取り戻さんとして、まわりをかえりみず菓子作りだけに没頭していた私は、息子の手にかかって、ようやく目が覚めたのだ。私は、なんという愚かなことをしてしまったのかと。そして、このシュクレーヌで暮らしていくうちに、なぜ菓子職人を目指したのかということも思い出せた。栄光など、どうでもよかった。ただ、うまい菓子を作って、人をよろこばせたかった――そんな月並みな、はじまりののぞみをな』
「……」
エミルたちは、だまって聞いていました。
『この体に乗り移ったのは、神のおぼしめしだと思った。これまで犯した罪をつぐなえという、な。このシュクレーヌの豊かさが、人間界の甘味に影響を与えていると知り、それならば、よりよい国にしようと、長老殿の体を借りて、働くことにしたのだ』
『そうだったん……ですね……』
この中でいちばん長老のことをよく知るシュガーが、ぽつりとつぶやきました。
『そんな生活が10年ほど続き……事件は起こった』
「【魔王ビターダム】による、シュクレーヌの侵略……」
『はじめは、原因がわからなかった。しかし、君たちが救済のために訪れ、奴が姿を現してから、確信したよ。魔王の正体が、我が息子だとな』
長老――バディーゴは、再びマルコのほうを振り返りました。
『え、でもでも! おじいちゃんがやられちゃって"てんせい"したのって、10ねんいじょうもまえなんだよね? どうして、そのコはコドモのままなの?』
いつのまにか指輪から出てきていたシロンが、疑問を口にしました。
たしかに、いまのマルコは、悪魔にそそのかされ、バディーゴを手にかけたときと同じ……12歳前後の子どもに見えます。
エミルは、うーんと考えながら推測しました。
「さっき、録音でロウランさんも言ってたでしょ? 強引にシュクレーヌへの空間を開こうとして、時間まで跳び越えちゃったんだよ」
『じかんもとびこえたって、どういうこと??』
「ほら、SF物語にもあるじゃない。空間と時間は、厳密には同じものとしてあつかわれることがあって……マルコ……【魔王ビターダム】は異空間を通って、10年後のシュクレーヌに行っちゃったってことだよ」
『それは、ありえるかもね。《妖精の抜け道》を使わずに、強引に異空間を渡り歩くなら、時間の影響を受けてもおかしくない。妖精界は、それだけ強い魔力で守られているからね』
スノーベルが同調しました。
シュガーは納得したようでしたが、シロンとエイルは、ちんぷんかんぷんといった様子です。
『……"雨あがりの聖女"よ、ひとつ聞きたい』
「……なんですか?」
神妙な面持ちのバディーゴに、エミルも同じように聞き返しました。
『息子は、このあとどうなるのだろうか?』
どうやらバディーゴは、マルコが人間界でどのように裁かれるのかを聞きたいようです。
エミルとスノーベル、この中では王国の法律にくわしいふたりが、見つめ合ってから、重々しく答えました。
「……たぶん……とても重い罪に問われると思います。保護対象である妖精の国を滅ぼしかけたのはもちろん、甘味を奪ったことで、王都にも大きな被害を出していますし……あなたを……人を、殺してますから……」
『もちろん、いちばん悪いのは、その子に禁書を与えた人間で、悪魔にとりつかれていたからっていう、情状をくむ余地もあるけれど……エミルの言ったとおり、やらかしたことが大きすぎる。そもそも禁書も、読むだけで重罪にあたるしね……現行法では、極刑が妥当だと思うわ』
『……そうか』
バディーゴは、小さく声をもらしました。
そのひとことには、"やはり"という気持ちがこめられているように聞こえました。
『雨あがりの聖女よ。ならば、最後にひとつ……たのみたいことがある。聞いては、もらえないだろうか?』
エミルは一瞬、ハッとして、青い瞳をうるませます。
わかっているからです。
彼がいま、いちばんにのぞんでいることが。
『この体も、本来の寿命をとっくに越えてしまっている。君の浄化のチカラとやらで、私と息子を葬ってほしい。それが私の、最後のねがいだ』
バディーゴは、小さな老妖精の体で、ふかぶかと頭を下げました。
『エミル……』
悲しげなシロンをはじめ、全員の注目がエミルに集まります。
エミルはうつむき、こぶしをにぎりしめました。
考えているのです。それ以外に……命を奪う以外に、この親子を救う方法を。
こんなにもどかしくて、たまらない気持ちになったのは、4年前、はじめて浄化のチカラに目覚めた、故郷の"聖獣暴走事件"のとき以来です。
あのときも……やむなく、聖獣の命を奪うしかありませんでした。
エミルは、幼かったあのときより、ずっと成長しました。
もう二度と、奪う必要のない命を奪わなくてすむように。
しかし……それゆえに、思い至ってしまうのです。
逃れ得ない大罪を犯したマルコを、そして、死期のせまった老妖精の姿となったバディーゴを、二人を救う方法が、それ以外にないことを。
エミルの青い瞳から、ぽたぽたと涙が流れ落ちます。
できることなら、すべてを見なかったことにして、この親子をどこかに逃がしてあげたい。
けれど、できるわけがありません。
罪を見逃すこともまた、エミルの信念に反するものなのですから。
それに……そんなことをしても、被害を受けた妖精たちや王都の人たちも、加害者である彼らも、だれも救われない。
エミルには、それがわかっているのです。
そんな彼女の肩に、ぽん、と手が置かれました。
エミルの最愛のお姉さん――エイルの手です。
「おねえ……ちゃん……」
エミルは、うるんだ瞳でエイルの顔を見上げました。
エイルは、ぜんぶわかってる、と言いたげな顔でうなずき、そっとエミルの手をにぎります。
「……その役目は、私がやる。……いいよね?」
エイルは、妹のかわりに、すべての業を背負う覚悟を決めるのでした。
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