第66話 魔王ビターダム
『ガ……!』
ビターエッガーは白目をむき、チョコレートのような黒い血を吐きながら、どさりと倒れました。
「ふうっ」
エイルは黄金の剣についた血を軽く払い落とし、息をつきました。
「『やった! お姉ちゃん!』」
『すごいです! エイルさんっ!』
『これで手ごわい魔王の手下は、全員撃破ね!』
妹たちと妖精たちも、歓喜の声をあげます。
『ぐ……ぐぞお……!』
すると、倒れたビターエッガーが、ふるえながらくやしそうにうめきました。
「なんだ、まだ生きてるのか。タフだな」
エイルは、そんな彼を見下ろしながら言いました。
あきれているのではなく、素直に感心しているようです。
そこへ、エミルが叫びました。
「待って、お姉ちゃん! とどめはまだ刺さないで!」
エイルは振り向きます。
「どうして?」
「そいつには、いろいろと聞きたいことと、やってもらいたいことがあるの!」
その目的は、情報収集でした。
いままで戦った四天王は、どれも一撃で倒してしまっていたため、敵から情報を聞き出す機会がなかったのです。
もっと早く、こうするべきだった。エミルも、ずっとそう反省していたのでした。
『聞きたいこと……だって?』
ビターエッガーは、駆け寄ってきたエミルの顔を見上げます。
「そう。たとえば……魔王の正体、とかね」
エミルの発言に、この場の全員がぎょっとしていた、そのころ――
シュクレーヌのはるか上空では、青い鳥が一羽、静かに旋回していました。
☆ ☆ ☆
シャトー・ビターダム最上階、玉座の間にて。
玉座に座る魔王ビターダムは、カメラ代わりの【サーバット】たちの目を通じて、城へ突入してきた姉妹が、次々と内部を攻略していく様子を楽しんでいました。
しかし――
ドカァン!
部屋の入り口のドアが、豪快にふっとばされます。
「来たぞ! 魔王!」
そこに現れたのは、背中にズタ袋を負ったエイル。
杖を持ち、肩にシロンを乗せたエミル。
そして、けわしい顔をした妖精のシュガーとスノーベルでした。
魔王は映像を切ると、姉妹たちを出迎えます。
『おいおい、ずいぶん早い到着だなあ。せっかく、たくさん仕掛けを用意しておいたのに、これじゃ台無しだ』
エイルは、背負っていたズタ袋を前方へ放り捨てました。
『魔王ビターダム~! ゴメ~ン!』
袋の中には、ビターエッガーがむりやり詰めこまれていました。
姉妹が、このワナだらけの城をあっという間に攻略できたのは、ビターエッガーをなかば脅して、正しいルートを聞き出したからなのです。
これが、エミルの言っていた"やってもらいたかったこと"というわけなのでした。
「いちおう協力してもらったからね。返すよ」
エイルは、あっさりと言いました。
彼女は基本的に敵には容赦しませんが、協力してくれた相手に温情をかけるくらいの器量はあります。
『……』
玉座に座る魔王は、おびえきった目でこちらを見上げるビターエッガーを、じっと見つめました。
『ま、魔王……』
負けた上に、まんまと人質にされてしまったビターエッガー。
このまま処分されると思ったのか、彼は訴えるように目をうるませていました。
姉妹たちも、とくに手も口も出すことなく、なりゆきを見守っています。
すると――
『……ごくろうさん、エッグ。戻って休め』
魔王は、ふところから指輪を取り出しました。
すると、その指輪にはめられた宝石の中へ、ビターエッガーの身体がすうっと吸いこまれていきました。
『あれは……コネクタリング……!』
スノーベルは、魔王の指輪を見て、がくぜんとしました。
エミルも、ぐっと息を飲みます。
コネクタリングは、魔法つかいが魔法生物と契約を結ぶための道具。魔法生物があつかえるものではないはずです。
やっぱり、魔王の正体は……
『さて……やり方はどうであれ、ここまで来てくれたんだ。約束通り、相手になってやるよ』
魔王ビターダムは、ゆっくりと玉座から立ち上がると、全身から闘気をほとばしらせました。
「『!』」
エイル以外の全員が、たじろぎます。
相手は魔王を名乗るだけあり、とても自分たちの力では正面から戦えない――そのことを、すぐに理解したのです。
「エミル、下がってて。あとは、お姉ちゃんにぜんぶまかせろ」
エイルは一歩前に出ると、たのもしく言いました。
エミルも、それがいちばんいいことだとわかっています。自分には、お姉ちゃんのような戦いの才能がないことも。
けれど、それでも戦いに加われないことが、まだお姉ちゃんと肩を並べるレベルに達していないことが、くやしくてたまらないのです。
それでも、いまは自分がやるべきことを見失ってはいけない。それだけは、けっして曲げてはいけない。
エミルは、ぎゅっと胸元を押さえ、あらためて自分に言い聞かせます。
「……わかった。気をつけてね」
そして、そのひとことに、自分の思いすべてを乗せるのでした。
「……うん!」
以心伝心。エイルにも、その思いが伝わり、力強くうなずきます。
『いくぞ!』
魔王は、バッと両手をひろげ、苦味のオーラを放射しました!
姉妹は、いやでも最初の戦いのことを思い起こします。
あのときは、魔王の苦味のオーラに全身を侵され、まともに戦うこともできませんでした。
あっという間に敗れ、逃げることしかできなかったのです。
けれど……いまは、ちがいます!
「「シュガー!」」
『はいっ!』
姉妹の声に応え、シュガーは《シュガーミスト》を発動しました。
エイルと、後方で見守るエミルたちの体が、白い甘味のオーラに包まれていきます。
そこへ、黒い苦味のオーラが迫り――姉妹たちの体を、すっぽりと飲みこみました!
『わざわざ、また乗りこんで来たんだ。これで終わりじゃないよな?』
「あたりまえだろ!」
魔王の挑発に応えたエイルは、黒いモヤを突き破って、まっすぐ突っこんでいきます!
シュガーの高まった甘味のチカラは、もはや魔王の苦味を完全に無効化できるほどのレベルに達していたのです。
これは、大妖精たちから授かったチカラだけではありません。これまでの戦いの中で、何度も苦味を打ち破ってきた――その積み重ねによって生まれた、シュガー自身の成長のたまものなのです。
『フッ!』
魔王は魔法で漆黒の剣を作り出すと、それを手に、エイルの剣を受け止めました!
ガキィーン!
激しい金属音が、玉座の間に響き渡ります。
右手の黄金の剣を受け止められたエイルは、すかさず左手の白銀の剣を振り抜きました。
ザシュッ!
『ぐうっ!?』
きらめく一閃が、魔王の胸元を斬り裂きました。
エイルは体をひねり、さらにもう一撃を加えようとします。
しかし――
『があっ!』
魔王は咆哮とともに、全身から一気にオーラを噴き出しました!
そのすさまじい勢いに押され、エイルの体が後方へ吹き飛ばされます。
苦味の効果は無効化できても、その威力そのものを殺すことはできないようです。
「ちぇっ」
エイルは舌を打ちましたが、その顔にくやしさはありませんでした。
むしろその目は、余裕と自信に満ちあふれています。
いっぽうの魔王は、ここに来てはじめて、あせりの表情を浮かべました。
エミルたちは、かたずを飲んで見守っています。
けれど、この場にいるだれもが、同じことを感じていました。
この戦い、エイルが圧倒的に優勢なのだと……
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