第71話 小さな大妖精シュガー
《進化変身》――
パートナーの魔法生物を自分の代わりに戦わせる"指揮魔術"のひとつで、魔法つかいのマナを過剰に注ぐことで、その名の通り、パートナーを進化形態へと一時的に変身させる魔術です。
シュガーの体はまばゆい光につつまれ、その姿を変えていきます。
『今度は何をする気か知らないが、これで終わりだっ!』
そこへ、【魔王ビターダム】が襲いかかります。
振り抜かれたこぶしが、シュガーに命中しようとした、その瞬間――
バチーン!
『つあっ!?』
魔王のパンチは、見えない何かに弾き返され、その体がうしろへ吹き飛びました。
やがて、シュガーを包んでいた光が消え……その姿があらわになります。
頭の上のリボンから髪の毛、目や肌の色、ワンピースから靴にいたるまで、まっしろずくめの見た目は変わりません。
ですが……その体のサイズは――人間の子どもと同じくらいにまで、大きくなっていました。
エミルもシュガーも、想像していた姿とはちがっていたため、すこしあっけにとられます。
けれど、羽の数は四枚から六枚へと増えています。どうやら、大妖精への進化は成功した、とみていいようです。
それに、変わったのは見た目だけではありません。さきほど魔王の攻撃を弾き返したことからも、そのチカラが大きく向上していることがわかります。
「どう? シュガー?」
『はい……体の奥から、どんどんチカラがわいてくるのを感じます……! これなら!』
シュガーは両手を前に突き出し、自信に満ちた表情で言いました。
『く……! デカくなったからって、いい気になるなっ!』
シュガーに攻撃を跳ね返され、イラだった魔王は、右手から苦味の光線を発射しました。
どうやら、シュガーが変化した理由までは理解できていないようです。けれど、ぶっ飛ばしてしまえば関係ない――そう考えているのでしょう。
「シュガー!」
『はいっ!』
シュガーもそれに対抗して、突き出した両手から、甘味のオーラを凝縮した、まっしろな光線を発射しました。
魔王が光線を撃つところを、シュガーは何度も見ています。さらに、エミルの指揮が加わることで、その魔法をマネするのは簡単でした。
シュクレーヌのはるか上空で、白と黒の光線が激しくぶつかり合います。
かたや人間とパートナーを組んだもの。
かたや人間と融合したもの。
カタチはちがえど、条件はほぼ同じです。
ならば、種族としての性能を考えれば、後者のほうが優勢――そう思われました。
しかし……エミルとシュガーには、魔王にはないものがあります。
それは、これまでの冒険で、おたがいに命を預け合うなかで育まれてきた――強くて固い絆です。
『な……なにっ!?』
シュガーの白い光線が、黒い光線を少しずつ押し返しはじめます。
その勢いに、魔王はたじろぎました。
シュガーは、その心のスキを見逃しません。
より必死な表情で、両手にさらにチカラをこめます。
『いっけぇぇぇ――っ!』
すると――
白い光線が、さらに激しい輝きを放ちます。
黒い光線を押し返し、そのまま突き破ると……魔王の体をつらぬいたのです!
『ぐ……ああああっ! か、体が、焼けるみたいに熱い!』
光線に体を撃たれた魔王は、悲鳴をあげてもだえ苦しみました。
この焼けるような痛みは、光線そのものが熱いからでも、シュガーの怒りが形になったわけでもありません。
光線にこめられたシュガーの甘味に、苦味そのものといってもいい魔王の体が、拒絶反応を起こしているのです。
『ふぅー……』
魔法の発動を終えたシュガーは、ゆっくりと息を吐き、ひといきつきました。
怒りの感情がないわけではありません。けれど、さっきの戦いでエイルを苦しめてしまったときのように、自分の心を支配されるほどではありませんでした。
シュガーの胸の奥からわき上がってくる、これまでにない怒りの正体――それは、熱帯の妖精界トロピコルノの炎の妖精王から授かったチカラによって、わきだしたものでした。
しかし、シュガーは最初、このチカラをうまくあつかうことができませんでした。そのため、感情に飲み込まれ、暴走してしまったのです。
この戦いにのぞむ直前、エミルとスノーベルは言いました。
――怒るのは、悪いことじゃない。ただ、それだけにとらわれるのは、ダメだよ。
――そうそう。私もたくさん見てきたわ。怒りにとらわれるあまり、自分の身を滅ぼしかけたヒトたちをね。アナタにも、いまならわかるはず。
――だから、どうしようもなく腹が立ったときは、それをためこんで……いざっていうときに、まとめてぶつけてやればいい。自分ではむずかしいっていうなら、わたしがそのタイミングを指揮するよ。それが、魔法つかいの役目だからね!
そのタイミングが、いま、このときだったというわけです。
シュガーはありったけの怒りをオーラに乗せて、魔王にぶつけてやりました。
その結果、魔王の光線を打ち破るほどの、強大なパワーを発揮することができたのです。
そうすることで、スッキリしたのとともに……気づけたこともありました。
(そうだ、わたしのチカラは……こういう使い方をするものじゃ、ないんだ……)
シュガーは自分の手のひらを見つめます。
そこに宿る、自分だけのお砂糖の甘味のチカラ……シュガーは今になって、その真の使い道を悟ったのです。
『クソが……クソがクソがクソがあああ!』
怒り狂った魔王は、もはやまともに言葉をつむぐこともできず、天に向かって咆哮をあげます。
それはシュクレーヌ全体をゆるがすほどのものでした。
ミシミシと、何かがきしむような音まで聞こえてきます。
魔王は空間に穴を開こうとしていたので、その影響もあって、本当に世界そのものがきしんでいるのかもしれません。
それだけではなく、魔王が放つ苦味オーラの量も、さらに増大していきます。この一帯の空を、すべて黒く塗りつぶしてしまいかねないほどの規模です。
エミルとシュガーは、神妙な面持ちながらも、ひるんではいませんでした。
甘味のチカラ……その本質が、ようやくわかったいまだからこそ……苦味がどれだけ増えようが、もはやおそれる必要はないと思っているからです。
魔王は両手を高くかかげました。
そこへ、周囲にひろがった苦味のオーラが集まっていきます。
やがて、それは巨大な黒い球体へと姿を変えていきました。
『消えて……なくなれえええ!!!』
魔王は作り上げた黒い球体を、エミルたちめがけて投げつけました!
ズズズズズ……!
巨大な球体が空気を震わせながら、迫ってきます。
エミルは杖を突きつけ、シュガーは両手を前へ突き出しました。
あの巨大な球体を、真正面から受け止めるつもりのようです。
ドガアアアッ!!!
『うっ……く……!』
両手で黒い球体を受け止めたシュガーは、顔をゆがませます。
自分の体の何十倍もある球体を受け止めただけでも、じゅうぶんすごいことです。シュガーは、その強大なチカラに、必死に耐えていました。
しかし、それでも……やがて、球体に満ちた苦味に浸食されるように、シュガーの両手が少しずつ黒く染まっていきます。
「くう……!」
後方にいるエミルも、その余波を受けて、苦しそうに耐えていました。エイルから託された剣の精霊たちの指輪がなければ、やられていたかもしれません。
『あーははははは! お菓子の国なんて、砂糖の妖精なんて、甘いものなんて、みんなみんな、消えちまえええ!!!』
魔王ビターダムは、狂ったように笑い飛ばします。
その言葉の端々からは、シュクレーヌ――いえ、お菓子や甘いものそのものに対する、強い憎しみが感じられました。
「ううん、消えないよ。甘いものは、世界に必要なんだ!」
エミルは衝撃に耐えながら、きっぱりと宣言しました。
『そうです! 甘いものには、みんなをしあわせにするチカラがあるから! わたしも、そのチカラに何度も救われてきた!』
シュガーも続けて、自信いっぱいに言いました。
『しあわせだと……!? そんなわけがあるか……甘いもんが、しあわせにできるわけがあるかあああ!!!』
魔王は、うってかわって、再び怒り狂いました。
「あなたにだって、わかるはず! 知ってるはず! 好きだったんでしょ、お菓子が!」
エミルのその言葉に、魔王はハッと目を見開きました。
「でも……あなたがそんなに甘いものを憎むようになったのは……ムリヤリ、お菓子を与えられ続けたからなんでしょう!」
魔王は、いまいましげにエミルをにらみつけます。
「最初は純粋に……味覚をなくしたお父さんの力になりたかったからなんだよね? でも、いつしかおかしくなって、味見を強要されるようになってしまった……」
エミルは、すうっと呼吸をととのえます。
そして、キリッとした表情で、魔王の正体を言い当てるのでした。
「そう。あなたのほんとうの名前は、マルコ・ブラック……伝説の菓子職人、バディーゴ・ブラックの一人息子なんだから!」
『トゥー!』
ベレー帽の上に止まったままの【トゥイート】が、短く鳴きました。
その飼い主であるロウランから教えてもらった、魔王の真の正体。
エミルは、それをついに口にしたのです。
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