第1話 お菓子の国の妖精
ここはどこかの異空間にある、妖精国シュクレーヌ。
ふわふわなスポンジケーキの大地に、アメ細工の草花が生え、チョコレートの川が流れ、クッキーでできた道が伸び、中心にそびえる大樹には、カラフルでキラキラなこんぺいとうの実が生っている、そんなふしぎでステキな国……
……のはずだったのですが。
いまはすっかり大地はかわき、草木はしおれ、川は干上がり、大樹も実をつけることなく、枯れ木のように朽ちかけていました。
『うむむむ……このままでは、この国は滅んでしまう……!』
死にかけの大樹のふもとでは、りっぱな白ひげをたくわえ、スナック状の杖をついた老人の妖精がなげいていました。彼はこの国で、いちばん長生きな長老です。
『長老さま! ぼくたちはどうなってしまうのですか?』『わたしたちもいっしょに、滅んじゃうの?』
そのまわりには、住民である妖精たちが集まり、そろって不安げな表情を浮かべていました。それに対して長老は何も答えられず、うむむと困惑するばかりです。
『おだまりなさい! アンタたち!』
すると、暗いムードを切り裂くように、ハキハキとした声が響き渡りました。
現れたのは、人間の女性と変わらない姿の妖精。ひときわ大きな羽と、濃いめのピンク色のツインテール、その上に乗ったアメ細工のティアラが特徴的です。
『じょ、女王さま!』
妖精たちは振り向いて、いっせいに声をあげました。彼女が姿を現すことはめったにないので、みんな驚いている様子です。
彼らがわいわいとさわぐ中、女王と呼ばれた女性は、つかつかと大樹のふもと――長老のもとまで歩いていきます。
『おお……あなたさまがわざわざおいでなさるとは。もしや、この国を救う手立てが見つかったのですか!?』
長老は、自分よりはるかに背の高い女王を見上げて言いました。フサフサのまっ白なまゆ毛に隠れて見えませんが、そのまなざしは期待に熱くきらめいています。
『まあね。みんな、聞きなさい! ついさっき、アタシのアメ玉占いに、この国を救う方法が出た!』
女王が宣言すると、妖精たちはいっせいに、おおっと歓声をあげました。
『よろこぶのはまだ早い! ただし、その方法には大きな危険がともなうわ。正直、うまくいくかもわからない。けれどアタシたちには、もうやるしかない! そうしなきゃ、この国もアタシたちも、みんなおしまいよ!』
つづく女王の宣言に、妖精たちはうってかわって、おとなしくなってしまいました。
『大きな危険……?』『なんだかこわい……』
見かねた長老がたずねます。
『して、その方法とは、いったい何でございますかな?』
『ニンゲンの力を借りるのよ』
さらなる女王の宣言に、妖精たちは今度は大きくどよめきました。
『ニンゲンだって!?』『そんな! なんだって、あんなおそろしいヤツらに……』『わたしたちをつかまえて、見世物にしたりするような連中よ!』
どうやらこの国の妖精たちは、ニンゲンに対する不信感……いえ、忌避感が極端に強いようです。だからこそ、ニンゲンに近い姿をしている女王は、ふだんみんなの前にあまり姿を現さないのです。
『だから、おだまりなさい! ……アンタたちがそう言いたい気持ちもわかる! アタシたちは過去にニンゲンたちから迫害されたからこそ、こうして妖精たちだけの楽園を作りあげたのだから!』
妖精たちは、しーんと静まり返りました。
『でもね、今回のことはアタシたちだけの力じゃ、どうにもなんないのも事実! だったらもう、外の世界に助けを求めるしかないの! ニンゲンの中には、アタシたちよりアタシたちにくわしい連中だっているんだから、そいつらの知恵を借りるしかないのよ!』
『でも……』
それでも、妖精たちの忌避感をぬぐうには至りませんでした。女王も、それはわかっています。何しろ少女の姿をしていても、みんなより長く生きているのですから。
『……安心なさい。アメ玉占いは、助けを求めるべきニンゲンの名前も教えてくれたわ。かかわるのは、そいつひとりだけでいいってことよ』
妖精たちは、ふたたびどよめきます。
『その名前は……?』
妖精たちが息をのむなか、女王は一度目を閉じたあと、真剣な面持ちで答えました。
『"雨あがりの聖女"……いわゆるあだ名みたいだけど、まちがいないわ』
『雨あがり……? ヘンな名前』『あんまり、たよりにならなさそう……』『アメと雨で、相性バツグンってことじゃない?』
妖精たちは不安げですが、女王さまの占いは百発百中です。なんとかそちらへの信頼が勝ったらしく、とりあえずは納得してくれたようでした。
『では、その雨あがりの聖女を、外の世界から連れてくるというわけですね?』
『ええ、そうよ。そして、ここからが本題。彼女をここに連れてくるには、だれかが案内に行ってやらないといけないわ』
妖精たちは、また静まり返ります。
女王が最初に言った、"大きな危険"……その意味を理解できたからです。
だれかが外の世界へ行って、雨あがりの聖女へのメッセンジャーにならなければならない、ということを。
『お……オマエ行けよ!』『い、いやだよ!』『アナタが行きなさいよ!』
すると妖精たちはいっせいに、羽をばたつかせ指を差し合います。
外の世界はニンゲンの世界。ニンゲンぎらいの妖精たちは、みんな行きたくなんてありません。みにくい押し付け合いがはじまってしまいました。
『だーかーら! おだまりなさいっ!』
女王がピシャリとどなると、妖精たちはピタリと動きを止めました。
『外の世界へ行くコは、アタシが選ぶ! だれにも文句は言わせない!』
なんとも横暴な提案に思えますが、妖精たちは納得するしかありませんでした。
なにしろ彼女は女王……国の妖精の中でいちばん強い力を持ち、適性を見る目もだれよりすぐれているのです。だからこそ、彼女の選択にまちがいはないと信じられるのでした。
同時に、自分が選ばれませんようにと、心の中で祈りもささげていましたけれど。
そして、女王が指名したのは……
『……そこの、まっしろなコ。アナタにお願いするわ』
いちばんすみっこで、みんなの後ろに隠れるように立っていた、気弱そうに小さく羽をたたんでいる妖精の女の子でした。
頭の上のリボンから髪の毛、肌や目の色、着ている服まで全身まっしろで、どこか存在感が薄い子。だからこそ、どうして自分なんかが選ばれたのか理解できず、とまどっているようでした。
『あ、あの、どうして、わたしが……』
『アタシのカンがそう言ってるから』
『そ、そんなぁ……』
妖精は人型をしていても、野生動物なみに感覚派の生きものなのです。
『それにアンタ、10年くらい前に外の世界へ出たことあるでしょ? その点でも、ほかのコたちよりは適任よ』
女王の言葉に、まっしろな妖精はびくっとしました。まっしろな顔が、まっさおになっていきます。
たしかにそのとおり、まっしろな妖精は10年前、ほかの妖精国の友だちといっしょに外の世界――人間界を訪れたことがありました。
けれど、そのとき、とてもおそろしい体験をしてしまったのです。
ニンゲンたちに捕らえられ、目の前で友だちの羽をむしられ、さらに、その友だちを見捨てて、ひとりおめおめと逃げ帰ってしまったのです。その後、友だちがどうなったのかはわかりません。
『い……いやです……もう、外の世界は……』
いまでも、毎日のように悪夢にうなされます。起きているのに、そのときのことを思い出してしまった妖精は、うずくまって震えだしました。
女王ももちろん、まっしろな妖精の過去を知っています。だからこそ歩み寄ってひざをつき、彼女を見つめながら、さとすように言いました。
『これはね、この国を救うためでもあるけれど、なによりアンタのためでもあるの。アメ玉占いは言った。雨あがりの聖女が、小さな妖精とこの国を救うだろうってね。アタシはそれを、この国だけじゃなく、アンタの心も救ってくれると解釈した。だから、アンタは行くべきよ。ほかならぬ、アンタ自身のためにね』
まっしろな妖精は震えを止めて、ゆっくりと顔をあげました。
『ほんとう……ですか……?』
『ホントホント。アタシがいままで、ウソ言ったことある?』
『かなりあると思いますけど……この前だって、ケーキをつまみ食いしたのを、ほかの子に押しつけてましたし』
『そ、それはそれ、これはこれよっ! さすがにマジなトキは、ウソつかない!』
女王は必死な顔で両手をぶんぶん振りました。威厳も何もあったものじゃありません。
それがおかしかったのか、まっしろな妖精は小さくほほえみました。
『……わかりました。すっごくこわいけど……わたし、行きます』
そして、メッセンジャーになる決心をしたのでした。
『え? あのコ、ホントに行くの?』『だいじょうぶかなあ……』『女王さまが決めたなら……』『でも、やっぱり不安だよ!』
妖精たちは、またどよめきだします。そう思うのもムリはありません。
まっしろな妖精は過去のトラウマのせいで、仲間内ではすっかり落ちこぼれてしまったのですから。そんなコに大任を任せられないと思っているのです。
そんな視線を向けられて、まっしろな妖精はまたびくびくしてしまいました。
見かねた女王は羽をピーンとひろげて、威圧感を放ちながらどなります。
『何度も言わせるな! おだまりなさい! じゃあアンタたち、アタシが行けって言ったら、外の世界へ行ってくれるの!?』
妖精たちは、また静まり返りました。
『せっかくこのコが勇気を出して行くって言ってくれたのに、はげましの言葉ひとつかけられないわけ!?』
女王は知っています。この国の妖精たちは、本来そんな薄情なコたちなんかじゃないということを。ただ、国が滅びかけていることで、心まですさんでしまっているからです。だからこそ女王はこんな状況を早く何とかしたくて、何日も何日も体に負担のかかるアメ玉占いをくり返したのですから。
しかし、ゲキを飛ばされても、妖精たちはだまりこんだままでした。
女王はあきらめたようにため息をついて、まっしろな妖精に向き直ります。
『だいじょうぶ。アタシはちゃんとわかってるから。アンタがやればできるコなんだって。ほかのだれもが信じてくれなくても、アタシだけはアンタを信じてる。だから……行っておいで』
女王の真剣なまなざしにあてられて、まっしろな妖精も表情を引きしめました。
尊敬する女王さまが、ここまで自分を信じてくれている。それが彼女の小さな勇気の灯をともしたのです。
『……はい。わたし……がんばって……みます』
こうして、まっしろな妖精は異空間のトンネルを通って、10年以上ぶりに外の世界へと飛び出しました。
はたして彼女は、雨あがりの聖女に無事出会えるのでしょうか……?
お読みいただき、ありがとうございました。
しばらくは毎日12時、21時の一日二回更新となります。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




