第52話 大樹と密林
いっぽうそのころ、人間界の王都アストリアでは。
「……なんとか、しずめることはできたッスね」
「あくまで緊急の、一時的な処置だ。楽観はしてられないよ」
ギルド"大樹の図書館"の拠点、その団長室にて、極星魔法つかいロウランと、その副官デックスが、水道水を飲みながら話し合っていました。
甘味を失い、人々の心は荒み、王都のあちこちで暴動が起こり……たいへんなありさまとなっていました。
そこでロウランは、ほかの極星魔法つかいたちに協力を要請し、《王都の生きものすべてを眠らせる魔術》を使って、ムリヤリさわぎをしずめることに成功したのでした。
もちろん、こんなのはムチャクチャな力業です。
それを使わなければならないほど、事態はもう、どうすることもできないくらいに進んでしまっているということなのでした。
「……まったく、あのコたちはなにをやっているんだ。あれからもう三日だぞ。魔王の妨害にあってるとはいえ、手こずりすぎだ」
「落ち着いてください、マスター……って言っても、この状況じゃムリもないッスけど……知識の星たるアナタが冷静さを失ってしまえば、マジでこの国はおしまいッス」
「しょうがないだろう! 甘いものは私にとって、血肉に等しいものだったんだ! それが奪われたんだぞ! イライラするに決まってる!」
そう叫ぶと、ロウランは空になったコップを床に投げつけ、割ってしまいました。
よく見ると、部屋じゅうにも本があちこちに散乱しており、彼女の自制心の限界をものがたっています。
(マスターがこのありさまだと、ほかの極星魔法つかいも同じ状況なんだろうな……)
デックスは苦々しく思いながら、荒れるロウランから目をそらしました。
そんな彼も、グローブの下の両手を包帯でぐるぐる巻きにしています。
イライラをしずめるために、手当たりしだいに物を殴っている証拠です。
「はあ……はあ……物を壊したら、ちょっとスッキリしたぞ。ついでに思い出した。菓子職人バディーゴについて、またおもしろいことがわかったんだ」
「え!? マスター、まだあのヒトのコト調べてたんスか!?」
「あたりまえだろ。まあ、イライラのせいで進捗は鈍行だが……これを見たまえ」
ロウランは息をととのえながら、一束の紙をデックスに渡しました。
「これ……バディーゴの病歴……ッスか?」
「そうだとも。私の"魔術"でのぞき見した内容を書き写したものだけどね」
「へえー……って、ウソだろ! チョコ職人のクセに、虫歯が一本もないとかありえないっしょ!」
「おどろくところはそこかい。……それより、気になる項目があるだろう」
「ああ、この……"味覚障害"のコトッスね」
「診断日によると、ちょうどお菓子コンテストで連勝記録が途絶えて、すぐのことだ。おそらく、そのショックだろう」
味覚障害――その名の通り、味を正しく感じられなくなる症状のことです。その原因のひとつは、強いストレスだとされています。
「でも……味覚障害にかかって、まともにお菓子なんて作れないでしょ? たしか負けたあとも、バディーゴは必死に研鑽を続けてたって話だったッスよね?」
「それが、この話の真におもしろいところだ。今度は、こっちも見たまえ」
ロウランはニヤリと笑うと、もう一束の紙をデックスに手渡します。
それにひと通り目を通すと……デックスは紙をぎゅっとつかみ、目を見張りました。
「マスター、これって……」
「ああ。それを知った瞬間、私は確信したよ。【魔王ビターダム】……その真の正体にね」
☆ ☆ ☆
《妖精の抜け道》の異空間トンネルを出た姉妹たちは、やわらかな土の上に着地しました。
「これは……」
あたりを見回すと、まわりは無数の木々にかこまれていました。
木々はところせましと立ち並び、頭上には大きな葉が幾重にも重なっています。この密集ぶりは、森というより、もはやジャングルと呼ぶべきでしょう。
『ちがう……! ここも、シュクレーヌじゃない……!』
シュガーは瞳をうるませ、なげきの声をあげました。
たしかにその通り、この景色はお菓子の国シュクレーヌとは似ても似つきません。
空がこれまでと同じく、青とピンクのグラデーションで描かれているので、ここもまた、妖精界なのはまちがいありませんが……
『もーっ! いつになったら、シュクレーヌにいけるのーっ! このアメだま、なめちゃうぞ!』
シロンは怒りを爆発させて、シュガーの手の中のアメ玉水晶に食ってかかりました。
シュガーはぎょっとして、とっさにアメ玉水晶を背中に隠します。
「まあ、シロンじゃないけどさ。私もちょっとイラついてきたよ」
エイルも、地面に落ちていた木の枝を踏み割りながら言いました。パキッ、と乾いた音が密林の中に響きます。
ふたりのイラだちは、甘味が失われているからではありません。二度もぬかよろこびをさせられて、純粋にフラストレーションがたまっているのです。
『ふたりとも、そこまでがっかりすることはないわ。私たちは確実に、シュクレーヌに近づいている』
そんなとき、スノーベルが鈴のように澄んだ声で言いました。
「なにか、根拠があるの?」
エミルがたずねます。
ふたりとちがって、口や態度には出しませんが、エミルも内心、相当イライラしていました。
『だってここ、シュクレーヌのおとなりの世界で、私たちも何度も来たことがあるもの。ねえ、シュガー?』
『え? ……あ! うん!』
スノーベルに話を振られると、シュガーは思い出したようにハッとして、こくこくとうなずきました。
『それ……ホント!?』
シロンはずいっと身を乗り出します。
『ホントよ、ホント。この妖精界の名は"トロピコルノ"。熱帯の国よ。自然豊かであったかくて、とってもすごしやすい国なの』
『え? ベルって、あったかいのニガテな、ゆきのようせいなのに?』
『フツーの熱帯ならダメね。でも、この国は特別なの。どんな属性の妖精でもすごしやすいように、環境が調節されてるのよ』
『そーいえば、シロンもなんか、からだがぽかぽかしてきたかも!』
「わたしも人間だけど、たしかにあたたかさとすがすがしさを感じるよ。まるで、"ゾンネの森"の中みたい」
エミルは周囲を見回しました。
木々の間から差し込む光はやわらかく、密林特有のむっとするような暑さもありません。
どこからともなく鳥や小さな生きものの声が聞こえ、森全体が生きているかのようです。
『まあ、それはさておき……ここはシュクレーヌと隣接した妖精界。ここからならきっと、今度こそ《妖精の抜け道》をつなげることができるはずよ』
『うん……それに、このアメ玉が言ってます。シュクレーヌは、すぐそこにあるって! 本来の持ち主の女王さまと、引き合ってるのを感じるんです!』
シュガーがそう言うと、その手の中のアメ玉水晶が、肯定するようにチカチカと光りだしました。
『じゃあ、こんどこそホントーに、しんじていいんだね?』
『え……ええ! もちろんよ! 私がこっそりパートナーの部屋に隠してる、秘蔵のおやつを賭けてもいいわ!』
スノーベルは一瞬、自信なさげにドキッとします。
しかし、すぐに胸を張って言い切りました。
『いったなー! ぜったいだよ!』
シロンは完全におやつをもらう気マンマンです。
「この場合は、おやつをもらえないほうがいいんだけどね。それじゃシュガー、またおねがいね」
『はいっ!』
エミルにうながされると、シュガーは希望に満ちた顔で、アメ玉水晶を手に念じはじめます。
そして――
アメ玉水晶から、赤い導きの光が放たれました!
光は空中へと伸びていき、まっすぐに一本の方向を指し示します。
そのしめす先は……
「あれは……火山?」
エイルが目を細めます。
はるか遠くに、高くそびえる山がありました。
山頂からは、白い煙が絶え間なく立ちのぼっています。その山肌は赤く染まり、ところどころからオレンジ色の光まで見え、まるで、山そのものが燃えているかのようです。
それを見た瞬間、ごきげんだったスノーベルの顔が、ふたたび青ざめていったのは、言うまでもありません……
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