第46話 氷の城
「それいけ、シロ! 全速力だ!」
『ワオーン!』
びしっと指を突き差すエイルの命令で、シロは前方に立ちはだかる雪と氷の巨人――【スノーギガス】と【アイスゴーレム】めがけて、さらにスピードを上げてつっこんでいきます。
『ちょっ……アナタ、なに考えてるの!?』
スノーベルはギョッとしました。
いくらなんでも、無策で正面からつっこもうだなんて、無謀にもほどがあります。そのうえ、自分たちまでそれにつき合わされるなんて、ごめんだからです。
案の定、巨人たちは接近するシロをたたきつぶそうと、こぶしを振り上げるのでした。
『ひゃああっ!』
シュガーはエミルの肩の上で、おびえてかがみこみます。
そのエミルだけは、たったひとり、エイルの判断を信じた熱いまなざしを送っていました。
そして、巨人たちのこぶしが振り下ろされようとした、その瞬間!
「跳べっ!」
『ワオーン!』
なんと、シロはトップスピードに乗ったまま、大ジャンプ!
二体の巨人を、ハードル走のようにあっさり飛び越えてしまいました。
ズズーン!
標的を失ったこぶしは雪の地面にめりこみ、重い音を立てました。
シロの姿を見失った巨人たちは、ふたつの目だけの顔をキョロキョロと動かしています。
そしてシロは、雪の上にシュタッと着地。背後の巨人たちを置き去りにしてしまいました。
『……』
スノーベルとシュガーは、ぽかーんと口を開けていました。
てっきり正面から戦うと思っていた巨人たちを無視するなんて、完全に予想外だったのです。
「あんなやつら、相手にするだけムダだもんね。よくやったぞ、シロ」
エイルがねぎらいの言葉とともに頭をなでると、シロはうれしそうに『ワン!』と鳴きました。
スノーベルは一拍置いて、たしかにそのとおりだと納得しました。
なにもムリして、敵と戦う必要なんてないのです。ちょっと気持ちがたかぶっていたためか、そんな簡単なことを忘れていました。
『で、でも……似たような反応が、この先いくつも感じられます……!』
感知能力にすぐれるシュガーが、番人があれだけではないことを教えてくれました。
それは、スノーベルも感じていた……いえ、知っていることでした。
「問題ないよ。ぜんぶよけきってやる!」
エイルは不敵に笑って、シロを走らせつづけます。
その後も、妖精たちの感知したとおり、無数のスノーギガスやアイスゴーレムが通せんぼをしてきます。
しかし、シロはまるで障害物競走のように、それらをことごとくよけて進んでいきます。
『うそ……』
スノーベルは、またまた驚愕しました。
女王の番人たちの手ごわさは、住人であり、次期女王候補でもある彼女にとってはよく知るところです。
だからこそ、それをこうもたやすくかわしてしまうシロの速さと俊敏性に、おおいにおどろいているのです。
『いいぞー! シロー! いけいけー!』
さっきまでビビり散らかしていたはずのシロンも、エミルのローブの中からノリノリで声援を送っています。
シロもそれに応えるように、どんどん動きのリズムを上げていきます。
そのスピードについていけず、シュガーはあわあわしていました。
そして――番人地帯を突破し、姉妹の目の前に見えたのは――
「わあ……」
それはそれは美しい、すべてが青白い氷で作られたお城でした。
太陽の光を受けた氷の壁はキラキラと輝き、まるで巨大な宝石のようです。
エミルも、感激に瞳をキラめかせます。
シロンもシュガーも、言葉を失っていました。
『……』
スノーベルは顔をしかめて、別の意味で言葉を失っているようですけれど。
「よーし、シロ、ここまででいいぞ。おつかれさま」
『ワンッ!』
全員が背中から降りると、エイルはシロを指輪の中に戻しました。
そして、目の前にそびえる氷の城を見上げます。
「すごいなあ。王都のお城より、ずっときれいだ」
「そういうこと言うと、またアルティナに怒られるよ。それに、アストリアのはお城じゃなくて、王宮」
『アルティナ?』
姉妹のやりとりから聞き慣れない名前が出てきたことに、シュガーが首をかしげました。
「わたしたちの友だちだよ。スノーベルのほんとうのパートナーでもある」
『え? そうなんですか?』
シュガーがハッとおどろくと、スノーベルの表情はますます曇っていきました。まるで、これ以上は触れないでほしいと言わんばかりに。
それを察したのか、エミルも氷の城をながめながら言います。
「……それはともかく、これからどうしようか?」
「そんなの、おじゃましまーすって言って、入って行けばいいじゃん」
『いいわけないでしょ! ここは女王さまのおわすお城なのよ! 私にまかせなさい!』
スノーベルはひとつせき払いをすると、すいーっとお城の大きな扉の前まで飛んでいきました。
そして、大きく深呼吸をしたのち……キリッと覚悟を決めた顔で、叫ぶのです。
『……女王さま! 私です! このたびはおねがいがあってまいりました! 手みやげも持参しておりますので、どうか扉をお開けください!』
ギギギ……
すると、大きな扉が重い音を立てて開きはじめました。
そして完全に開け放たれると、これまた氷だけで作られた城内があらわとなります。
スノーベルは神妙な面持ちで、姉妹に振り返りました。
『……とりあえず、客人とは認められたみたい。でも、くれぐれも言動と行動はつつしんでね』
エミルとシロン、シュガーは、ごくりと息をのんでうなずきました。
「……わかった。お姉ちゃんも、気をつけてね」
「まかせろ」
どうにも不安な返事だ、とスノーベルは思いました。
けれど、エイルはかわいい妹エミルの言いつけはちゃんと守る傾向があるので、とりあえず信用することにしました。
こうして姉妹たちは、雪の女王の氷の居城に足を踏み入れたのです。
☆ ☆ ☆
姉妹はスノーベルの先導で、氷の城の中を進みます。
「おお、氷でできた床なのに、ぜんぜんすべらない! それに、鏡みたいにぴっかぴか!」
エイルは足もとを踏み鳴らしながら、興奮しどおしでした。
『ちょっと! 行動はつつしんでって言ったでしょ!』
その奔放さに、スノーベルはおかんむりです。
「なんだよー、べつにさわいでるわけじゃないからいいだろー?」
エイルは口をすぼめて文句をたれました。
(まったく、コイツは……)
スノーベルは心の底からあきれながら、ギリギリと歯をかみしめました。
「スノーベル、ちょっと神経質になりすぎじゃない?」
エミルが、それをなだめようとします。
『神経質にもなるわよ。女王さまは大のきれい好きなの。床もカベも、汚したりキズつけたりしないようにね』
『あー、そういうの、なんていうんだっけ。げっぺいしょー?』
『潔癖症、だよ、シロン』
シュガーが教えてくれました。
『ったく、ホントにのんきなんだから……』
スノーベルは頭をかかえました。
そうしているうちに、姉妹たちはまた大きな扉の前に立ちました。
やっぱり青白い氷だけでできていますが、そこには豪華そうな模様が彫られており、見るからにりっぱな扉です。
エミルは、アストリアの王宮で見た扉を思い浮かべました。
『ここが、女王さまのおわす謁見の間。……あらためて聞くけど、みんな、覚悟はいいわね?』
スノーベルがたずねると、みんな無言でうなずきました。
だれもが感じているのです。この扉の奥にいるものの強大さを。
『それじゃ……行くわよっ!』
スノーベルが意を決して小さな手を触れると、重厚な扉がゆっくりと開きはじめるのでした……
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