第63話 苦いお菓子の国の冒険
『ハーッハッハッハ! ずいぶん威勢がいいじゃないか! "巨獣狩りの剣星"!』
耳ざわりな高笑いとともに、上空に【魔王ビターダム】の姿が現れました。
よく見ると、その姿は半透明で、わずかにブレています。どうやら空中に投影された映像のようです。技術が発展した王都中央区でもよく見かけるものなので、姉妹もすぐに理解できました。
しかし――そんなことはおかまいなしとばかりに、エイルは《風刃》を放ちました。
もちろん風の刃は、魔王の体をすり抜けます。
『いきなりだな! だがザンネン、これは立体映像。オレ様の本体じゃない』
魔王はとくいげに笑い、エイルはぎゅっと顔をしかめます。
彼女だって、あの魔王がホンモノではないことくらい、わかっていました。ですが、それでもおどかしでもしてやらなければ、怒りがおさまらなかったのです。
『よっぽど、オレ様を倒したいと見えるな。だが! 勇者と魔王の戦いには、それ相応の舞台ってのがある! あれを見てみな!』
映像の魔王にうながされるまま、彼の指差したほうを見ると……
『なに……あれ……!』
シュガーはがく然としました。
彼女が知る限り、魔王の指差した方角にあるのは、妖精たちの遊び場である、ただの広場だったはずです。
その場所に……まっくろなビターチョコレートでできたような、大きな城が建っていました。
『どうだ? なかなかりっぱなもんだろう? 名づけて、"シャトー・ビターダム"。この新しいシュクレーヌの名所になる予定さ』
魔王のおちゃらけたそのひとことを聞いて、ふだんおだやかなシュガーも、怒りがこみあげてきました。
ひとの故郷を蹂躙し、勝手にあんな城を建てたあげく、それを名所と呼び、なにより……この国を自分の所有物であるかのように言うなんて……許せるわけがありません。
『オレ様はあの城の最上階で待っている。戦いたければ、そこまで来てみるがいい! もちろん道中は、ワナや刺客でいっぱいだけどな! じゃ、せいぜい楽しませてくれ!』
最後にそう言い残すと、魔王の姿はフッと消失しました。通信は、これで終わりということでしょう。
なんとも、ふざけています。姉妹たちは、みんな同じ気持ちを胸に抱いていました。
そして、こうも思っていました。
――かならず、目にものを見せてやる、と!
「シロ!」
エイルは、指輪から大オオカミ――【ニュードウルフ】のシロを呼び出しました。
ほかの妖精界では、そこに住む魔法生物たちをおどかすまいと、シロに乗っての移動はひかえていました。
ですが……ここは、にっくき魔王のナワバリで。いっさいの遠慮はなしです。
姉妹たちはすぐにシロの背に乗りこみ、シロはまっすぐ、魔王の居城"シャトー・ビターダム"めがけて駆け出しました!
それは、これまでに感じたことのない、すばらしいスピードでした。シロもまた、魔王に対する怒りで燃えているということなのでしょう。
そんなシロの背の上では、荒廃したシュクレーヌの景色が、ものすごい速さで流れていきます。これでは、まともに景色を見ることはできません。
ですが、シュガーにとっては、むしろそれでよかったのです。あまりにもひどいありさまになってしまった故郷の姿を、見ずにすむのですから。
エイルはともかく、シロもまた、そんなシュガーの気持ちを感じ取って、スピードを上げてくれているのかもしれません。
『ニガニガ!』『ニガニガニガ!』
走行中、無数の【ニガムシ】が襲いかかってきますが、もちろんシロはものともしません。
風よりも速いスピードについてこられるわけもなく、たとえ触れられたとしても、まとめて吹き飛ばされてしまいます。
『いいぞー! シロー! いけいけー!』
『ワンワンッ!』
シロンはノリノリで声援を送り、シロもまたノリノリになって、もうだれにも止められない状態です。
やがて……目的の魔王城――"シャトー・ビターダム"の城門前までやってきました。
「つっこめー!」
『ワオーン!』
エイルが正面を指差すと、シロは減速することなく城門に突っこみ、門扉を吹き飛ばして突入しました。扉は板チョコレートのように砕け散り、破片が宙を舞います。
このまま城ごと倒壊させてやろうとばかりに、入口の扉めがけて突き進んでいると……
「! 離れろっ!」
エイルは、ただならぬ気配を感じ取り、シロに警告しました。
シロはすかさず右へ跳びます。
その直後――正面から、すさまじい火炎が放たれてきました。
あと一瞬、判断が遅れていたら、シロの巨体でも黒コゲにされていたところです。
『な、なんなのよ!?』
急に方向転換したことで、スノーベルはイラだった声をあげます。
また雪の妖精である彼女にとって、苦手な炎を浴びかけたのですから、あせるのも無理はありません。
シュガーもびっくりして、エミルのローブにしがみついていました。
そんな困惑の中で、ただひとり……ナゾの攻撃の正体に気づいている者がいました。
『いまの……ドラゴンのほのおだ!』
けわしい顔でそう言ったのは、チビドラゴンのシロンでした。
炎から感じ取ったマナの流れによって、火炎の正体がドラゴンの息吹であると見抜いたのです。
『ググググ……よくわかったな、ちっこいの!』
城の入口にある大きな扉の前から、そんなとくいげな声が聞こえてきました。
姉妹たちがそちらに目をやると……そこには、まっくろい大きなたまごが、ぽつんと一個、ありました。
「た……たまご??」
エミルをはじめ、この場にいる全員が、きょとんとします。
『グググ……ただのたまごじゃあないんだな! これがあ!』
とくいげな声は、あきらかにそのたまごの中から聞こえてきます。
すると、パキパキと音を立てながら、たまごに横向きのヒビが入りはじめました。
そして――
パカッ!
上下に開いたたまごから、これまたまっくろいドラゴンの姿が現れたのです。
『エーッグッグッグッ! オレちゃんは魔王ビターダム四天王最強の刺客! 【核卵のビターエッガー】だ!』
ビターエッガーは、割れた上半分のたまごのカラをヘルメットに、下半分をパンツにしたような、なんともコミカルな見た目をしています。
ですが……姉妹たちのだれひとりとして、その姿に油断することはありませんでした。
なぜなら……あんな姿をしていても、感じるオーラは、これまでに倒してきた魔王の刺客たちとは比べものにならないほど強かったからです。
現に、さっきの不意打ちも、もしよけられなければ、一撃で全滅しかねないほどの威力でした。
『さーて、城の中に入りたければ、まずはオレちゃんを倒すこったな!』
ビターエッガーはそう宣言すると、全身から苦味のオーラを放射しはじめます。その濃度は、これまでのものとは段ちがいでした。
「シュガー!」
『はいっ!』
姉妹はシロの背中から飛び降り、エミルは杖をかまえながら、シュガーに魔法の発動をうながしました。
すると、シュガーの体から甘味のオーラがあふれ出し、姉妹たちの体を包みこんでいきます。
これぞ、進化した《パウダーシュガー》――その名も《シュガーミスト》です。
ビターエッガーの放った苦味のオーラが、《シュガーミスト》に包まれた姉妹たちの体を飲みこんでいきます。
ですが……
「お姉ちゃん、どう?」
「へーき! なんともない!」
エイルは、元気よく答えました。
これまでのシュガーのチカラでは、苦味を中和することしかできませんでした。
しかし、三つの妖精界を冒険し、それぞれの主である大妖精たちからチカラを分け与えられたことで……シュガーの甘味は、魔王の苦味を完全に打ち消すだけのチカラを身につけていたのです。
『なにッ!?』
それが意外だったのか、ビターエッガーはびっくり仰天。アゴをガーンと開き、さらにコミカルな見た目になるのでした。
「それじゃ今度は……こっちの番だ!」
エイルはシロを指輪の中に戻すと、腰から二本の剣を引き抜き、臨戦態勢を取りました。
そのやまぶき色のまなざしには、前にやられたぶん、たっぷりお返ししてやるぞという、魔王に対する熱い思いが燃えていました。
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