第70話 苦味の魔王と雨あがりの聖女
暗黒に閉ざされた、妖精界シュクレーヌの上空――
魔王ビターダムは両手を高くかかげ、チカラを放出していました。
《妖精の抜け道》と同じ要領で……人間界へつながる異空間トンネルを開けるために。
しかし、そこへ――
「待ちなさい!」
お砂糖の妖精シュガーをともなって、紺色のベレー帽に青い鳥を乗せたオレンジの髪の少女……エミルが飛んできました。
『おどろいた。まさか、フツーに空を飛んでくるなんてな!』
魔王は、しとめたと思っていたエミルが生きていたこと以上に、エミルが騎獣に乗ることもなく、空を飛んで追いかけてきたことにおどろいていました。
『あのヒト……異空間トンネルを開けようとしています!』
シュガーが、魔王がチカラを放出した先を指さして言いました。
黒いモヤが集まり、その周囲の空間がゆがみはじめています。
「やっぱり、今度は人間界を攻めるつもりなのね……!」
エミルはギリッと歯をかみしめ、杖をつきつけました。
『ああ、そうさ。この世の魔法つかいすべてを、根絶やしにしてやるためにな!』
魔王は怒りのこもった表情で、ぎゅうっとこぶしをにぎりしめました。
「……それは、むかしお菓子職人のコンテストで、魔法生物のチカラを借りた人が憎いから?」
エミルの問いに、魔王はぎょっと目を見開きます。
うつむき、わなわなとこぶしを震わせると……
「……お前には、関係ないことだ!」
すごい剣幕で、右手から苦味のオーラを凝縮させた光線を放ちました。
「シュガー!」
エミルが杖を振ると、前を飛ぶシュガーに引っぱられるように、エミルの体が横へ流れ、光線をかわしました。
『チィッ!』
「どうやら、すこし痛い目にあわせないといけないみたい! シュガー!」
『はい! ……がんばって、みます!』
シュガーは覚悟を決めた表情でこたえると、ビューンと高速で空を駆けました。
そのすぐ後ろを、エミルが追走飛行します。さっきと同じように、シュガーに引っぱられているのです。
『うっとうしいハエめっ!』
魔王は今度は苦味のオーラをボール型に凝縮し、連射してきました。
そのスピードと物量に、シュガーは面食らいますが……
「だいじょうぶ! わたしを信じて!」
エミルの声援で我に返り、苦味球をかわすべく飛行を再開します。
急旋回に、宙返り――シロンすら上回る飛行テクニックは、みごとのひとことにつきました。
飛行能力において、生まれたときから羽を持ち、魔法のチカラにもすぐれる妖精という魔法生物の右に出るものはいません。
さらにエミルのマナと指揮もくわわれば、その姿をとらえることは、きっと神さまにだってむずかしいことでしょう。
『逃げてばかりで、オレを倒せるのか!?』
攻撃をすべてよけられ、イラだつ魔王は、エミルたちを挑発しました。
しかし、残念ながらそのとおり。元来温和なシュガーは、支援の魔法は使えても、直接相手をキズつける魔法を使うことはできません。
ですが……
「……おあいにくさま! わたしには、たよりになる仲間たちがいるの!」
エミルは不敵でステキな笑みを浮かべると、五つの指輪がはまった右こぶしをつきだします。
すると、人差し指の指輪から、全身に光をまとった巨大なオオカミが現れました。
灰色のオオカミ――【グレイトウルフ】のグレイが、《フェンリルストライク》を放とうとしているのです。
『ガルオオオッ!』
空気を震わせる咆哮とともに、グレイは一直線に魔王へと向かっていきました!
『なにィ!?』
思わぬ攻撃に、魔王は一瞬たじろぎます。
野性の魂を持つグレイが、そのスキをのがすわけもありません。
光につつまれた大きなツメとキバが、魔王の屈強な肉体にたたきこまれました!
『ぐあああっ!? こいつめっ!』
魔王は悲鳴をあげますが、それはほんのわずかのこと。
すぐに、かみついたグレイを振り払おうとしますが……
その直前、グレイの体は光の粒子となってほどけ、魔王の腕は空を切りました。
『消えた!?』
魔王はキョロキョロとあたりを見回しますが、グレイの姿はありません。
もしやと思ってエミルを見ると、光の粒子が彼女の人差し指の指輪へ戻っていくのが見えました。
「“召喚魔術”っていうんだよ。知らなかった?」
エミルは、してやったりとばかりにニヤリと笑って言いました。
“召喚魔術”は、魔法を使いたいときだけパートナーを呼び出し、使い終えると同時に指輪へ戻すという……パートナーを指輪から出さずに魔法を放たせる“無召魔術”と、パートナーを呼び出して自分のかわりに戦わせる“指揮魔術”の、いいとこどりのような技術です。
こうすることで、瞬時にチカラを借りるパートナーを切りかえることができ、絆の糸が混線することも、マナが分散されることもありません。
もちろん、簡単にできるようなことではありませんが、すでにパートナーを瞬時に入れかえられる《スイッチ》を使いこなし、なにより多くのパートナーたちと強い絆で結ばれているエミルにとっては、むずかしいことではありませんでした。
『クソがっ!』
魔王は悪態をつきながら、またも光線を発射してきます。
今度はさっきよりも速く、完全にかわすのはむずかしそうです。
「《クリスタルシールド》!」
エミルはすかさず、左手人差し指の指輪からスノーベルを召喚しました。
スノーベルは目の前に氷の盾を作り出し、迫りくる光線を受け止めます。
『んんん……!』
スノーベルは歯をくいしばって耐え……なんとか光線を防ぎきりました。
「ありがとう!」
『そういうのは、ぜんぶ終わってからでいいから!』
スノーベルはそう言い残すと、すぐに指輪の中へ戻っていきます。
エミルは次の攻撃にそなえました。
光線を受け止めたことによる苦味の影響はありません。それはもちろん、シュガーの甘味のおかげです。
二度目の敗北と挫折、そして再起を経験したシュガーのチカラは、さっきよりもさらに高まっていたのでした。
「今度はこっちの番! シルヴィア!」
『おまかせください、エミル様!』
エミルはすかさず、【ダークエルフプリンセス】のシルヴィアを召喚します。
シルヴィアは両手を突き出すと、そこに魔法陣を作り出しました。
そして、オレンジ色に輝く極大光線――【ソーラーノヴァ】を発射します!
『ぐ……!』
魔王は両手を突き出し、迫りくる光線を真正面から受け止めました。
『があっ!』
すさまじい光の奔流に押されながらも、魔王はなんとか耐え抜きます。
やがて光線が消えると――
『今度はオレの番だ!』
魔王はそのままエミルへ向かって、一気に突っこんできました!
「『!』」
大技の反動で硬直し、エミルとシュガーは一瞬、動けなくなってしまいます。
魔王のこぶしが、そんなふたりへ向かって振り下ろされ――
ドンッ!
『あ……っ!』
――その瞬間、指輪へ戻るはずだったシルヴィアが、エミルたちの前へ飛び出しました。
彼女は身をていして、エミルをかばったのです!
引きしまった腹筋に魔王のこぶしがめりこみ、あわや突き抜けそうになります。全身の骨が砕け、美しい顔が苦痛でぐしゃぐしゃにゆがみました。
しかし、彼女に後悔はありません。すべては、いとしのエミル様のために。
「『きゃあっ!?』」
直撃はまぬがれたものの、それでも衝撃を殺し切ることはできません。
シルヴィアもろとも、エミルとシュガーは大きく後方へ吹き飛ばされました。
『チッ……』
エミルをしとめそこなって、魔王は舌を打ちます。
数十メートル先で、飛ばされたエミルとシュガーが、なんとか空中で停止したのが見えました。
ふたりとも、どうにか体勢を立て直したようです。
今度こそとどめを刺してやろうと、魔王は加速のために両脚へマナを集中させました。
(シルヴィア……いつもひどい目にあわせてごめんね。ありがとう……)
エミルは心の中で、シルヴィアへの謝罪と感謝をつぶやきました。
指輪を通じて心がつながっているので、これだけでも、ちゃんと伝わるのです。
魔王の攻撃を受けたシルヴィアは致命的なダメージを負いましたが、命が尽きる寸前に指輪へ戻りました。
そして、コネクタリングの生命維持機能によって、なんとか一命をとりとめていたのでした。
空中で体勢を立て直したエミルとシュガーは、魔王の姿を見すえます。
あと数秒もすれば、魔王は再び攻撃をしかけてくるでしょう。
「はあ……はあ……」
エミルの息は、荒くなっていました。
“召喚魔術”は便利な反面、魔法つかいが消費するマナもよけいに多くなります。
さらに、大技の連発にシュガーの指揮、そして甘味オーラの維持まで重なり、エミルの消耗はますます激しくなっていました。
そんなエミルを見かねて……シュガーはキリッと表情を引きしめます。
『……エミルさん。わたし……やります』
「シュガー……?」
『わたしひとりのチカラじゃ、大妖精に進化できなかった。でも、エミルさんとなら!』
「……!」
エミルはハッとしました。
そう――この状況を打ち破れる方法が、ひとつだけあります。
エミルももちろん、そのことに気づいていました。
けれど……それをシュガーのほうから提案してくるなんて、思ってもいなかったのです。
エミルは思わず、やわらかなほほえみをこぼしました。
そして、杖をぎゅっとにぎりしめます。
「……わかった。やろう。わたしたちのぜんぶで、シュクレーヌを救おう!」
『はいっ!』
シュガーは、満面の笑顔でこたえました。
それはまちがいなく、いままででいちばんの笑顔でした。
「いくよ……《進化変身》だ!」
エミルは勇ましく杖をかまえ、指揮魔術を発動します!
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