第59話 肥翼のミノパイア
「『!』」
突然響いてきた声に、エミルと炎の妖精王、そしてエイルは、反射的に身構えます。
シュガー以上におくびょうで弱気な水の精霊マリンは、舞台の上に伏せたまま、ぶるぶると震えだしていました。
「そこかっ!」
エイルは舞台の中央あたりの上空に向かって剣を振り、真空の刃――《風刃》を放ちました。
ズバシュッ!
『ぎゃあっ!?』
すると、なにもないはずの虚空から悲鳴と血しぶきがあがり……そこに、ひとつの姿が現れました。
『いきなりなにすんだ! 殺す気かっ!』
抗議をしてきたのは……【妖煙のシガレッタ】と同じ、白髪と褐色の肌を持つ、小太りの男の子でした。
Yシャツにサスペンダーパンツという格好で、背中にはコウモリのような翼を生やしています。まるで、吸血鬼の子どものようないでたちです。
「そうだよ。殺す気で撃ったもん」
エイルは、しれっとぶっそうなことを言いました。
本能でわかっていたのでしょう。あの男の子もまた、【魔王ビターダム】の刺客だということを。
だったら、またやっかいな苦味のオーラを出される前に、さっさと倒したほうがいいですから。
なにしろ、苦味に対抗するための甘味のオーラが出せるシュガーは、いまもなお眠りについているので、たよることができません。
『ったく……この【肥翼のミノパイア】さまに対して、なんて無礼な! 魔王さまに言いつけてやるぞ!』
いかにも子どもじみたセリフですが……それを口にしているあいだにも、エイルが《風刃》でつけたキズが、みるみるうちに再生していきます。しかも、どういうわけか、流れた血のあとまで消えてしまいました。
エミルは目を細め、警戒をあらわにします。
言動はともかく、あの闖入者は、これまで戦った二体の刺客――チョコングやシガレッタと同じく、相当にやっかいな相手のようです。
エイルはかまわず、今度こそ確実にしとめるつもりで剣をかまえます。
ところが――
『おーっと、そんなことしていーのかな?』
ミノパイアは小憎らしい笑みを浮かべながら、指をパチンと鳴らしました。
すると、彼の左右に、半透明の黒いシャボン玉のようなものが現れます。
その中には――
「トラさん!?」
「モグラくん!?」
『ああ! 愛するわがトロピコルノの民たち!』
エイル、エミル、そして炎の妖精王が、そろって声をあげます。
シャボン玉の中にはなんと、姉妹の案内をしてくれたトラ妖精とモグラ妖精、そしてヌシさまの石像があったお花畑で遊んでいた、小人型妖精たちが捕らえられていたのです。
『これ以上、ボクさまをキズつけようとするなら、このコたちがどーなってもしらないよ?』
ミノパイアは、邪気にあふれた笑顔で宣告してきました。つまり、人質作戦です。
そして、彼が立てた人差し指に、小さなコウモリが止まりました。
『ボクさまはねえ、キミたちのことはバッチリ調べてあるんだよ。この【サーバット】たちを人間界に送りこむことでね。"巨獣狩りの剣星"エイルに、その妹、"雨あがりの聖女"エミル?』
異空間の住人には知り得ないはずの二つ名を呼ばれて、エイルとエミルは、わずかに動揺しました。どうやら、ミノパイアが姉妹のことを調べたというのは、本当のようです。
『エイル……キミはチョコングやシガレッタをあっさり倒すほどにデタラメな強さを持ってるけど、自由人に見えて、本質はこまっている者を放っておけない"いいヤツ"だ。だから、こういう作戦はちゃんと効くって思ったのさ』
エイルは、ぎりっと歯をかみしめます。
ミノパイアに図星を突かれたからではありません。純粋に、手出しのできない状況にイラだっているのです。エイルは、人の話……とくに悪人の話なんか、聞かないので。
『いっぽうでエミル! キミは聖女なんてもてはやされているけど、ことバトルにおいては、姉やほかのマスターウィザードどころか、王都でも下から数えたほうが早いレベルのひよっこだ! こんな作戦を使わなくたって、ボクさまの手でひとひねりできるくらいのね!』
ミノパイアはエミルを指差しながら、下品に爆笑しました。
エミルもまた、ぎりっと歯をかみしめます。これは、ちゃんと図星を突かれたからです。
しかし――エイルは、それ以上の怒りを見せていました。最愛の妹をバカにされて、姉としてだまってはいられません。
けれど、血がにじむほど剣の柄をにぎりしめることで、必死にこらえていました。なぜなら、人質の命がかかっているからです。エイルだって、それくらいはわきまえられます。
ふれあった時間は短くても、エイルにとってあの妖精たちは、とっくに大切な友だちなのですから。
『お前は、魔王とやらの手下なのか!?』
かやの外になりかけていた炎の妖精王が、たずねます。
『そうだよ。ボクさまは魔王ビターダム様の四天王の一人、【肥翼のミノパイア】さ』
『オレ様の愛する民たちを、解放してくれ!』
炎の妖精王は、必死に懇願しました。
自分の国に暮らす妖精たちを思う気持ちが、エミルたちにもひしひしと伝わってきます。
ですが、それをあざ笑うように、ミノパイアはまた邪悪な笑みを浮かべました。
『えー? 返せって言われたら、返す気なくなるなあ。ってゆーか、そう言われて返すヤツなんていないっつーの! バカなの?』
炎の妖精王はカチンときます。
ですが、それをぶつけるわけにはいかず、にぎったこぶしをふるわせることしかできません。
『んー、でもそんなに返してほしいっていうなら、チャンスあげちゃおっかなあ』
ミノパイアは、あざとく指をほほに当てたりしながら、うーんと考えます。
そして、足もとで煮えたぎる溶岩を見つめると、ピーンと来たとばかりに目を見開き、ある提案をしました。
『よし。キミたち姉妹、溶岩の中に飛びこめ。そしたら人質は、返してあげるよ』
「「え?」」
姉妹の声が重なります。
『なッ……! そ、そんな条件、のめるわけがないだろ!?』
炎の妖精王は、あわてて抗議しました。
自国の民を助けるためとはいえ、人間の来客に命をかけさせるなど、認められるわけがありません。
『だまれよ。あんまりうるさいと、かわりに人質を投げこんじゃうぞ』
ミノパイアに脅されると、炎の妖精王も押しだまるしかありませんでした。
そのスキに――
「お姉ちゃん」
エミルはいったんアクアを指輪に戻したあと、こしょこしょとエイルに耳打ちしました。
「わかった。エミルを信じるよ」
エイルは笑顔でうなずきました。
どうやら、エミルにはなにか作戦があるようです。
「……いいよ! おのぞみどおり、飛びこんであげるっ!」
エミルはバサッとローブをひろげ、力強く宣言しました。
『バ……バカなマネはよせ!』
当然、炎の妖精王は止めようとします。
けれど、姉妹はそれを聞かず、ぎゅっと手をにぎり合いました。
おたがいの気持ちを確かめ、決意を固めるように――
「エミル、こわくない?」
「お姉ちゃんといっしょなら、なんにも!」
姉妹はおたがいの気持ちを確かめ合うと、ぎゅうっと手をにぎる力を強めます。
そして――合図もなく、同時に舞台上から飛び降りました!
『まっ……!』
ざぶーーーん!
姉妹はそろって、溶岩の中へ。
同時に、溶岩の煮えたぎる音がいっそう激しくなり、すさまじい熱気があたりにひろがりました。
『ぷっ……ぎゃははははは! ホ、ホントに、マジでやりやがった! バッカでー!』
ミノパイアは、空中でおなかをかかえて爆笑します。
シャボンの中の人質たちは、心配そうな顔で、溶岩の中へ落ちていった姉妹を見下ろしていました。
『く……!』
炎の妖精王は、くやしさともうしわけなさが入り混じった顔で、ガン! と岩の舞台をなぐりつけます。やり場のない怒りを、ぶつけるように――
『さーて、それじゃ約束通り、人質たちを返す……』
ミノパイアの言葉に、炎の妖精王の目に期待の光が宿ります。
ですが――
『……わけないじゃーん! ヒーッヒッヒッヒ! ムダ死になんて、マジ腹いてー!』
――プチン。
その瞬間、なにかが切れる音がしました。
ボコ……ボコボコボコ……
そして、火口が揺れはじめます。
溶岩がグツグツと音を立て、荒々しくうねりはじめました。
まるで――炎の妖精王の怒りが、形になったかのように。
『な……なんだよ、これ……』
ミノパイアも冷や汗をたらしながら、キョロキョロとまわりを見回しはじめます。
すると――
グオオオオオッ!
『ひ……ひゃああっ!』
すさまじい音を立てて、火柱とともに溶岩が噴き上がりました。
太陽の紅炎のような赤い輝きが、あたり一面を真っ赤に染め上げます。
ミノパイアは思わず高度を上げ、炎から逃れようとしました。
これほどの勢いなら、空中にいる自分にまで炎が届いてしまいそうだったからです。
『うおっ!』
『わあ~っ!』
シャボンの中に捕らえられている妖精たちも、たまらずおびえだします。
すべてを飲みこみかねないほどの妖精王の怒りが、火口を――そして、火山全体を激しく脈動させるのでした……
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