第67話 絶体絶命
「お姉ちゃん……」
「わかってる、そっちもまかせろって」
エミルが心配そうに声をかけると、エイルは目配せを送ります。
魔王ビターダムとの戦いは、あきらかにエイルのほうが優勢です。エミルの心配は、エイルに向けられたものではありません。それは……
『……さすがだな、極星魔法つかいの称号を持ってるだけはある』
魔王はニィッと笑ってみせますが、強がっていることは誰の目から見てもあきらかでした。
エイルに斬りつけられた胸もとからは、ポタポタと赤い血が流れています。けっして浅いキズではありません。
魔王もまた、外界に飛ばしていた【サーバット】の目を通じて、姉妹の情報を知っていました。エイルが王国最強クラスの魔法つかいといっても、以前一度勝っているので、今回も勝つ自信があったはずです。
ですが、これはどうしたことでしょう。
よりどころとしていた苦味のオーラは、もう通じません。それどころか、エイル自身の強さも、以前戦ったときよりはるかに向上しています。
完全に予想外の展開に、魔王は正直あせっていました。
(……冗談じゃない! こんなことで、オレの復讐をパーにされて、たまるか!)
魔王はギリッと歯をかみしめると……
『おお……あああああっ!!!』
胸を張り、咆哮をあげました。
その声量と衝撃はすさまじく、壁にピシッとヒビが入り、窓のガラスがパリンと割れていきます。
『きゃあっ!』
シュガーは悲鳴をあげて、ちぢこまりました。
シロンとスノーベルも、必死に耳をふさいでいます。
エミルも足をふんばって耐え、エイルはただひとり、けわしい顔のまま魔王をにらんでいました。
『ハアー……ここからは、本気で相手してやるよ』
スッキリした顔の魔王は、全身にまっくろな苦味のオーラをまといました。
本気と言うだけあって、なるほど、さっきよりはるかに強い威圧感を放っています。
それが見かけだけのものではないことも、はっきりと感じられました。
『ぜあっ!』
魔王は一気に床を踏みしめ、爆発的な加速でエイルに斬りかかってきました!
ガッキィーーーン!
エイルは魔王の剣を、両手の剣を交差させて受け止めます。
その威力でエイルの足もとにもヒビが入り、わずかに床が沈みました。
「……っ!」
エイルは顔をしかめました。
攻撃を受け止めたダメージではありません。魔王のまとう、さらに濃く凝縮された苦味のオーラが、身を守る甘味のオーラを突き抜け、エイルの体にまで影響を与えてきたのです。
「シュガー!」
エイルの異常を瞬時に察したエミルは、すぐさま杖を振り、シュガーに指示を出します。
『は、はい! 重ねがけですね!』
シュガーもそれに応え、両手を突き出し、ふたたび《シュガーミスト》を発動しました。
白い光オーラがエイルを包み込み、苦味で弱りはじめていた体に、少しずつ活力がよみがえっていきます。
エイルは魔王を押し返し、体勢を立て直しました。
『そんな甘味が……なんだッ!』
魔王はさらに強力な苦味のオーラを噴き出し、黒い大剣をエイルに振り下ろします。
エイルはそれを横に跳んでかわしますが……
ぐらっ!
着地した瞬間、足もとがふらつき、バランスをくずして転んでしまいました。
「お姉ちゃん!?」
エミルも、思わず心配の声をあげます。
これはあきらかに、苦味のオーラによって動きがにぶったせいです。
『そんな、どうして……』
シュガーはショックを受けていました。
さらに甘味のオーラを重ねたにもかかわらず、苦味を無効化できていないのですから。
『やっぱり、魔王っていうだけあるわね……基本的なチカラの強さは、あっちのほうが上なんだわ……!』
スノーベルは、くやしそうに言いました。
魔王とちっぽけな妖精とでは、そもそも生きものとしての性能がちがいすぎるということでしょう。そしてそれは、成長やパートナーとの絆だけでは、埋められないほどの差なのだということでしょう。
シュガーは、自分の両手を見つめます。
冒険を通して成長し、大妖精たちからチカラももらったというのに、いまだに小さいままの自分の手を。
せめて、当初の目標どおり大妖精に進化できていれば……シュガーは、そう思わずにはいられません。
しだいに戦いの形勢は逆転しはじめ、エイルの旗色が悪くなっていきます。
『甘味のチカラなんて、クソくらえだ! さっさとお前らを倒して、この国を完全な苦味の世界に変えてやるッ!』
剣を振り回しながら叫ぶ魔王の言葉に、シュガーはカチンときました。
――そうだ。
この魔王は、わたしの故郷をめちゃくちゃにして、みんなや女王さまをひどい目にあわせた。
さらにいまは、わたしのたいせつな人たちまで、ひどい目にあわせようとしている。
そんなの――ぜったいに許せない!
心の中で、ふつふつと湧きあがっていた怒りがマグマとなり……一気に噴火したのです。
シュガーは、メラメラと燃えたぎる目をカッと見開いて――
『エミルさん! スノーベル! 《アイスキャディバー》で!』
その剣幕に、エミルとスノーベルは一瞬面食らいます。
ですが、すぐにうなずきました。
悪化した状況を逆転するには、それしかないと理解しているのです。
エミルは杖を振り、シュガーとスノーベルは光の球へと変化します。
そして、エイルの左手に握られた白銀の剣と合体しました。
魔王軍四天王【妖煙のシガレッタ】を倒した、スイカ型のアイスキャンディーをかたどった、《アイスキャディバー・WM》――
しかし、その刀身は、以前とはだいぶ雰囲気がちがっていました。
スイカの果肉は、まるであざやかな血の色に変わり、タネ型のチョコレートも深淵のように黒くなっています。
なにより、刀身そのものが先鋭化しており、以前よりも危険な姿へと変わっていたのです。
それを見たエミルは、戦慄しました。
おだやかでやわらかなシュガーとは真逆の、はげしい怒りに満ちたフォルムに――
ブオン! ザシュッ!
『ぐあっ……!』
エイルはアイスキャディバーを振るい、魔王の両手首を斬りつけ、のけぞらせました。
甘味を放っているシュガーに直接触れていることで、苦味に対する抵抗が高まり、エイルはもとの動きを取り戻したようです。
けれど……違和感を感じずにはいられませんでした。
剣を握る両手を通じて、はっきりと伝わってくるのです。これまでにない、シュガーの荒ぶる心が……
――魔王を……魔王をぜったいに倒すんだ!
「……っ!」
すると、エイルは体が勝手に動くような感覚に襲われます。まるで、シュガーの燃えあがる怒りに突き動かされるように。
衝動のまま振るわれたアイスキャディバーが、魔王の左肩を袈裟斬りにとらえます!
ザシュッ!
『うっぐ……!』
魔王はすかさず後ろへ飛びすさりますが、するどい刀身が体をかすめました。
「お姉ちゃん……シュガー……」
エミルは杖をつきつけたまま、顔をゆがませます。
シュガーのパートナーであり、見えない絆の糸でつながっている彼女にも、シュガーの怒りが伝わってきたのです。
エイルの体は、すかさず魔王に追い打ちをかけようとします。
ですが、そのとき――異変が起こりました。
「あっつ! 熱いっていうか、辛いよ、シュガー!」
エイルがそう叫びながら、胸をおさえてその場にうずくまったのです。
その体からは、まるで湯気のような白いモヤが立ちのぼっています。
エイルの言うことは、いつもどおり感覚的で意味がわかりかねます。ですが、妹のエミルだけは理解していました。
そう……燃えるほどのシュガーの怒りが、彼女の放つ甘味を、辛味へと変質させてしまったのでしょう。
その影響で、エイルの体が熱くなっているのです。人間では耐えられないほどの熱さに。
「まずい……ダメだよ、シュガー!」
エミルもまた、怒りに燃えるシュガーをなだめようと叫びます。
ですが――いまは戦いの真っ最中。
魔王が、このスキを見逃すはずがありませんでした。
その口から、ニヤリと薄黒い歯がのぞくと……
ズバッ!
黒剣のひと振りが、エイルを左肩から大きく斬りつけるのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




