第50話 女王の審判
「えいっ!」
エミルが杖を振ると、シュガーとスノーベルの二人が白い光の球となり、エイルの左手ににぎられた白銀の剣と合体しました。
「完成! 名づけて、《アイスキャディバー・WM》!」
エミルのかけ声に合わせ、エイルはシャキーン! と、両手でにぎった大剣をかまえます。
見た目は、巨大なアイスキャンディーの大剣・アイスキャディバー。いつもはまっしろなバニラアイスなのですが、今回はおもむきがちがっていました。
それはまるで、三角形にカットされたスイカをかたどったような、赤い刀身だったのです。WMというのは、スイカを意味する“ウォーターメロン”の略なのでしょう。
『おいしそー!』
シロンもおめめキラキラ、よだれダラダラです。
シュガーがまたレベルアップしたおかげで、いちだんと甘さが増したのかもしれません。
「これなら、お前をぶった斬れる!」
エイルはニヤリと笑うと、スイカアイスの剣をかまえ、玉座の裏にたたずむシガレッタへ突撃を開始しました!
それと同時に――
「うっ……!」
エミルは胸をおさえて、苦しみはじめました。
シュガーがエイルの剣と合体し、前方へ駆け出したことで、エミルが《パウダーシュガー》の効果範囲から外れてしまったのです。
結果、エミルは広間に充満する苦味にさらされました。
その瞬間、エイルの手の中のアイスキャディバーが、わずかにぶれます。この大剣は、エミルのマナも合わせて作り出されたもの。術者である彼女の意識が薄れれば、その形も薄らいでいくのです。
(がんばれ、わたし……ほんのちょっと、がまんするだけでいいから……! お姉ちゃんが、すぐにケリをつけてくれる!)
エミルは歯を食いしばりながら、シガレッタへ向かっていくエイルの背中を見すえます。
全身を苦味が襲い、呼吸も苦しくなってきました。
目がかすみ、意識がもうろうとなり、足もとがふらつき、倒れそうになった、その瞬間――!
がしっ!
だれかが、エミルの体を支えてくれました。
「シ……ロン……?」
それは……人間の少女の姿に変身した、相棒のシロンでした。
『だいじょうぶ! エミルには、いつだって私と……みんなが、ついてる!』
シロンがにかっと白い歯を見せて笑うと、エミルの右手にはめられた五つの指輪が、光を放ちました。
シロンをはじめとしたパートナーたちが……エミルの体を守ろうとしてくれているのです。
それは完全に苦味を防いでくれるものではありませんでしたが、ほんの数秒のあいだなら、意識を保つことができそうでした。エミルは、そのぬくもりを心強く感じます。
「シロン、みんな……ありがとう!」
エミルはぎゅっと杖をにぎり、瞳をうるませながら、仲間たちへの感謝を口にするのでした。
いっぽう、シガレッタへ接近したエイルは、ぐわっとスイカアイスの大剣を振り上げていました。
『フフ……無駄よぉ』
シガレッタは勝ちほこったように、シガレットをくゆらせます。
彼女は、姉妹が塩の妖精界で倒した【黒腕のチョコング】を通して、姉妹の戦いを見ていたのです。
だから、苦味のオーラもろとも打ち砕く《アイスキャディバー》の強さも、よくわかっていました。
しかし、どんなに強い甘味を持った武器であろうと、体が煙でできている自分を斬れるはずがない――シガレッタは、そう信じきっていたのです。
そこには、おごりや油断にも似た、絶対の自信がありました。
――あるいは、ずっと無敵だったために、気づくことができなかったのかもしれません。
ズバンッ!
エイルのひと振りは、氷の玉座もろとも、シガレッタの体を縦にまっぷたつに割りました。
『え?』
視界が真っ二つに裂けたとき、シガレッタはやっと、自分が斬られたという事実に気がついたのでした。
『あ……ああ……! あああああ~~~!』
生まれてはじめて感じる激痛。シガレッタは、ただ泣き叫ぶことしかできませんでした。
なぜ自分は斬られたのか。なぜ自分を斬ることができたのか。そんなことを考える余裕すらありません。
彼女の頭と心は、痛みと死への恐怖だけで占められていたのですから……
やがてその体は、チョコングと同じく黒い光の粒子となってほどけ、氷の城の天井をつきぬけて、のぼっていきました。
同時に、謁見の間に充満していた煙も晴れ……エミルと、倒れていた女王も、苦しみから解放されたのでした。
「よしっ!」
エイルはスイカアイスの大剣を肩に乗せながら、勝利の笑みをこぼしました。
『見て、エミル! お姉ちゃん、勝ったよ!』
「うん、ちゃんと見てたよ……お姉ちゃんのいいところ、わたしが見逃すわけないじゃん……」
シロンに体をあずけながら、エミルは重いまぶたを開いてほほえみました。
そして、《アイスキャディバー》は解除され、シュガーとスノーベルも元の姿に戻るのでした。
『まさか、ほんとうに斬れるとはね……』
スノーベルは、縦に割られた玉座を見ながら、驚嘆のため息をもらしました。
『うん、わたしもびっくりしてる……』
シュガーも同じく、目を丸くしています。
『……でも、なんで煙のあいつを斬れたのかな?』
シロンは首をかしげました。
「塩だよ」
『しおぉ?』
エミルの答えに、シロンはけげんそうな顔をします。
「あいつが東の国で有名な魔法生物だってことを思い出して、ピンときたの。同じ東の国では、塩が魔よけにもちいられているってこと――オバケに有効だっていうことをね」
『え? そうなの? ヘンなの!』
「それで、塩の大妖精からチカラを受け継いだシュガーなら、もしかしたら塩のチカラを引き出せるんじゃないかって思ったの。……大正解だったみたいだね」
『ああ! それでスイカの形をしてたんだ! スイカにお塩をふると、もっと甘くなるもんね!』
シロンは合点がいったとばかりに、手をぽんとたたきました。
「うん。塩分は、ただしょっぱいだけのものじゃない。甘味を引き立てる効果もあるんだ。あの大妖精も、それがわかっていて、シュガーに自分のチカラを継承させたんだろうね」
エミルはいつくしむような笑みを浮かべ、スノーベルと勝利をたたえ合っているシュガーを見つめました。
『……』
同じように苦味から解放された雪と氷の女王も、横たわったまま、スノーベルへまなざしを送っていました。そのクリアブルーの瞳は、わずかにゆらいでいます。
「エミルー!」
すると、にっこり笑顔のエイルが、ぶんぶんとエミルに手を振ってきました。
同時にもう片方の手で、ちょいちょいと女王のほうを指さしています。
「うん!」
エミルはその意図を察したようで、急いで女王のもとへ駆け寄ります。
それから指輪から【ソルフェニックス】のレッディを呼び出し――不死鳥の炎で、エイルに斬り落とされた女王の氷の羽をいやすのでした。
『そんなことしたら、溶けちゃわない?』
シロンが、しれっとツッコミを入れます。
女王は雪と氷の大妖精です。炎が大の苦手だと思われるのは、当然でしょう。
「だいじょうぶよ。不死鳥の炎は、だれかを傷つけるためのものじゃないから。ね、レッディ?」
『クェーッ!』
レッディはうれしそうに声をあげました。
シロンの心配をよそに、斬り落とされた女王の氷の羽が、きれいに元どおりになっていきます。
「やっぱり、魔法生物相手だと、効きがいいね」
エミルは安心して、息をつきました。
そして治療を終えたレッディは、さっさと指輪の中へ戻っていきます。きっと彼女も、寒いのは得意ではないのでしょう。
『……!』
女王は目を丸くして、自分の体を見回しました。
妖精の羽は、妖精のチカラそのものです。それがこうもあっさり再生したことが、信じられないようでした。
そこに、羽を斬り落とした張本人であるエイルが、妖精たちをともなって、つかつかと歩いてきました。
エイルは、女王の姿を見下ろすと……
「ごめんなさい。やりすぎちゃった」
ぺこりと頭を下げ、素直にあやまるのでした。
『え』
これには、スノーベルも女王本人も、あっけにとられます。
とくにエイルをよく知るスノーベルは、彼女がこうも素直に自分の非を認め、謝るとは思ってもみなかったのです。
エイルは頭を上げると、けわしげに、そして悲しげに目を細め、つづけて言いました。
「でも、ベルは私たちの大事な友だちなんだ。死んじゃったら悲しい。それだけはわかってよ」
そのひとことに、女王は目を見張り、スノーベルは口をおおいました。
大事な友だちが殺されそうになったからこそ、エイルは怒りをおさえきれなかったのです。自分との強い絆を感じ、彼女がそれだけ大切に思ってくれている――スノーベルの胸は、いっぱいになりました。
「女王さま。遅れましたけど、こちらをお受け取りください」
そこに、エミルはかたわらに置いていたバスケットを取り出し、開きました。
『これは……サムマイモのスイートポテト……』
さっきまで威厳に満ちていたはずの女王の目が、おいしいものを前にした姉妹たちのように、きらめきます。
「あなたへのおみやげです。これを持っていこうって提案してくれたのは、スノーベルなんですよ」
エミルがちらりと視線を送ると、スノーベルは恥ずかしそうに目をそらしました。
「こんなときになんですけれど、ぜひお召し上がりください。甘いものは、体力を回復させてくれますから」
エミルにうながされると、女王はごくりとつばを飲みこみました。
たしかに彼女の言うとおり、傷は癒えたといっても、黒い煙にあてられて消耗した体力が、完全に戻りきったわけではありません。
『そ、そうですね……では、お言葉に甘えて……いただきます』
女王はバスケットの中へ手を伸ばし、白銀のスイートポテトをひとつ手に取ると、口にしました。
『ああ……やはり、なんという美味!』
女王はうっとりとした笑みを浮かべました。弱っていた彼女のオーラが強まったことは、だれの目から見てもあきらかです。
「女王さま。いまお菓子の妖精界シュクレーヌは、魔王ビターダムという存在によって、苦味の世界に変えられつつあります。その影響で、人間界からも甘味が失われていってるんです。もし魔王をこのまま野放しにしておけば、いずれ妖精界にも影響が出て、そのスイートポテトの味も感じなくなってしまうかもしれないんです。それだけは、ぜったいに阻止しないといけない。そして、そのためには、このシュガーと……スノーベルのチカラが、ぜったいに必要なんです」
エミルの熱のこもった説得を聞いて、女王は神妙な面持ちで考えはじめました。
スノーベルは最後の言葉に胸を打たれ、ふだんはクールな瞳に涙をためています。
「だから……スノーベルをゆるしてあげてほしいとは言いません。せめて、彼女の命は奪わないでください。おねがいします!」
そして、エミルは深く頭を下げました。
それにならうように、シロンも、エイルも、シュガーも同じように頭を下げます。
スノーベルは、とまどいました。
自分のために、みんながここまでしてくれるなんて。きっと元のパートナーがこの場にいたとしても、同じようにしてくれたのだと、スノーベルにはわかっていました。
みんなにここまでさせて、自分はこのまま何もしなくていいのでしょうか?
――いいわけがありません。
スノーベルは涙をふき、覚悟を決めて女王の前に浮かび、言いました。
『……女王さま。ことごとくあなたの期待を裏切って、ほんとうにもうしわけありません。だからこそ、もうだれのことも裏切らないと、私は数日前に誓いました。……どんな罰でも受け入れます。ですが、せめてこの命だけは……私を信じてくれる友人たちのために使わせてください!』
そして、だれよりも深く頭を下げるのでした。
『……』
女王は、まっすぐにスノーベルの目を見つめます。
はたして、彼女の審判は、いかに――?
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