第62話 それぞれの思惑、そして……
いっぽう人間界、アストライト王国の王都アストリア。
町全体が眠りについたことで、王国一のにぎやかさをほこるはずのこの場所は、いまや王国一の不気味さをかもしだしていました。
その中央区にある、ギルド"大樹の図書館"の団長室にて。
「もう、まちがいない。あらゆる書物が叫んでいる。【魔王ビターダム】……その真の正体を!」
ギルドマスターのロウランは、目のまわりにクマをつくり、眉間に深いシワを刻んだ顔で、高らかに宣言しました。
ムダにテンションも高く、肉体的にも精神的にも、限界を突破していることがうかがえます。
「……それ、前にも言ったじゃないッスか。なにをいまさら……」
部屋の中央にあるテーブルでは、副団長のデックスが、やつれた顔でぐったりとつっぷしています。
「こういうのは、裏付けが大事なんだよ。正しい番号を知らなければ、カギを開けることはできないだろう?」
「……オレはそんなことしなくても、ピッキングで開けちゃいますけどね」
実際、デックスのピッキング術のおかげで、ロウランは何度も姉妹の家に不法侵入しているのです。
そんなデックスの言葉を軽くスルーしたロウランは、部屋の窓を開けて、外の景色を眺めます。
王都の上空には、なにやら暗雲が立ちこめており、不気味な雰囲気に拍車をかけていました。
優秀な魔法つかいであれば、なんとなく理解できます。
この暗雲は、けっして天候のせいではない。なにかよからぬことが起ころうとしている、そのしるしなのだと。
「……どうやら、決着のときがすぐそこまでせまっているようだ。私たちが勝つにしろ、負けるにしろね」
「私たちって……戦ってるのは、あの姉妹でしょ?」
「なにを言う。これは私たちの戦いだ。その証拠に、これからあのコたちに加勢してあげようっていうんだからね」
「加勢って……オレたちじゃ、シュクレーヌには行けないんでしょう?」
「なにも直接バトルに加わるだけが、戦いじゃないさ。私たち"大樹の図書館"の最大の武器は、いつだって知識だろう?」
ロウランは、自分のおでこをつんつんとつつきました。
「え……そうでしたっけ? いつもだいたい最後は、腕っぷしでどうにかしてたような……」
「やかましい。さあ、幸運のブルーバードちゃん。私の武器を、かしこい妹ちゃんにとどけておくれ」
ロウランが、自分の帽子の上に巣を作っている青い鳥の一羽に言うと、鳥は窓から外へと飛び去っていきました。
「……さてと。これで魔王との決戦に向けて、やることはぜんぶやった。あとは……」
「あとはって……オレ、正直もう、なにもしたくないんスけど……魔術のおかげで、めちゃくちゃ眠いし……」
「バカ言っちゃいけないよ。終わったあとのことがあるだろう! 遠足は帰るまでが遠足だって、学校で習わなかったのかい?」
「それ、もう何十回も聞いたッス……へいへい、わかりました……」
デックスは眠い目をこすりながら、よろよろと部屋を出ていくロウランのあとを追いかけるのでした。
☆ ☆ ☆
もういっぽうで、どこかの城の玉座の間……
『魔王さま! 魔王ビターダムさまー!』
小さな使い魔コウモリ・【サーバット】が、バッサバッサとあわてふためきながら飛んできました。
黒い玉座でふんぞりかえっている魔王ビターダムは、するどい目つきで報告を聞きます。
『ミノパイアさまが、"剣星"と"聖女"の姉妹にやられちゃいました! ヤツらは、このシュクレーヌに乗りこんできます!』
サーバットの泣き叫ぶような戦況報告を聞くと、魔王はカッと目を見開き、バッと玉座から立ち上がりました。
『おもしろい……やっぱり来たか。さんざんジャマしてやったのに、それを全部乗り越えてくるとは』
魔王は、クックッとうれしそうな笑みを浮かべます。
そして、黒いマントをひるがえすと、サーバットに命じるのでした。
『全軍に知らせろ! わが城に乗りこんでくる愚かな侵入者を、迎撃する準備をしろとな!』
『は、はいっ! わかりました! して、人間界やほかの妖精界への侵攻のほうは……?』
『そんなものは、あとまわしだ! いまは"剣星""聖女"姉妹の排除のみに、すべてを注げ!』
『りょ……了解です!』
『それと……生き残りの妖精もいっしょだな?』
『は……はい、確認しております』
『そいつは生け捕りにしろとも伝えろ。オレ様の前に連れてこいとな!』
『はいっ! かならずや!』
魔王の命を聞き入れたサーバットは、またもあわてながら玉座の間を出ていくのでした。
魔王は玉座に座り直すと、ニヤリと笑ってつぶやきます。
『来るなら来やがれ、オレンジ姉妹。お前らへの勝利を足がかりに……俺は……世界中の魔法つかいを根絶やしにする!』
☆ ☆ ☆
姉妹たちは、シュガーの開けた異空間トンネルの中を歩いていました。
「いつもなら、すぐにワープアウトできるのに、今回はずいぶん時間がかかるんだね……」
エミルは、まだら模様に染まった周囲を見回しながら、ふしぎそうに言いました。
『つなぐのが難しい場所を指定すると、よくあるわよ、こういうことは。でも、トンネルを開けるってことは、ちゃんと目的地につながってるっていう証拠だから、そこは安心していいはずよ』
熱い火山から脱出したので、ようやく指輪から出てきた雪の妖精スノーベルが言いました。
『せっかく、いつでもオッケーってかんじだったのに、これじゃカラまわりだよ!』
同じく指輪から出てきた、エミルの相棒にして妹分、白いチビドラゴンのシロンも、ぷんすか言いました。
『そ、そうだね。わたしもなんか、またこわくなってきちゃった……』
さっきまでは勇ましかったシュガーも、すっかりもとの弱気な妖精に逆戻りしてしまっていました。
すぐにシュクレーヌへ移動できるつもりでいたので、気持ちをそがれてしまったのでしょう。
エイルはなにも言いませんが、ほっぺをふくらませているので、きっと同じように不満を感じているのでしょう。
「……まあ、気合いなら、またワープアウトする直前に入れ直せばいいよ……」
エミルがいい感じのフォローを入れた、その瞬間でした。
あたりの景色がぐにゃりとゆがみはじめ、姉妹たちは一瞬、意識を飛ばされます。
そして、気がつくと……
「……着いちゃった」
まるで腐ったお菓子のような、気持ち悪い感触の大地。
枯れて痩せ細った樹木。
ヘドロのような液体の流れる川。
割れたクッキーのように砕けた道。
そして、倒壊した棒キャンディの柱……
以前来たときより、さらにひどいことになっていますが……見まちがえようがありません。
『ここは……シュクレーヌ……だ……!』
シュガーは両手で口もとをおおい、涙で目をうるませながらつぶやきました。
それは、ようやく故郷に戻ってきたよろこびからでは、けっしてありません。
以前よりも無残な姿となった、愛する故郷を思う悲しみのためです。
『ひどい……こんなの、ひどいよ!』
シロンも涙目になりながら、怒りをあらわにしました。
エイルも無言でただ歯をかみしめ、するどい眼光で荒れ果てた大地をにらみます。
『ウソ、でしょ……これが、あのシュクレーヌ、なの……?』
姉妹の敗走後に加わったスノーベルも、大いにショックを受けていました。
シュクレーヌは、彼女にとっても思い出の地でしたから。
『ニガニガニガニガ!』
一行が感傷にひたる間もなく……魔王のしもべである、小さな六本足の黒い生きもの……【ニガムシ】の大群が襲いかかってきました。
もちろん、魔王から姉妹の排除を命じられてのことです。
『……!』
シュガーと、ニガムシをはじめて見るスノーベルは、目をむいてかたまりました。
「いくよ……シロン!」
『うんっ!』
気持ちを瞬時に切り替えたエミルは杖を取り出し、シロンとともにニガムシを迎え撃とうとします。
しかし……
そこにエイルがひとり、前に出ました。
エイルはただしずかに、腰の剣を引き抜いて……
ザシュッ!
《風刃》、一閃。
剣のひと振りによって放たれた無数の風の刃が、ニガムシの大群をまとめて吹き飛ばしてしまったのでした。
「『……』」
妖精たちだけでなく、エミルとシロンも、ぽかんとしてかたまります。
あまりにも一瞬の出来事でした。
エイルはさらに前へと歩いていき、虚空を見上げて叫びました。
「魔王! さっさと出てこい! お前だけは、ぜったいに許さない!」
それは、めったに彼女が口にしない、宣戦布告でした。
それだけ……お姉ちゃんは怒っているんだ。
エミルは、ひさしく見ていなかったエイルの姿に、ただ息をのみました。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回より最終章に突入します。
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