第4話 魔法にかけられて
「あーらら、かくれんぼ魔法、解けちゃった」
「しょうがないよ。妖精さんが助かったんだから、よしとしなきゃ」
決闘が終わると、エイルとエミルは、いつのまにか自分たちの正体が観衆に気づかれていることに、おどろいていました。
実はこの姉妹、王国ではちょっとした有名人なのです。
姉のエイルは、アストライト王国で10人しかいない最高峰の魔法つかい、"極星魔法つかい"の称号を持ち、エミルはその妹にして、とてもめずらしい魔法の持ち主として最近話題を集め、"雨あがりの聖女"なんてたいそうな二つ名で呼ばれているのです。
そんなふたりが堂々と町を歩けるわけがありません。こんなふうに、大さわぎになってしまいますから。
だからふだんは、存在感を薄くする隠ぺいの魔法を使って目立たなくしているのです。ただし、それも戦闘本能をむき出しにするなど、強い存在感を放ってしまうと解けてしまいます。いまみたいにね。
エイルは歓喜にわくギャラリーたちをまったく気にせず、つかつかと屋台の屋外テーブルへ歩いていきました。
そして、その上に置かれた透明なケージをひょいと持ち上げ、言いました。
「じゃ、約束通り、このコはもらってくね。ま、聞いてないだろうけど」
その持ち主だった二人の男性は、そろって地べたにのびています。もちろん死んではいませんけれど、当分は目を覚まさないでしょう。
エミルとシロンも駆け寄ってきました。
『はやくだしてあげようよ!』
「その前に、人通りの少ないところへ行こう。ここじゃちょっとさわがしすぎるよ」
「そうだね。じゃあまずは、うちに帰ろうか!」
エイルが言うと、彼女の右手中指にはめた指輪が光りはじめました。
次の瞬間、そこから高さ3メートルほどもある、大きな白いオオカミが姿を現します。
『ワオーン!』
オオカミがひと吠えすると、集まっていたギャラリーはクモの子を散らすように逃げていきました。
「いいぞー、シロ。うちまで乗せてね!」
エイルがオオカミのふさふさした毛並みをなでながら言うと、
『ワン!』
と、元気な鳴き声が返ってきました。
彼は【ニュードウルフ】のシロ。エイルが幼いころから苦楽をともにしてきたパートナーであり、姉妹にとって大切な家族です。
「妖精さん、ちょっとだけ待っててね」
エミルは大事そうに抱えたケージへやさしく話しかけると、エイルとともにシロの背中へまたがりました。
そしてシロは、王都南地区の住宅街にある姉妹の家をめざして、力強く駆け出したのでした。
☆ ☆ ☆
ここは、姉妹の家。
すこし前にある人物からプレゼントしてもらった、彼女たちの故郷の村を思わせる、こぢんまりとした一軒家です。
「さてと。それじゃ、ぶっこわそうか?」
エイルは食卓に置いたケージへ向かって、こぶしを振り上げようとしますが、
「だ、ダメだよ! 妖精さん、びっくりしちゃう!」
エミルがあわてて、その腕を止めました。
「でも、開け方がわかんないよ。虫カゴみたいだけど、フタとか見当たらないし」
エイルの言う通り、ケージは透明な板でできた直方体に持ち運び用の帯が付いただけの、簡素なつくりでした。フタを開けるためのつまみのようなものも見当たりません。
「こういうのは、封印の魔法でカギがかけられているんだよ。わたしにまかせて」
エミルが右手でケージへそっと触れると、薬指の指輪があわいオレンジ色の光を放ちはじめます。
「《プリディスペル》!」
魔法を唱えた瞬間――
ぱん!
と、小気味よい破裂音が響き、ケージのてっぺんの板が、ぱかっと開きました。
「おお、やるねえ」
エイルはうれしそうに感心します。
エミルは薬指のコネクタリングに収納されたパートナーの魔法で、ケージにかけられていた封印の魔法を解いたのでした。
「さあ、妖精さん。出ておいで」
エミルは開いたケージをのぞき込み、やさしく声をかけました。
しかし、捕らわれていたまっしろな妖精は横たわったまま、目をぱちくりさせるばかりで、それ以外の反応を返しません。
『なんで、でてこないのかな?』
テーブルの上にちょこんと座っているシロンが首をかしげます。
「疲れてるんじゃない?」
エイルがテキトーな答えを言いました。
「ううん。きっと魔法で声と動きを封じられてるんだよ。保護をよそおって妖精を捕まえようとしてたんなら、それくらいはすると思う」
はたして、エミルの考えは大当たりでした。
妖精が目を大きく見開いたことが、それを証明しています。
エミルは今度は彼女にかかった魔法を解いてあげようと、ゆっくり手を伸ばしました。
ですが――
(……!)
妖精の目にはっきりとおびえの色が浮かんだのを見て、エミルは途中で手を止めました。
「どうしたの?」
エイルがたずねます。
エミルは答えません。
じっと妖精を見つめ、その気持ちを考えました。
(きっと、この子はそれだけおそろしい目にあったんだ……)
悲しそうに目を細めます。
でも――だからこそ、助けてあげたい。
エミルは真剣なまなざしを宿しました。
「だいじょうぶだよ。わたしは、あなたの呪いを解きたいだけなの。こわいかもしれないけど、ちょっとだけがまんしてね」
エミルがやわらかくほほえみ、安心させるようにやさしく声をかけると、まっしろな妖精の目から、少しずつ恐れの色が薄れていくのがわかりました。
いまなら――
エミルの右手の薬指が、妖精の小さな体へそっと触れます。
「《プリディスペル》」
今度は静かな声で唱えると、妖精にかけられていた沈黙と拘束の魔法が解かれました。
『あ……!』
それを感じたまっしろな妖精は、小さく声をもらしながら体を起こします。
自分の両手をかわりばんこに見つめ、自由に動くことを確かめると、うれしそうに目を輝かせました。
「さあ、出ておいで」
エミルが右手を引っこめて、にっこり笑います。
すると妖精は羽をぱたぱたと動かし、ケージから飛び出しました。
その解放感ときたら、なんとすがすがしいことでしょう。
まるで生き返ったような思いで、まっしろな妖精はうれしさのあまり、くるくると舞うように食卓のまわりを飛び回ります。
『げんきになったみたいで、よかったね!』
シロンも、うれしそうににっこり笑いました。
「あのはしゃぎよう、まるで出会ったころのシロンみたいだなあ」
エミルは昔をなつかしみながら、くすっと笑いました。
『えー! シロン、あんなにはしゃいだりしないもん!』
「なに言ってるの。いっつもごはんの前は、あんなふうに踊ってるじゃん」
『むきー! おねえちゃんまで!』
シロンはぷんすか怒って、ほっぺをふくらませました。
そんなやり取りも気にとめず、妖精はしばらくよろこびの舞を踊り続けます。
やがて満足すると、ふわりとエミルの目の前まで飛んできました。
『あ……あの……助けてくれて、あ、ありがとうござい……ます……』
そう言って、もじもじしながらお礼を口にします。
はずかしさももちろんあるでしょう。でも、それ以上に、人間への恐怖がまだ完全には消えていないことを、エミルは感じ取っていました。
「いいんだよ。気にしないで。わたしたちは、あたりまえのことをしただけだから」
少しでも彼女の心がやわらぐように、エミルは、やさしい笑顔を返しました。
その思いが通じたのでしょうか。
まっしろな妖精は、ぎゅっとスカートのすそをつかみ、意を決したように口を開きます。
『……あの! あなたが、雨あがりの聖女さま……なんですか?』
「……へ? あ、そ、そうだけど……」
エミルはあっけにとられました。
王都では、その二つ名がすっかり広まっていることは知っていましたが、まさか都会の喧騒とは縁がなさそうな妖精にまで知れわたっているなんて、思ってもみなかったのです。
「おー、エミル。有名人だね」
エイルは、からかい半分、誇らしさ半分といった様子で言いました。
まっしろな妖精は、しょんぼりしていた顔をぱあっと輝かせながら、エミルへ身を乗り出します。
『あ……あの! 聖女さま! おねがいします! ……わ、わたしたちの国を、お救いくださいっ!』
「え……えっ??」
助けた妖精から飛び出した、突然の救助要請。
エミルもシロンも、そして、さすがのエイルも、思わずきょとんとしてしまうのでした。
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