第47話 雪と氷の女王さま
姉妹は、開け放たれた豪華な扉の先――謁見の間へと足を踏み入れました。
天井から差し込む陽の光が、部屋じゅうの青白い氷に反射して、なんとも幻想的で神秘的な雰囲気をかもしだしています。
そして、部屋の最奥――氷の玉座の上では、一人の女性が座っていました。
氷のティアラを乗せた、床まで垂れた長い銀髪。冷気をはらんだ青い瞳。雪のように白い肌。そして、水晶のように美しいドレスに、長いステッキ……
絵にも描けない美しさとは、このことか。
エミルはそんな感想を抱き、思わず見とれていました。
それはきっと、エイル以外の全員も同じでしょう。
彼女こそが雪と氷の女王である――ひと目見ただけで、そう思わせるほどの神々しさがありました。
『……よく来ましたね、人間の少女たち』
女王は口を開きました。
聞いているだけで、うっとりするほどの美しい声です。
エミルはごくりと息をのみ、緊張した面持ちで一歩前に出ると、ひざまずいて、ぺこりと頭を下げました。
「はじめまして、雪の妖精界の女王さま。わたしは魔法つかいのエミル・スターリングと申します。こちらは姉のエイルと、パートナーのドラゴン・シロンと、妖精のシュガーです」
エミルが紹介すると、エイルたちもそれにならうように頭を下げました。
「それから、こちらが……」
エミルが続けて、スノーベルを紹介しようとした、そのときでした。
『その者の紹介は不要です。彼女のことは、とてもよく知っていますので』
女王がさえぎるように言いました。
その声はおだやかながらも、雪と氷の世界にふさわしい冷たさを感じさせるものでした。
雪の妖精であるスノーベルですら、びくっと肩を震わせるほどです。
いえ、雪の妖精だからこそ、でしょうか。
『……おひさしぶりです、女王さま』
スノーベルはうつむきながら、おそるおそる口を開きました。
『……ええ。よく戻ってこられましたね』
女王のひとことには、あきらかに含みが感じられました。
『貴女がこの"シュネージア"を出て、早10年……。てっきり、どこかでのたれ死んだものかと思いました』
『は、はあ……』
女王があまりにもこわいことを言うので、スノーベルだけでなく、エイル以外の全員も思わず震えあがりました。
『……まあ、それに近い状態には……なってました……』
スノーベルが目をそらしながら言うと、シュガーの胸がちくりと痛くなりました。
なにしろ、その件にはシュガーもかかわっていましたから。
『さて、まずは何をおいても、貴女がこれまで何をしていたのか聞きたいわ。話してもらえるかしら?』
女王にたずねられると、スノーベルはいっそう表情をくもらせました。
『……そんなことしなくても、直接私の記憶をのぞけばいいじゃないですか……』
へえ、妖精の女王さまって、そういうことができるんだ。エミルは感心しました。
『私は、貴女の口から聞きたいのです。話してくれますね?』
その口調は、どこかイジワルさをはらんでいるように、エミルとシュガーには感じられました。もちろん、口には出しませんけれど。
スノーベルは観念して、外界に出てからの10年間を話しはじめようとする前に……
「シュガー、ちょっとだけ席を外してくれる?」
エミルが提案しました。
スノーベルのこれまでのことを話すということは、彼女が犯した大きな罪についても話すということです。それを友だちであるシュガーに聞かせるのは、酷なことだと思ったのです。
シュガーもそれをわかっていて、こくりとうなずき、一時的に謁見の間から出ようとしますが……
『待って。シュガーも、ここにいて』
スノーベルが呼び止めたので、シュガーも空中で立ち止まりました。
『スノーベル……?』
『アナタにも、聞いてもらいたいの。私がこれまで、どうして、何をしてきたか……いまさら、仲間はずれになんて、されたくないでしょ?』
スノーベルは、冷や汗をかきながらほほえみました。まるで、覚悟を決めたかのように。
『……わかった』
シュガーも、その覚悟に応えるように、エミルのとなりへ戻ってくるのでした。
エミルも、スノーベルの覚悟を甘く見ていたことをもうしわけなく思い、苦笑いを浮かべます。
そして、スノーベルは話をはじめました。
人間にとっては長く、妖精にとっては短い、10年間の物語を。
『……!』
スノーベルの、告白にも似た話を聞き……シュガーは口をおおい、言葉を失っていました。
10年前……人間界でシュガーをかばって羽をもがれたスノーベルが、そのあと命を助けられたかわりに、数日前まで王都で騒動を起こしていた"凶星の魔女"なる悪者の手先となり、スパイとして王国の情報を盗んだあげく、王女の抹殺に加担しようとしていたこと……
聞くんじゃなかった……そう思わなかったというと、ウソになります。
それだけ、シュガーにとっては信じがたい話だったのです。
エミルとシロンも、エイルすらも、ぎゅっと険しい顔をして聞いていました。
けれど、おどろいてはいません。
なぜなら……"凶星の魔女"を倒し、一連の事件を解決したのは、この姉妹なのですから。
『……なるほど。とてもよくわかりました』
話を聞き終わると、女王は目をつぶり、なにかを考えこみはじめました。
いっぽう、話し終わったスノーベルは、汗びっしょりで、すっかり疲れ切っている様子でした。
エミルとシロンとシュガーは、重い表情のまま、女王の次の発言を待っていました。
そして――
カアン!
するどい音が響き、エイル以外はびくっと身を震わせます。
女王がその場で、床に杖をついたのです。
女王はゆっくりと立ち上がると、杖の先をスノーベルへ向けました。
『……なんという、愚かなことをしたものですね。人間界の国を脅威にさらしたばかりか、あげくにその王女の命まで奪おうとしたとは』
その声には、あきらかな怒気と……強い威圧感がこめられていました。
見かねたエミルは、反射的に立ち上がって叫びます。
「ま……待ってください! スノーベルの罪は、みんなゆるしてくれています! つぐないの機会も与えてくれています! だから……」
『おだまりなさい!』
女王の冷たい視線が、エミルに突き刺さりました。
それは精神的なものだけでなく、物理的にエミルの体まで固まらせるほどの威圧でした。
『人間界の者がゆるしても、これは我々妖精の問題。口出しは無用です』
そして、つきつけられた女王の杖の先端に、とがったつららが生まれました。
これからなにが起きるのか……誰の目にもあきらかでした。
けれど、女王の眼光にあてられて、抵抗することもできません。
『雪の妖精。貴女には心の底から失望しました。転生し、悔い改めなさい!』
女王のつららが、まっすぐスノーベルに向かって放たれました。
スノーベルは観念したように目をつぶり、それを受け入れようとします。
胸の中を、さまざまな思い出が駆け巡りました。
この雪の妖精界に生まれ、高い才覚をもって女王候補に選ばれたこと。
しかし、その才覚ゆえに、雪の世界のいろどりのなさをものたりなく感じ、外界へ出るようになったこと。
お菓子の国シュクレーヌで、シュガーと出会い、友だちとなったこと。
そのシュガーと人間界をおとずれた結果、人間に捕まり、羽をむしられたこと。
命からがら人間界を脱出し、凶星の魔女に命を救われたこと。
その魔女の命令で、アストリア王宮にスパイとしてもぐりこむ過程で、王女のパートナーとなったこと。
数日前の"王族の試練"において、王女を裏切り、彼女を抹殺しようとしたこと。
そして、すべてが失敗に終わり、絶望の中で自分のすべてをあきらめようとしたところ、王女たちにその罪をゆるされたこと……
(いやだ……私はまだ、終わりたくない……!)
スノーベルは強く願い、涙をあふれさせました。
まだ、自分が犯した罪のつぐないをし終えていない。
王女といっしょに、王国をよくしていきたい。
なにより……仲間たちと、もっともっと、いろんなことをしたい!
ガキィーン!
パラパラパラ……
すると、なにかが割れたようなするどい音と、それが床に落ちたような音が響きました。
スノーベルは、おそるおそる目を開きます。
目の前にあるのは、するどいつらら……ではありませんでした。
『エイル……?』
そこにあったのは、エイルの剣でした。
つららがスノーベルに届くすんでのところで、エイルがたたき割ったのです。
『……人間の少女よ、どういうつもりですか?』
女王が、険しい顔でたずねました。
「話がむずかしくってよくわかんなかったけどさ、友だちが殺されそうになったんなら、止めるだろ」
エイルは、まったく悪びれない様子で、きっぱりと言いました。
『っ……!』
スノーベルは、感極まって涙をあふれさせました。
(お姉ちゃん、かっこいい!)
エミルとシロンは、キラキラと尊敬のまなざしを送っていました。
お読みいただき、ありがとうございました。
スノーベルの過去については、前作にあたる「王女の試練と凶星の魔女」にてくわしく語られています。よろしければ、こちらもごらんください。
https://ncode.syosetu.com/n9597mf/
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