第2話 姉妹との出会い
ここは、そこそこ平和でほどほどの刺激もある自然豊かな国、アストライト王国。
その首都・王都アストリアの南側にある、無数の飲食店が立ち並ぶ通称"食いだおれ横丁"にて、ふたりの少女が買い食いしながら歩いていました。
左右に跳ねたやまぶき色の長い髪を流すマントの少女エイルと、濃いオレンジのボブカットの上に紺色のベレー帽をかぶったローブの少女エミル。ふたりはなかよしの姉妹です。
「うーん……」
エイルは右手に持った串刺しのアメを、いぶかしげに見つめてうなっていました。
これはイチゴや細かく刻まれた果物にアメがコーティングされた、フルーツアメというお菓子です。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「いやね、このフルーツアメ……ちょっと味が落ちたなあと思ってさ」
「え? そうなの? わたしはじゅうぶんおいしいと思うけど……」
エミルは違和感を感じていないようでした。ムリはありません。4年前に故郷を出て、王都を拠点に活動するようになった姉エイルとちがって、妹エミルは最近故郷を旅立ち、王都に住むようになったばかりなのです。味の変化に気づけるわけがありません。
『じゃあほんとうなら、もっとおいしいってこと?』
エミルの肩の上から、小さな白いドラゴンの子どもが声をあげました。
彼女の名前はシロン。幼いころからずっといっしょの、エミルのパートナーです。
「そうだよ! 毎日おやつにしたって飽きない味! 飽きない味だったんだけどなあ……」
エイルは肩を落として、深いため息をつきました。エミルとシロンにはわかりっこありませんが、本来はよっぽどおいしかったのでしょう。そうなると、がぜん自分たちも食べたくなってきました。
「なにか、理由があるのかな? 作ってる人が、変わっちゃったとか?」
「いや、いつもと同じ人だったよ。見た感じ、作り方も変わってないね」
エイルは正直、勉強はあまり得意ではなく、記憶力もそれほどよくありませんが、食べもののこととなるとだれよりも頭が回るのです。
『じゃあ、ざいりょうがかわっちゃったのかなあ?』
「それもないよ。食べた感じはいっしょだし」
「調理者と製法と材料が同じで、味だけが変わったってこと? そんなことってある?」
「そんなこと、私にわかると思う?」
「『思わない』」
エミルとシロンの即答が重なりました。さすが長年いっしょに育った姉妹。エイルのことをよくわかっています。
「とにかく、これは事件のニオイだよ」
「そ、そうかなあ……」
いつになく真剣な顔のエイルに、さすがのエミルもたじたじになっていた、そのときでした。
――だれか、たすけて!
エミルの耳に、そんな悲痛な叫びが響いてきたのです。
エミルは幼いころ、あるできごとをきっかけに、そういった"聞こえない声"が聞こえるのです。エミルはこれを"魂の声"と呼んでいます。
「お姉ちゃん! だれかが呼んでる!」
「よし! 行こう!」
当然姉のエイルも、妹のチカラは知っています。
だからこそニヤリと笑い、アメをかみ砕くと、迷いなく声のもとへと走りだすのでした。
☆ ☆ ☆
(暗い……息が苦しい……動けない……!)
故郷シュクレーヌを救うべく、外の人間界へとたったひとり飛び出したまっしろな妖精は、まっくろな闇の中にいました。どういうことか、身動きをとることができません。
どうしてこうなったのか。動けないまま、記憶をさかのぼります。
――異空間トンネルを通って、シュクレーヌから人間界にやってきた妖精は、さっそく"雨あがりの聖女"さがしをはじめました。
しかし、どこにいるのか見当もつきませんし、手がかりだってありません。女王のアメ玉占いでも、そこまではわからなかったようです。
(こういうときはまず、情報を集めるためにニンゲンが集まる場所に行く……ちょっと……こわいけど……)
いまいるのは森の中。妖精のカンをたよりにまずはそこを抜け出し、次に手近なニンゲンの住む町まで飛んでいきます。
見つからないように、こっそりと聞き耳を立てると、すぐに情報をキャッチしました。雨あがりの聖女のことは、最近このあたりで広くウワサになっているようです。
それによると、どうやら彼女はいま王都に住んでいるとのことでした。妖精はすぐに王都の場所を調べ、何日もかけて空を飛び、なんとかたどりつきました。
しかし、もともと体力も魔力も弱いまっしろ妖精は、すっかりヘトヘト。そのせいで身を隠す魔法も弱くなってしまい、とうとうニンゲンに捕まってしまったのです。
捕まった妖精は、二つの魔法をかけられました。
一つは、声を出せなくなる沈黙の魔法。もう一つは、体を自由に動かせなくなる拘束の魔法です。
――思い返したことで、まっしろな妖精は、自分が置かれた絶望的な状況をあらためて理解しました。捕まえたうえに、声や動きをうばってしまうなんて、やっぱりニンゲンはおそろしい存在だ。人間界なんて来るんじゃなかった――そう、心の中でなげきました。
妖精にいまできることは、たったひとつだけ。
心の中で、だれかに助けを求めることだけでした。
とどくはずのない、だれにも聞こえない魂の叫びを。
――しかし。
「……ねえ、お兄さんたち。そのケージの中身、見せてくれる?」
なんてことはない、女の子の声。
けれど妖精には、ふしぎと希望に満ちた声に聞こえて、闇にしずんだ瞳をぱっちり見開きました。
目の前に見えたのは……濃いオレンジの短い髪と、まんまるな青い瞳の、ニンゲンの女の子でした。
またニンゲン……そう思ったのは、ほんの一瞬でした。しだいにこわばっていた心はやわらいでいきました。
オレンジの女の子から感じるオーラは、まるで自分たち妖精に近しいものに思えたのです。
「ああいいよ。ほら、見てごらん」
次に聞こえたのは、オトコの声。
これはおそろしくて、妖精はびくっと恐怖に目をむきます。
なぜなら、ただのニンゲンの声ではありません。自分を捕まえた、おそろしいニンゲンの声だったのですから。どんなにやさしそうな声色を作ったって、妖精の耳はごまかせません。邪悪な心は、隠せっこないのです。
妖精の目線が上がりました。同時に思い出します。自分が透明な板にかこまれたカゴの中に閉じ込められていたことに。
オレンジの女の子が目と鼻の先までやってきて、視線が合います。
(シュワシュワする、サイダーアメみたいな、きれいな瞳……)
間近に見える女の子の青い瞳をじっと見て、妖精はそんな感想を抱きました。
すると、女の子がじっと目を細めました。ああ、せっかくアメ玉みたいだったのに、妖精が心の中で残念がると、
――だいじょうぶ。すぐにそこから出してあげる。
(……!)
ふと、そんなふうに言われたような気がしたのです。
「すごーい! ホンモノの妖精だー!」
女の子が声をあげました。そばにいるオトコたちにとっては、ふつうによろこんでいるように見えるでしょう。
けれど妖精の耳にはわかります。女の子の言葉に感情がこもっていないことが。いえ、妖精が見られたことをよろこんでいるのは本気なのですが、わざとらしさを感じるのです。
「ふふっ。すごいだろう。……と言いたいところだけど、そうも言っていられない。この子は、町の中に迷いこんでいたのを、保護したんだ」
オトコは、やさしいようで自慢げな様子で言いました。
目しか動かせない妖精は、心の中で悔しそうに歯をかみしめました。
(……保護なんて、よく言うよ! 逃げようとしたわたしを捕まえて、魔法までかけたくせに!)
「へえー、そうなんだ。すごいですね……」
女の子が感心したフリで声をあげると、
「エミルー、もういいだろ。こいつらのしゃべり方、気持ち悪いよ」
そのうしろから、いらだったような声が聞こえてきました。
妖精の胸は、びくっとしました。女の子と似た声なのに、感じるこわさが段ちがいです。
けれどこれは、自分を捕まえたニンゲンのような、心が邪悪なこわさではありません。どう猛な野性のケモノを見たときに感じるものに近いこわさでした。
おそろしい声の主は、女の子のそばまで歩み寄ってきました。それは髪と瞳の色こそちがいますが、うりふたつの顔をしています。そんな彼女が、威圧的な口調で言いました。
「その妖精、さっさとこっちによこせ、悪党ども」
ふしぎなことに、そのたったひとことで、おそろしさが一瞬のうちにたのもしさに変わり、妖精の心に希望の灯がともったのでした。
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