第5話 神秘の月明かり
「あの……どういうことか、順番に説明してくれる?」
エミルは妖精にたずね返しました。
もちろん、助けを求められたからには力になってあげたいと思っています。でも、事情がわからなければ、どうすることもできません。
まっしろな妖精は、ちょこんとテーブルの上に立つと、ひとつ深呼吸をして心を落ち着け、ゆっくりと話しはじめました。
自分が、こことは異なる異空間に存在する妖精国シュクレーヌからやってきたこと。
その故郷が、いま滅びの危機にあること。
女王の占いで、"雨あがりの聖女"と呼ばれる存在が、国の救世主になってくれると告げられたこと。
その聖女へ知らせを届けるため、自分が人間界へやってきたこと。
そして、うっかり人間に捕まり、いまにいたるということ……
「『お菓子の国!? 行きたい! 行ってみたい!』」
くいしんぼうのエイルとシロンは、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出しました。
妖精はびくっと肩を震わせると、ささっと置きっぱなしのケージの裏へ隠れてしまいます。
「もう、ふたりとも! 妖精さん、おびえちゃったじゃない!」
エミルは、しょうがないふたりをしかりました。
でも、かくいうエミルもシュクレーヌには興味しんしんです。なにしろ、ふたりほどではないにせよ、エミルもけっこうなくいしんぼうなのですから。
「よし、じゃあさっそく行こうか」
『へ?』
エイルが突然そんなことを言うので、今度は妖精がきょとんとしました。
「そうだね。そんなに大変なことになってるなら、早くなんとかしてあげたいし」
『そうそう! イヤなことは、はやめにかたづけちゃうにかぎる!』
エミルとシロンも、もちろん大賛成です。
『え、えっと……その……助けてくれるん……ですか?』
妖精はケージの裏から姉妹をのぞき込み、おずおずとたずねました。
「あたりまえだろ。困ってるんだろ? だったら助けるだろ」
エイルは、まるで当然のことだと言わんばかりに、きっぱりと言い切りました。
となりでは、エミルとシロンも、にまっと笑ってうなずきます。
その笑顔を見たまっしろな妖精は、ハッと目を見開き、うるうると涙を浮かべました。
どうしてこの人たちは、こんなにも迷いなくそう言い切れるのだろう。
気弱で、過去には友だちを見捨ててしまった自分には、とてもできそうにありません。
助けてもらえるというよろこび以上に、そのまぶしさが胸いっぱいにこみ上げてきたのでした。
「そういうことだから、妖精さん。さっそく妖精界への道を開いてくれるかな?」
エミルがおねがいしました。
妖精国シュクレーヌは、こことはちがう異空間の先にあります。妖精の案内がなければ、たどり着くことはできないのです。
『わ、わかりましたっ!』
急な展開に頭がついていけていない妖精でしたが、反射的にシャキッと背筋を伸ばしました。
そして両手をかざし、言われたとおり妖精国への道を開こうとします。
『おー!』
シロンが目を見張ります。
妖精の手のひらの先で、空間がゆらりとゆがみはじめました。平和なダイニングには、およそ似つかわしくない光景です。
「《妖精の抜け道》……見るのははじめてじゃないけど、空間に穴を開けるなんて、やっぱりすごいなあ……」
エミルも感嘆のため息をもらしました。
数日前の冒険でも、エミルたちは実際に妖精が作った空間の穴を通ったことがあります。それでも、こうして目の前で魔法が発動する様子を見ると、そのふしぎさには思わず見入ってしまうのでした。
空間のゆがみはじょじょに大きくなり、やがて穴となります――
……が!
ぽしゅん!
……という気の抜けた音を立てて、空間のゆがみはケムリのように消えてしまいました。
『あ、あれ?? おかしいな……』
まっしろな妖精は手をひろげたまま、何が起こったのかわからず困惑しています。
「どうなってんの?」
『エネルギーぎれかな?』
エイルとシロンも首をかしげました。
『い、いえ! 生命エネルギーはじゅうぶん残っているはずです! この魔法だって、いつもならちゃんと使えます!』
妖精はシロンの疑問を否定しました。強がりやミエを張っている様子ではありません。
「だとしたら、場所が悪いのかもしれないよ」
エミルが推測を口にしました。
『場所……?』
「本で読んだことがあるの。空間に穴を開けるような高度な魔法は、自然のマナが満ちた場所じゃないとうまく発動しないんだって。王都みたいに発展した都市は、それとは真逆の場所なんだもの」
『た、たしかに……』
妖精は、ようやく腑に落ちたようでした。
さっきまで捕まっていたので気づきませんでしたが、王都へ来てから、どこか息苦しいような感覚があったのです。それはエミルの言う通り、妖精たちの栄養源ともいえる自然のマナが、この街では極端にとぼしいからにほかなりません。
『でも、ベルはできたよね?』
シロンが口をはさみました。
「あの子はほら、ちょっと特別だったから」
『ベル?』
「友だちの妖精さんだよ。機会があれば紹介してあげるね」
ほかの妖精ともすでに友だちだったなんて。まっしろな妖精は、さすがは聖女さまだと、エミルへの期待と尊敬をますます強くしました。
「とにかく、《妖精の抜け道》を確実に成功させるためにも、まずはあなたがこの世界へやってきた場所まで行ってみるのがいいと思うんだけど、どうかな?」
『は、はい! それなら、ご案内できますっ!』
「決まりだね! それじゃ、出かけよう!」
エイルは、はりきって家を飛び出そうとしました。
『えー? もうすぐばんごはんのじかんなのにー! ほかにもシロン、みたいどーがとかあるしー!』
ですが、シロンはぶーぶー文句をたれます。
「妖精さんの国を早く助けてあげるのが最優先! ごはんはお弁当を買っていくし、動画は帰ってからでも見られるでしょ!」
エミルはそんな相棒を気にすることなく、妖精をそっと抱き上げると、さっさとエイルのあとについていきました。
『あー! もー! まってよー! シロンもいくってばー!』
シロンもあわてて姉妹のあとを追いかけ、家を飛び出していくのでした。
☆ ☆ ☆
夕日がすっかり沈み、空にはまん丸なお月さまが輝く時間。
姉妹とシロン、そして妖精は、大オオカミのシロにまたがり、王都の北東へ向かって夜道を駆け抜けていました。目指すは、妖精がこの世界へ現れたという、小さな湖のある森です。
妖精はそこから王都まで来るのに数日かかったそうですが、シロの健脚ならあっという間――とはさすがにいかず、一時間ほどはかかりました。それでも歩くのとは比べものにならない速さで、目的地へたどり着いたのでした。
「とうちゃーく!」
エイルは、くるりと宙返りすると、かっこよく草の上へ着地しました。
エミルはいつものようにゆっくりとシロの背から降ります。肩の上にはシロン、ローブの中には、まっしろな妖精もいっしょです。
『オ、オオカミさん、本当に速いですね……』
妖精はローブからにゅっと顔を出し、感心したように声をもらしました。食いだおれ横丁から姉妹の家へ戻ったときよりも、さらに速く感じられたようです。
「シロはオオカミだから、お月さまが出てると元気になるんだよね」
エミルがそっとシロの毛並みをなでると、
『ワン!』
と、元気いっぱいの返事が返ってきました。
『わかります。お月さまの光には、神秘のマナを感じられますからね』
妖精は、ぎゅっと祈るように両手を胸の前で合わせました。
彼女の言うとおり、月の光には古くから神秘的な力が宿るとされ、魔法生物の中にも、夜になると昼以上の力を発揮するものが数多く存在します。
『シロンのけっかいも、おつきさまがでてないとつかえないしねー』
シロンも、ぼやくようにつぶやきました。
正直なところ、シロンは夜があまり好きではありません。生まれてすぐ、夜の森で恐ろしい目にあった記憶があるからです。
それはエミルと出会えた大切な日の思い出でもあるのですが、それでも、やっぱり怖かった記憶のほうが、強く心に残っているのでした。
「さあ、妖精ちゃん。ここならいいんでしょ? はやくお菓子の国へのドアを開けておくれ!」
エイルは両手をひろげ、おめめをキラキラと輝かせながらお願いしました。もちろん、頭の中はお菓子のことでいっぱいです。
同じくくいしんぼうのシロンも、エミルの肩の上で興奮して息を荒くしています。まるで野生へ帰ったかのような勢いです。
『わ……わかりました!』
そんなふたりに少しだけ圧倒されながらも、妖精は両手を前へ突き出し、《妖精の抜け道》を発動しました。
すると、家のダイニングでは小さくゆがむだけだった空間が、今度はみるみるうちに裂け、あっという間に大きな穴が開いたではありませんか。
穴の向こうには、うねるようなまだら模様の異空間がひろがっています。それは以前、エミルたちが通ったことのある景色とまったく同じものでした。
どうやら今度こそ、《妖精の抜け道》は成功したようです。
「よーし! それじゃ、お菓子の国へレッツゴー!」
「『おー!』」
『お……おー……』
姉妹の勢いに押されながらも、まっしろな妖精は小さくうなずきます。
こうして一行は、妖精国シュクレーヌへの帰還を目指し、異空間の穴へと足を踏み入れるのでした。
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