第60話 脈動、そして目覚め
『や……やめろ! ひ……人質がどうなってもいいのかあっ!?』
ミノパイアは空中で、泣きべそをかきながらわめきたてました。とても優位に立っている側のふるまいには見えません。
しかし、炎の妖精王は聞く耳を持たず、怒りの形相で燃えさかるオーラをたれ流すばかりです。
それに呼応するように、火山活動もどんどん活発になっていきます。
このままでは大噴火を起こし、妖精界トロピコルノにひろがるジャングルまでも焼きつくしてしまいかねない勢いです。
『や、やめてください!』
『王様、あついよー!』
シャボン玉の中に捕らえられた人質――トラ妖精やモグラ妖精たちも、必死に懇願します。
ですが、それすらも炎の妖精王の耳には届いていないようでした。
(こ……こんなはずじゃ……こんなはずじゃないのに!)
ミノパイアは、ボロボロと涙を流しながら、自分の行いを後悔していました。
魔王にとって最大の邪魔者である姉妹を排除することばかり考えて、この妖精界の創造主である炎の妖精王のことまでは、考えが及ばなかったようです。
そういうツメの甘さは、子どものような見た目そのものと言えるかもしれません。
炎の妖精王の怒りが、同胞もろとも侵入者を焼きつくそうとしていた――そのときでした。
「……これにこりたら、二度とひきょうなことはしないことだね!」
そんなお説教とともに放たれた矢が、おびえるミノパイアの胸に突き刺さりました。
『がっ……!?』
ミノパイアは、なにが起こったのかわからず、ただあえぎます。
見れば、自分の左胸に、オレンジ色の光の矢が突き刺さっていました。
これはなんだ。
いったい、どこから――
そう思った矢先でした。
パン! パアン!
両サイドに浮かんでいたシャボン玉が割れ、人質の妖精たちが解放されました。
『わあーっ!』
妖精たちは叫び声をあげながら、次々と落下していきます。
解放はされましたが、足もとは溶岩の海。このままでは、どのみち助かりません。
――と思いきや。
シャッ!
すばやく動く白い影が、妖精たちを次々と受け止めました。
そのおかげで、彼らの体は火口へ落ちることなく、岩の舞台の上へ無事に下ろされたのでした。
『……! こ、これは……?』
突然のミノパイアへの攻撃と、同胞たちの解放を目撃したことで、炎の妖精王は我に返りました。
そして、みずからの怒りをおさめます。
それに呼応するように、激しくなっていた火山活動も、少しずつしずまっていきました。
「……リサーチが甘かったね。わたしたちのことを調べるなら、パートナーのことも調べなくっちゃ」
声とともに、火口わきの岩場の影から、だれかが姿を現しました。
それは――さっき溶岩の中に飛びこんだはずの、エミルでした。
『お前……なんで生きて……!?』
ミノパイアは、痛みにあえぎながらも、驚愕に目をむきます。
「さあ、どうしてでしょうか?」
エミルは、不敵でステキな笑みを浮かべました。
そのかたわらには、弓をかまえた、長い銀髪と褐色の肌を持つ、美しいダークエルフの女性がひざまずいています。
ザシュッ!
「今度は、いったろ」
ミノパイアがエミルの生存におどろいた、その瞬間。
エイルが放った《風刃》が、その首を斬り裂きました。
『キミたち……無事だったのか!』
炎の妖精王が、歓喜とおどろきの声をあげます。
さて、どうして溶岩に落ちたはずの姉妹が、無事でいるのでしょうか。
なんのことはありません。火口に落ちる直前、エミルが【ソルフェニックス】のレッディを呼び出し、その不死鳥の体で溶岩から身を守ってもらったのです。
その後、炎の妖精王の怒りによって火山活動が活発になったのを利用し、噴き上がる炎にまぎれて、火口のわきへ着陸しました。
そして、ミノパイアが完全に油断したところで、人質たちを救出したというわけなのでした。
念のため、隠ぺい魔法が使える【ダークエルフプリンセス】のシルヴィアの力も借り、魔法の弓矢で狙撃してもらったのです。
エルフは森の民。身を隠すことと弓の技術は、彼女たちに古くから受け継がれてきた特技なのです。
「ありがとう、シルヴィア」
『はいっ! エミル様のお役に立てて、うれしいです!』
長身美少女のシルヴィアは、まるで子犬のようにエミルへすり寄りました。
彼女と出会ったゾンネの森で命を救われ、冒険をともにしてから、シルヴィアはエミルのことが大好きになり、エミルの役に立つことを、いちばんのよろこびとするようになったのです。
「シロも、ナイスキャッチだぞ」
『ワンッ!』
エイルは、人質の妖精たちの落下を防いだ大オオカミのシロの頭を、なでてやりました。
これにて、めでたく一件落着……と思っていたら。
『! 気をつけろ! どうやら、まだ終わっていないようだ!』
炎の妖精王が、なにかに気づいて叫びました。
姉妹が上空を見上げると、首を失ったミノパイアの体が、宙に浮かんだまま、まだ健在なのが確認できました。
これまで魔王の刺客を倒した経験からして――いつもなら、絶命した時点で光の粒子に変わり、消滅するはずです。
それが起こらないということは……
「あいつ……まだ生きてる!」
エミルは顔をしかめて言いました。
すると――
ボコボコボコ……!
ミノパイアの体が、みるみるうちにふくれあがっていきます。
着ていた服もはちきれて、ビリビリに破れ、その下から筋骨隆々とした肉体が現れました。
そして、変形が終わると――
失われた首のところから、新たな頭部が生えてきたのです。
その顔は、さっきまでの小憎らしくも、どこかかわいげのあったものとはまったく異なり、凶暴な悪魔を思わせる風貌へと変わっていました。
『エミル様、これは……』
見た目はりりしくても、実はちょっぴりおくびょうなシルヴィアが、不安そうな顔でたずねます。
「どうやら、あれがあいつの真の姿ってことみたいだね……」
エミルは表情を引きしめ、杖を強くにぎりながらこたえました。
いっぽう、エイルはすでに動いていました。
二本の剣を精霊エクシリアのチカラで一本の黄金の大剣に合体させると、そのまま跳びあがり、変身したミノパイアに斬りかかります。さすがの判断の早さです。
『ガアアアッ!』
しかし、その一撃はミノパイアのすさまじい咆哮によってはばまれました。
ドオオオオッ!
あまりの衝撃に、エイルの体が逆に吹き飛ばされます。
「お姉ちゃん!」『お義姉様っ!』
エミルとシルヴィアは、声を重ねて叫びました。
エイルはそのまま舞台へたたきつけられます。
さらに、咆哮と同時にミノパイアから苦味のオーラが放たれました。
それをまともに受けたエイルは、舞台に倒れたまま、苦しそうにもだえています。
「う……!」
『ああっ……!』
苦味のオーラが火口じゅうにひろがったことで、エミルとシルヴィアも、遅れて影響を受けはじめました。
「シルヴィア、いったん、戻って……!」
エミルは胸をおさえ、表情をゆがめながらも、シルヴィアを指輪の中へ戻します。
『ぐ……これが、ニガニガってやつか……!』
炎の妖精王もよろめきながら、ミノパイアを見上げました。
人質にされていた妖精たちも、舞台上で苦しんでいます。
『オマエラアァ……ヨクモ、ボクサマノカワイイカオヲ……! ユルサナイ! ユルサナイゾオオオオ!!!』
変身したミノパイアは、空気が震えるほどのおたけびをあげました。
そして、全身からさらに濃度の高い苦味のオーラを放射します。
その影響は、姉妹や妖精たちどころか、火山そのものにまでおよびました。
溶岩の流れが目に見えて弱まり、火口から立ちのぼっていた炎までもが、少しずつ勢いを失っていきます。
このままでは火山が死に――トロピコルノの大地そのものが滅びかねません。
そう――シュクレーヌのように……
「シュガー……起きて……あなたのチカラが……必要なの……!」
エミルは苦しそうに胸をおさえながら、いまだに肩の上で眠りつづけているシュガーに呼びかけました。
火山に突入してから、騒動続きなのにまったく目を覚まさないなんて、のんきというレベルをとっくに超えています。
いえ、のんきで寝ているわけではないのでしょうが――今すぐ起きてほしいという意味では、どちらでもいっしょです。
エイルも、炎の妖精王も、もはや動けません。このままでは、全滅はまぬかれません。
それでも――それだからこそ、エミルは呼びかけつづけます。
「おねがい、シュガー……わたしたちを、みんなを助けて……!」
青い瞳をうるませながらの、必死の懇願。
それが、ついに通じたのでしょうか……
『ん……』
お砂糖の妖精シュガーは、ゆっくりと重いまぶたを開いたのでした。
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