第3話 妖精の引き渡しを要請
ナゾの"魂の叫び"を聞いたエミルがエイルと向かった先は、串焼き屋さんの屋台でした。
そのそばのテーブル席で、深緑色のりっぱなローブをまとった、二人組の男性が談笑していました。
片方の男性のかたわらには、虫かごよりひとまわり大きな、透明なケージが置かれていました。これは、弱った小型の魔法生物を保護し、運ぶ際に使われるものだと、エミルは知っていました。
頭のてっぺんからつまさきまでまっしろな、お人形ほどの大きさの妖精が一体、入っていました。ふつうなら、彼女も保護されたのだろうと、まわりもスルーするところなのですが……
――助けて! だれか助けて! わたしをここから出して!
エミルの耳には、その声がはっきりと聞こえてくるのです。あの妖精が放っている、心のSOSが。
男たちの服装からして、おそらくどこかの大ギルドの団員なのでしょう。そんな人たちがなぜこんなひどいことをするのか、気になるところですが……とにかく、きっと正面切ってうったえても、シラを切られるにちがいありません。合意によるパートナー契約以外で、魔法生物を捕獲することは、法律で禁止されているのですから。
だからまずは、妖精に興味を持った子どものフリをして近づいて、油断させて不法に捕獲している証拠をつかもうと考えました。それがうまくいかなくても、こっちには切り札があります。
「……あの、どういうことだい?」
先ほどエミルに親しげに話しかけていた男性のほうが言いました。いかにも意味がわからないというふうですが、声色にわずかな怒気がまじっています。
「だから、その妖精をこっちによこせって言ってるの!」
エイルは手まねきするようなジェスチャーを交えて言い返しました。こちらの声色にはあきらかな怒気がこめられていました。
すると、もう片方の男が席から立ち上がって、こちらに近づいて言いました。
「ははっ。礼儀のなってないお嬢ちゃんだ。一回だけなら聞かなかったことにしてあげるから、さっさとおうちに帰りなさい。もう、いい時間だろう?」
しかしエイルは、なおもきっぱりと言い返します。
「お前らのは、礼儀以前の問題だろ。こっちこそいまなら見逃してやるから、さっさとその妖精を放せ」
(お姉ちゃん、かっこいい!)
エミルとシロンはそう思って、目をキラめかせるのでした。
すると、男二人の怒りが頂点に達しました。それぞれローブの下から、指揮棒サイズの木製の杖を取り出します。
「……どうやら、しつけが必要なようだね」
二人の視線には、はっきりとした敵意が宿りました。
それに応えるように、エイルは腰に差した剣を引き抜きました。鞘から銀色の刃が音を立てて抜き放たれ、陽の光を受けてきらりと輝きました。
「ああ、やっぱりこういう流れになっちゃったか……」
エミルははあとためいきをもらしました。できれば、穏便にすませたかったのですが……こうなってはしかたがありません。
「《決闘領域》!」
縦に長い男が唱えると、姉妹と二人のまわりに風がうずまきました。景色がゆらりとゆがみ、まわりのざわめきが遠ざかっていきます。
これは、魔法つかい同士の決闘の際に使われる空間魔術。魔法でバトルフィールドを作り出すことで、まわりに被害を出さないようにするためのものです。
「ルールは、どっちかに"まいった"と言わせた方の勝ち! 敗者は勝者に、自分の所持する魔法生物を一体、差し出す! それでいいな!」
もう片方の男……横に長い方が決闘の取り決めについて、姉妹に合意をもとめてきました。
「いいよ」
エイルは即答。
エミルも、魔法生物を賞品のようにあつかうことは気が進みませんが、妖精を助け出すためです。その気持ちをおさえて、うなずきました。
姉妹が決闘に合意したことを確認した男たちは、
「出ろっ!」
それぞれ右手をかざして叫びました。
すると、その手にはめられた指輪から光があふれ、形をとり、生きものの姿が現れました。
指輪の名前は"コネクタリング"。パートナー契約を結んだ魔法生物を収納し、持ち運ぶためのものです。ですが真のチカラは、それだけではありません。
縦に長い男は、緑色の風をまとった白いイタチ型の魔法生物、横に長い男は、土色の毛皮を持つ大きなイノシシ型の魔法生物を呼び出しました。
「エミル、細いのは私がやるから、太いほうはまかせるよ」
エイルが言うと、エミルもまたふところから、古い木の杖を取り出して、
「わかった」
そう答えました。肩の上のチビドラゴンのシロンも『ふんっ!』と気合いの鼻息を鳴らしました。
「決闘だ!」「なんだなんだ?」「いいぞ、やれやれ!」
空間の外には、決闘がはじまると気づいて集まった多くの人だかり。
屋外テーブルの上のケージの中では、動けないまっしろな妖精が倒れたまま、不安そうに二人の様子を見つめていました。なにが起きているのか正直理解できていませんが、まわりの空気がバチバチしているのを感じて、ただならぬことが起きようとしている、ということはわかりました。
妖精は弱々しく身を起こそうとしましたが、力が入らず、そのまま小さく震えることしかできませんでした。
かくして、決闘ははじまりました。
「《ウインドブラスト》!」
縦に長い男が杖をつきつけると、彼のパートナーの白いイタチ【ウインゼル】が口から、緑色の風のかたまりを発射しました。
――パートナーの魔法生物の力を借りて魔法を使う。それが魔法つかいなのです。
狙いはエイルです。しかし彼女は、まったく動じていません。
「もらった!」
縦に長い男は勝ち誇ります。
……が。
パアン!
風のかたまりは、風船が割れたような破裂音とともに、はじけて消えてしまいました。
「へ?」
男たちと妖精、ギャラリーはなにが起きたとあぜんとしました。
なんということはありません。エイルは目にもとまらぬ速さで剣を振って、風を切り裂いただけだったのです。
「ぐ……! だったら、《猪突猛進》だっ!」
負けじと、今度は横に長い男が杖をつきつけ、イノシシ型の【クレイボア】が猛突進をしかけてきました。石畳が砕けんばかりの勢いで、大地を震わせながら突っ込んできます。
今度のターゲットもエイル。《ウインドブラスト》を大きく上回るパワーのこの攻撃なら、かならずふっとばせると踏んだのでしょう。
しかしエイルは、突進をひょいとよけてみせました。
「んなっ!?」
横に長い男はびっくり仰天。馬よりはるかに早いクレイボアの突進、熟練の魔法つかいですらよけるのはむずかしいのに、それをあんな小娘にかわされるなんて。
それを可能にしているのは、エイル自身の反射神経と身体能力、さらに、指輪の中にいるパートナーの力によって、それらが底上げされているからです。
「エミル! シロン!」
エイルは妹たちの名前を呼びました。
ほんとうなら、あんな突進なら、軽くカウンターを合わせられたはずですが、横に長い男の相手はエミルにまかせると言った以上、かわいい妹たちに花を持たせるべきだと思ったのです。
「うん!」『まっかせて!』
後方でひかえていたエミルとシロンは、自信満々の表情でこたえます。
シロンはエミルの肩から離れ、小さな翼をぱたぱた動かして宙に浮かびました。
「《ドラゴンフレイム》!」
エミルが杖を振り唱えると、シロンの口からすさまじい火炎が放たれました。肩に乗れるほど小さな体からは、考えられないくらいの大きさです。
『ブモオオオ~!』
突進してきたクレイボアは炎に飲みこまれ、悲鳴をあげました。
やがて炎が消えると、クレイボアは全身まっくろこげで、そのまま地面に倒れました。
「そ……そんな……!」
横に長い男は、信じられないとばかりにたじろぎました。
自分たちは、名高い大ギルドのメンバーなのです。それがここまで圧倒されるなんて、あの少女たちは、いったい何者なのでしょうか。
ケージの中の妖精も、目を見張っていました。少女たちの強さはもちろんですが……それ以上に、彼女たちの放つ生命エネルギーの晴れやかな清らかさに。まるで朝日を浴びた湖のように、澄みきった輝きでした。
「あ! ま、まさか……あの姉妹は!」
すると、縦に長い男がなにかに気づいたように、姉妹を指差しました。
その瞬間――
「おそいっ」
目と鼻の先に、やまぶき色の風が舞います。
一瞬で距離を詰めたエイルの一撃で、縦に長い男は気を失ってしまいました。
「ひ……!」
次は自分の番かと、横に長い男がたじろいだ瞬間に。
ボカーン!
シロンが口から放った火の玉が、彼の顔面で爆発しました。
『ギュ……ギューッ!』
ただ一体残ったウインゼルは、これはたまらんとばかりに、シッポを巻いて縦に長い男の指輪の中に戻っていきました。
同時に、まわりをおおっていた透明なドームは消え去り、空間魔術が解除されました。この決闘は、姉妹の勝利ということでしょう。
瞬間、集まっていたギャラリーが大歓声をあげました。
「さすがは"巨獣狩りの剣星"と"雨あがりの聖女"の姉妹だ!」「あの"ライブアライブラリ"のメンバーさえ、寄せつけないとは!」
(……え?)
ケージの中の妖精は、ハッとしました。
たしかに、"雨あがりの聖女"……探していた、目的のニンゲンの名前、そう聞こえたのです。
(じゃあ、あの子が……)
妖精は、シロンといっしょにまわりの歓声にこたえているエミルに視線を向けました。自分の助けにこたえてくれたらしい、あの小さな女の子に。
妖精の胸にともった希望の灯が、少しずつ明るさを増していくのでした。
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