第49話 妖煙のシガレッタ
『そ』
スパッ!
【妖煙のシガレッタ】が言葉を続ける間もなく、その首が宙を舞いました。
見敵必殺――エイルの黄金の剣の一撃が炸裂したのです。
『あいかわらず、容赦のない……』
スノーベルは引きつった苦笑いを浮かべました。
シュガーも口をおおい、驚愕に目を見開いています。めまぐるしい展開に、頭がついていっていないようです。
『さっすが、おねえちゃん!』
シロンは目をきらめかせますが、エミルのほうは――
「ダメ! お姉ちゃん! そいつ、まだ死んでない!」
妹の叫びに反応して、エイルはとっさに、くずれ落ちたままの女王を抱きかかえました。そして、玉座の前から跳び退きます。
すると……
モクモクモク……
斬り落とされ、床に転がっていたシガレッタの首が、みるみる煙に変わっていったのです。
シロンと妖精たちは、びっくり仰天しました。
やがて煙は、首を失ったシガレッタの胴体と一つになり――元どおりの姿へ戻っていきました。
『……ふう。いきなり首を斬り落とすなんて。かわいいカオをして、ずいぶんケダモノなのねぇ』
シガレッタはうっとりとした表情で、舌なめずりをしました。
「お姉ちゃん! たぶんそいつは、“えんらえんら”の仲間だよ! 体が煙でできてるの! 物理的な攻撃は効かないから、気をつけて!」
エミルはエイルに呼びかけました。
“えんらえんら”というのは、東の国にいるという魔法生物の一種です。多くは女性の姿をした、煙の精霊だといわれています。
『あら、くわしいのね。そっちの子と同じ顔だけど、性質は真逆ってところかしら。……じゃあ、まずは……』
シガレッタは口から、ふうーっと煙を吐き出しました。
それはまっすぐ、後方にいるエミルへ向かって伸びていきます。どうやらエイル以上に、エミルのほうをやっかいな相手だと認識したようです。
『ひゃあ!』
シロンは驚き、シュガーは身をかがめました。
エミルはキッと目をするどくして、杖をかまえます。
「させるか!」
エイルはすぐさまエミルの前に立ちはだかり、剣を振って煙を吹き飛ばしました。
『ふふっ……同じ顔同士……姉妹愛ってことかしら? ほほえましいこと』
感心したようにほほへ手を当てるシガレッタを、エイルはキッとにらみつけました。
自分を差し置いて、かわいい妹を狙われたのです。怒り心頭といったところでしょう。
「エミル、あいつはオバケみたいなもんなんだよね?」
「うん。そのはずだよ」
「じゃあエクス、“オバケを斬る剣”だ」
エイルは右手の黄金の剣――精霊エクシリアにささやきました。
『《退魔の剣》ですよ。いいかげん覚えてください』
エクシリアがそうツッコむと、黄金の剣は淡い光をまとっていきました。
『これは……?』
シュガーは光に見とれるように目を見開き、声をもらしました。
「わたしも初めて見るけど……これできっと、オバケが斬れるようになるんだよ!」
エミルは興奮ぎみに答えました。
《退魔の剣》……名前から想像するに、そういった効果を持つ魔法なのでしょう。
かわいい妹の期待にこたえるように、エイルはダッと駆け出します。
あっという間に距離を詰め、余裕ぶったシガレッタへ向けて、黄金の剣を振り上げました。
『それはさすがに、まずいわね。じゃあ、こうしましょう』
シガレッタは、またふうーっと煙を噴き出します。
しかしそれは、さっきまでの白い煙とは真逆の、まっくろな煙でした。
「!」
斬りかかろうとしたエイルは、急ブレーキをかけ、ふたたび跳び退きます。
「あの煙は!」
『【魔王ビターダム】の、ニガニガオーラ!』
エミルとシュガーが叫びました。
あの黒い煙は、まさに苦味のオーラを煙へ変えたものだと、見ただけでわかったのです。
煙はみるみるひろがり、謁見の間に充満していきます。
『えーいっ!』
エイルがエミルのそばまで戻ってきたのと同時に、シュガーは全身から《パウダーシュガー》を放出しました。
塩の大妖精シオの羽を継承して強化された、甘味のチカラを宿す白い光の粒子です。それが煙の苦味による効果を中和してくれます。
しかし――
『うう……!』
『女王さま!』
広間の中心で倒れたままの女王は、煙をまともに浴びてしまいました。苦味のチカラによって、五感のすべてで苦しみを感じています。
「シロも、戻れっ!」
女王に凍らされ、床に倒れている大オオカミのシロも同じです。エイルはとっさに、シロを指輪の中へ戻しました。
謁見の間は、完全に黒い煙で満たされてしまいました。シュガーの近く――《パウダーシュガー》の効果範囲内から出れば、その場で動けなくなってしまうでしょう。
『へえ……それがお砂糖の妖精の魔法なのね。たしかに、これはやっかいかも』
シガレッタはシガレットをくゆらせながら、細めた目でシュガーの小さな姿を見すえます。
『でも……はたして、いつまでもつのかしらねえ?』
そして、ニヤリといやらしい笑みを浮かべました。
『けほっ、けほっ……!』
すると、シュガーがせきこみ始めました。
それを皮切りに、スノーベルも、シロンも、エミルも、苦しそうにせき込み始めます。
煙に満たされた空間……苦味以前に、呼吸がむずかしくなっているのです。このままではシュガーの意識がとぎれ、《パウダーシュガー》も維持できなくなり、全滅してしまうでしょう。
「がまんして斬りこむぞ、エクス!」
エイルはしびれを切らし、みたびシガレッタを討とうとします。
『ダメです! この苦味に包まれては、《退魔の剣》が維持できません!』
黄金の剣に変化しているエクシリアが、あわてて制止しました。
いま自分たちを苦味から守ってくれている、《パウダーシュガー》の効果範囲から出れば、その瞬間、エイルとエクシリアは苦味を浴びることになります。
そうなれば、まともに動くことも、魔法を使うことすらできなくなるでしょう。《退魔の剣》は、ただでさえ相当な集中力を要する魔法のようですし。
だとすると、苦味を中和しながら自由に動ける、左手の剣の精霊グレイセスとシュガー、スノーベルによる合体剣――《アイスキャディバー》を使うしかありません。
しかし、そうすると今度はエクシリアのチカラを使えません。《退魔の剣》がなければ、実体のないシガレッタにダメージを与えることができないのです。
エミルも考えていました。この苦味の煙を突破し、同時に煙の体を持つシガレッタを斬る方法を。
シガレッタは煙のオバケ、えんらえんら、東の国……
「……そうだっ!」
それらのキーワードから連想して、エミルはひらめきました。
この大ピンチを逆転できる、一撃必殺の大作戦を!
「お姉ちゃん! シュガー! スノーベル! 聞いて!」
そしてエミルは、それをキーマンである三人に伝えました。
シロンは、頭に?マークを浮かべたような顔で、きょとんとしています。
『……ほんっと、とんでもないことを考えるわね……』
スノーベルはあきれながらも、苦笑いを浮かべました。
「でも、やるでしょ?」
エミルは不敵でステキな笑みを浮かべてたずねます。
エミルに全幅の信頼を置くエイルは、言うまでもありません。スノーベルは、倒れてもだえ苦しむ女王の姿をいちべつしてから――
『……もちろんよ!』
キリッとした顔でうなずくのでした。
「……よし! それじゃ行くぞ、シュガー! ベル!」
『はいっ!』
一歩前に出たエイルのとなりで、シュガーはむんっと意気ごみます。
はたして、エミルの考えた作戦とは……?
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