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ワンダフルリング! エイルとエミルのふしぎな冒険 妖精の国のSOS  作者: 稲葉トキオ


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第73話 悪魔とヒーロー

『ケーケケケケ! いまさら、そんな甘っちょろいのぞみなんか、かなうかよ!』


 超巨大カフェオレ球体の中から、あざ笑うような不快な声が聞こえてきました。


 エミルとシュガーは、ぞくっと悪寒を感じます。


 その声からは、悪意以外の感情がまったく感じられません。そのあまりの不気味さに、ふたりの体が本能的に反応したのです。


 ドッパアーーーン!


 次の瞬間、球体が大きな音を立てて弾け飛び……その中から、それは姿を現しました。


 全身が真っ黒で、手足は長く、コウモリのような羽に、ツノとしっぽ。


 まさに"悪魔"としか言いようのない、おそろしい存在です。


「あなたが……マルコと融合していた、悪魔?」


 エミルはじっと目を細めて、たずねました。


『ケケケケ! その通り! 契約により、コイツの体は、完全にオレ様がもらった!』


 悪魔はそっくり返って、高笑いします。


 その声はなんとも耳ざわりで、エミルとシュガーは思わず顔をしかめました。


【魔王ビターダム】は、少年マルコと悪魔が融合して生まれた存在……マルコの人格が戦意を失ったために、悪魔の人格だけが表に出てきたのだと、エミルは推測しました。


 すると……悪魔の体が、むくむくと大きくなっていきます。


 みるみるうちに、その姿は巨人と呼ぶべき大きさへと変わり、高さは20メートルほどにもなりました。


「うそ……」


 エミルとシュガーは、驚きと恐怖におののきます。


 こんなのとまともに戦っては、さすがに勝ち目はありません。


 恐怖を感じながらもそう判断したエミルは、おもむろに左手にはめていた三つの指輪をはずし、放り捨てました。


『フシュー……お前らには感謝してるぞ。おかげで、この体は完全にオレのものとなった!』


 巨大化した悪魔の声は、シュクレーヌ全体に響きわたります。


『オレは契約を守るくらい、律儀で、義理固いんだ。どれ、礼にひと思いに、にぎりつぶしてやろう!』


 悪魔の右手が、エミルたちめがけて振り下ろされます!


「シュガー!」


『は、はいっ!』


 シュガーは妖精の飛行能力で、エミルをけん引しようとします。


 しかし……


 しゅぽん!


 その瞬間、ちいさな大妖精の姿から、もとのちっちゃな妖精の姿へと戻ってしまったのです。


 理由はあきらかです。魔王ビターダムとの激闘で、エミルもシュガーも、マナを使い果たしてしまったからでした。


『う……!』


 それでもエミルを守ろうと、シュガーは必死にエミルを引っぱります。


 かろうじて、《妖精の粉(ピクシーダスト)》の効果は残っているため、エミルは空を飛べるままです。


 ブオン!


 間一髪、悪魔の右手が目の前を横切り、エミルたちはなんとか回避に成功しました。


「あっぶな……」


 エミルは振り向き、ほっと胸をなでおろします。


 しかし、楽観してはいられません。


 妖精の粉による飛行能力が、少しずつ低下しているのがわかります。


 このままでは、悪魔に捕らえられてしまうのも時間の問題でしょう。


(時間の問題でも、いまはその時間をかせぐ!)


 それでも、エミルの目にはあきらめの色がありませんでした。


 その強い意志は、指輪を通じてシュガーの心にも伝わります。


『往生際が悪いなァ! でも、いつまでもつかなァ!』


 悪魔は下卑た笑い声をあげながら、再び右手を差し向けてきます。


 シュガーは必死にエミルをけん引し、悪魔の手から逃げ続けました。


 さいわいなことに、悪魔は勝利を確信しきっていて、エミルたちをいたぶるように遊んでいます。そのため、なんとか逃げ続けることができました。


 しかし……それも、長くは続きませんでした。


 なかなかエミルたちを捕まえられないことに、悪魔が業を煮やしたのです。


『チッ……! ちょこまかと!』


 悪魔の表情から、余裕の笑みが消えました。


 そして、今度は本気でエミルたちを捕まえようと、両手を伸ばしてきます。


「シュガー!」


 ぽふん!


『あっ……!』


 エミルは、とっさにシュガーをバレーボールのように前へとはたき飛ばしました。


 ガシィッ!


「きゃああっ!」


 その直後、エミルはついに、悪魔の右手に捕まってしまったのです。


『エミルさんっ!』


 取り残されたシュガーは、涙目になりながら叫びました。


 エミルは、せめてシュガーだけは助けようと、彼女を弾き飛ばしたのです。


 シュガーの体の大きさでは、悪魔にひとにぎりされただけで、ぺしゃんこにされてしまうでしょう。


 エミル自身も、旅立つ前にお母さんが用意してくれたじょうぶなローブを着ていなければ、そしてパートナーたちの加護がなければ、いまごろ全身の骨が砕けていてもおかしくありません。


 悪魔は右手を自分の目線までかかげ、真っ赤な瞳でエミルをにらみつけます。


『虫ケラのくせに、手こずらせやがって……! 予定変更だ! お前はじわじわ、にぎりつぶしてやる!』


 悪魔は、右手をにぎる力を強めました。


「う……ああっ……!」


 エミルは、もだえ苦しみます。


 そのとき、彼女の右手にはめられた指輪が、すべて強い光を放ちました。


 パートナーたちが、エミルを守ろうと、全力で加護のチカラを強めているのです。


 とくに、いちばんの相棒で妹分のシロン、エミルを敬愛するシルヴィア、そして不死鳥のレッディの加護は強く、エミルの小柄な体は、なんとか持ちこたえていました。


『しぶとい……! だったらもう、本気でプチッといっちゃうぞ!』


 悪魔はムキになり、全力でエミルをにぎりつぶそうとします。


 これではさすがに、どれだけ加護や祝福があっても耐えられません。


 このままでは、エミルの命が危ない!


 しかし……


 エミルの表情には、不敵でステキな笑みが浮かんでいました。


 なりゆきを見守ることしかできずにいたシュガーは、ハッとします。


 冒険の中で、何度も見てきました。


 エミルのあの顔は……勝利を確信しているときの顔です!


 悪魔が一気に右手へ力をこめようとした、その瞬間――!


 シャキーン!


 悪魔の巨大な右手が、手首から切り離されました。


『なっ……!?』


 悪魔は、あまりのことに面食らいます。


 一瞬にして、右手が失われたのです。


 もちろん、勝手にちぎれたわけではありません。


 切断された傷口を見れば、それが何者かによって斬られたものだということはあきらかでした。


 巨人サイズにまでふくらんだ自分の体を、一刀で斬り裂ける存在。


 そんなものが存在するわけが……


 いえ……いました。


 たったひとりだけ!


「汚い手で……私の妹にさわるなっ!」


 風に揺らぐ、やまぶき色の長い髪。


 見ると、エイルが空中で黄金の大剣を振るっていたのです。


「お姉ちゃんっ!」


『エイルさんっ!』


 エミルとシュガーは、そろって歓喜の声をあげました。


『ったく、妖精づかいが荒い……やっぱアナタとは、性格的に合わないわっ!』


 エイルのかたわらには、雪の妖精スノーベルが飛んでいました。


 エイルまでもが空を飛べているのは、スノーベルの《妖精の粉(ピクシーダスト)》によるものだったのです。


『バ……バカな……! なんでお前が……。お前には、致命傷をくれてやったはずだッ!?』


 うろたえる悪魔の言う通り、エイルは"シャトー・ビターダム"での戦いで魔王の剣に斬られ、重傷を負いました。


 結果的にエミルとレッディの処置のおかげで命は助かりましたが、それでも、まだまともに動くことすらできないほどの傷だったはずです。


「おあいにく! わたしのお姉ちゃんは、無敵なの!」


 解放されたエミルは、ぱちんと目くばせをして、自慢げに言ってのけました。


 じつはエミルは、エイルが復活した気配を感じ取っていました。


 だからこそ、エイルからあずかった剣の精霊たちと、スノーベルの指輪を地上へ投げ落としていたのです。


 そして、スノーベルの妖精の粉でエイルが戦場へ現れるまでの時間を、かせいでいたというわけなのでした。


『クソが……クソがクソがクソがアァ!』


 悪魔は、もはや言葉にならないほどわめきちらします。


 どうやら、魔王ビターダムが見せていたあのかんしゃくも、悪魔の人格によるものだったようです。


「エミル、あいつが魔王の正体なんだね?」


 空中でぷかぷか浮かびながら、エイルがたずねます。


「……うん。魔王だった彼は、正気に戻ってくれた」


 エミルは、悲しげな顔でうなずきました。


「じゃあ、助けてやらなきゃね。エミル、つらそうなところ悪いけど、あと一回、チカラを貸してくれる?」


 エイルはにっこり笑って、エミルに手をさしのべました。


「……うん!」


 エミルもまた、キリッとした笑顔でこたえます。


 そして、ふたたび杖をかまえると、ふたりの妖精に呼びかけました。


「シュガー! スノーベル!」


『はいっ!』『ええ!』


 ふたりは光の球となり、エイルの左手に握られた白銀の剣と合体します。


 白銀の刀身が、冷たい光を放ちました。


 エイルは剣を大きく振りかぶり、エミルは気合をふりしぼって叫びます。


「さあ、いくよ! これが最後の……《アイスキャディバー》だ!」



お読みいただき、ありがとうございました。

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