第72話 カフェオレみたいな思い
――魔王ビターダムの正体は、バディーゴの息子、マルコ・ブラックだ。
マルコはバディーゴに愛想をつかして姿を消したということになっているが、実際は少しちがったようだ。
コンテストで二度の敗北を喫した時点で、バディーゴはすでに半狂乱状態だったということが、当時のカルテに記されていた。
それにより、マルコは父親からムリヤリお菓子を食べさせられ続けるだけでなく、虐待同然の扱いを受けていたらしい。
やがて、それに耐えかねたマルコは逃げ出そうとした。しかし、それはもちろん、許されなかった。
なんとかして父親が与える地獄から逃れたかったマルコの前に、ある人物が現れた。
その人物は、マルコに一冊の本を与えた。それは……悪魔が封印された、禁書だった。
マルコはためらわずに悪魔の封印を解き、みずからの心と体を売り渡す契約を交わした。
人間と悪魔の融合……これが、【魔王ビターダム】の誕生というわけだ。
そのチカラをもって、マルコはバディーゴを亡きものとした。悪魔のチカラをもってすれば遺体も残らず、なるほど、その死がもれることもなかっただろう。
その後の彼の行動については、私の想像になるが……悪魔と融合した彼は、自分をひどい目にあわせた父親の命を奪っただけでは飽き足らず、これまでムリヤリ食べさせられてきたお菓子や、そうなる原因となった魔法つかいにまで、復讐しようと考えたのだろう。
悪魔は、人間の欲望を増幅させる性質があるからね。
そのために、父親が調べていた、王国の甘味に影響を与えるという、お菓子の国シュクレーヌを滅ぼそうとした。
だが、強引に妖精界への道を開こうとしたために、空間ごと時間を飛び越えてしまった……
そう考えると、バディーゴの失踪から現在にいたるまでの空白にも、納得がいく。
いずれにせよ、そのあたりのことは、本人をとっつかまえて、しめあげて聞き出せばいいことだ。
……え? 私がなんでそこまでくわしく知ることができたのかって?
それは企業ヒミツってヤツだよ。この件をキミたちがほんとうにかたづけることができたら、ちょっとだけ教えてあげちゃおうかな!
――それが、【トゥイート】が録音していた、ロウランからのメッセージのすべてでした。
エミルがその情報を知ったとき、思いました。
【魔王ビターダム】は、ただやっつけるだけじゃいけない。
ほんとうにやっつけるべきは、彼にとりついている悪魔であり、なにより……彼が抱えている憎しみなのだと。
『うう……!』
小さな大妖精シュガーは、魔王の放った巨大な苦味球を、両手で必死に受け止めていました。
エミルは杖をつきつけたまま、叫びます。
「お父さんに、ムリヤリお菓子の味見をさせられて……お菓子の大会に負けて、しあわせだった時間をくるわせられて……甘いものと魔法つかいを滅ぼしたくなる気持ちはわかる! だけど、それをほんとうに世界にぶつけるのは、ぜったいにまちがってる!」
魔王は叫び返しました。
『物語みたいな甘ったれた……知ったふうな口をきくな! クソガキ! お前なんかに、オレの苦しみがわかるもんか!』
「甘ったれたクソガキはどっちよ! 自分の思い通りにならないからって、盤をひっくり返すようなことしてるくせに! 仮にも魔王を名乗ってるのに、お笑いだわ!」
『なんだと、こいつ……!』
エミルは、ばっと両手をひろげました。
「そんなにすべてが憎いなら……世界じゃなくて、わたしたちだけにぶつけなさい! わたしたちが……ぜんぶ受け止めてあげるっ!」
その言葉に同調して、シュガーもうなずきました。
彼女も、エミルと同じ気持ちのようです。
魔王ビターダムを……マルコを、憎しみから解き放ってあげたいと。
ふたりは、"シルフムルグの塔"での冒険を思い出します。
そして、あのときと同じ思いを、強く心の中で叫びました。
――こんなとき、おはなしの主人公なら……けっしてあきらめず、命がけですべてを救ってみせる!
魔王はギリッと歯をかみしめると……
『……上等だ……! オレの憎しみ、受け止められるなら、やってみろおおお!!!』
魔王は両手を突き出し、全身全霊のチカラを放出します。
すると、シュガーが受け止めていた苦味球が、一気に、さらに巨大になったではないですか。
『ううっ……!』
シュガーは、さらに苦しみます。
見た目だけではありません。球に内包された苦味のチカラも、より強大になっているのです。もはや、シュガーの甘味のチカラをもってしても、中和すらできないほどに。
シュガーの両手の黒ずみが、やがて腕を伝って、顔にまでひろがっていきます。
このままでは、後方のエミルもろとも、苦味に飲みこまれてしまうのはあきらかでした。
「だいじょうぶ! シュガー! わたしたちがついてる! 神鳥さまの祝福や、大妖精さまたちだってついてる! いまのあなたなら、きっとできる!」
そんなシュガーの背中に、エミルの必死の叫びが響きました。
その声は背中を突き抜け、シュガーの胸まで深く伝わっていきます。
少し前のシュガーは、友だちを見捨てた罪の重さに押しつぶされていた、おくびょうで弱虫な、ちっぽけな妖精でした。
しかし、エミルたちとともに、これまでいくつもの冒険を重ねることで、いろんなことを学び、成長することができたのです。
とくに、塩の大妖精シオ、シュネージアの女王、トロピコルノの妖精王……三人の大妖精たちからは、甘味以外のいくつもの味を学ばせてもらいました。
しょっぱくて切ない塩の味。
外は冷たくても、中はあたたかな味。
心まで熱くする、辛い味……
それらすべてが、甘味をより強く際立たせる、どれひとつとして欠いてはいけない味たちなのだということを。
そして、それは……苦味だっておんなじなのだということを!
『はあーっ!』
シュガーは気合いを入れると、全身から強く白い光を放ちはじめました。
すると、体をむしばみつつあった黒ずみが、みるみる消えていくではないですか。
そればかりか……受け止めている超巨大な苦味球すらも、みずからの光で包みこんでいきます。
『な……なんだ!? なにが起きてる!?』
魔王も、困惑しきっています。
甘味の白い光に包まれた黒い苦味球は、やがて黒と白のマーブル模様の球へと変わっていきました。
まるで……カップの中のカフェオレが、無重力の空間で浮かび上がっているみたいです。
「これって、もしかして……」
エミルは、ハッと思い出しました。
塩の妖精界で、チョコングの苦味のオーラを中和したときの、エイルの言葉を。
――コーヒーに牛乳入れたくらいには、マシだから!
あの巨大カフェオレ球体は、その言葉から着想を得たシュガーが作り出したものなのだと、気づいたのです。
苦味と甘味は表裏一体。お茶受けのお菓子のように、共存し合える存在なのだと……シュガーは悟ったのでした。
それが形になったのが、この……
『《カオティック・カフェオール》!』
シュガーは勇ましく叫ぶと、甘味と苦味が融合した巨大なカフェオレ球を、おもいっきり魔王に向かって投げつけました!
『く……! このっ……!』
バシィーーーン!
魔王はうろたえながらも、カフェオレ球を両手で受け止めました。
しかし……ふたつの味とチカラが渾然一体となったそのエネルギーを受け止めることなどできるはずがありません。
魔王の体は、そのまま球体の中へと飲みこまれてしまったのです。
『ぐうっ……な……なんだ……この……感覚……』
カフェオレ球体の中で、魔王は一瞬苦しみますが……しだいに、その精神は落ちついていきました。
その脳裏に、胸に去来するのは、しあわせだった日々の記憶。
だれよりも尊敬していた父親が作ってくれた、なによりも大好きだったお菓子。それを、まっさきに食べさせてもらっていた、あの黄金のように輝かしい日々……
もう戻ることのない、二度と味わうことのできない記憶を思い出し……魔王は……マルコは、涙を流しました。
さらに、自分の侵略行為によって苦しむシュクレーヌの妖精たちと、荒廃していくその大地。
そして、【サーバット】の目を通じて見た、甘味を失って心が荒んでいく人間界の人々……その記憶も、押し寄せてきました。
すべて、甘いものと魔法つかいを滅ぼしたいと、自分が望んでやったことのはずなのに、なぜか心が痛みます。罪の意識が、押し寄せてきます。
それはきっと……自分自身が心の底から、この地獄絵図を望んでいたわけではなかったことに、ほかなりません。
「そうだ……オレは……ボクはただ、お父さんに……もとのやさしいお父さんに、戻ってほしかっただけなんだ……!」
心をしあわせにするシュガーの甘味と、悪いものをはらうエミルの浄化のチカラが宿ったカフェオレ球のチカラによって……魔王ビターダムは、いえ、マルコは、ようやく自分のほんとうの気持ちを思い出すことができたのです――
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