第44話 スイートポテトみたいな気持ち
※雪と氷の妖精界の名前を"ネージュリア"から"シュネージア"に変更しました
「わたしたち、“サムマイモ”をすこし分けてもらいたくて来たの」
『サムマイモを? いいけど、どうして?』
『人間界でも、サムマイモは評判なの?』
「う、ううん、そういうわけじゃないけど……」
いま人間界では、甘いものそのものが失われつつあることは言わないほうがいいな、とエミルは思いました。
『スイートポテトにして、女王さまへのおみやげにしようと思ってるんです』
『女王さまの!?』
シュガーがくわしく事情を話したとたん、村の妖精たちは一様にぎょっとしました。
「ど、どうしたの?」
『女王さまは、この“シュネージア”でいちばんきびしくて、こわいお方なんだ』
『そうそう! すすんで会いに行きたい子なんて、いやしないわよ!』
「『ええ〜っ……』」
姉妹たちは、いっせいに引いた声をあげました。
雪と氷の世界の妖精の女王……住人がここまでおびえるほどとは、スノーベルから聞いていた以上に、おっかなそうです。
『むかしは、あそこまでこわくはなかったんだけどなあ』
『たしか、いちばんの次期女王候補が無断で人間界に行って、行方不明になってから、いっそうきびしくなったんじゃなかったかしら?』
エミルとシュガーは、その言葉が妙に気にかかりました。
ふたりで顔を見合わせてうなずくと、妖精たちにもうひとつたずねます。
「ねえ、その女王候補がいなくなったのって、どれくらい前のことなの?」
『んー、よくおぼえてないや』
『たしか、ちょっと前のことだったと思うけど』
ちょっと前……妖精たちの長い寿命に当てはめて考えると、人間基準でどれだけの時間がたったのかわかったものではありません。
『でも、あの子、よく無断で外の世界に行ってたもんねえ』
『とくに、お菓子の国によく行ってたみたい。そこで友だちができたとか言ってたような気がするー』
「『……!』」
お菓子の国の友だち……
そのキーワードで、エミルとシュガーは、行方不明になった女王候補の正体にたどりついたのでした。
「え、どうしたの、エミル?」
『ふたりだけで、なにびっくりしてるのー!』
のんきなエイルとシロンは、もちろん気がついていないようです。
ですが、いまはそれより、女王さまへのおみやげです。
「きゅうにおかしなこと聞いちゃって、ごめんなさい。それで、サムマイモなんだけど、分けてもらえるかな?」
『それはいいけど、かわりになにかほしいな』
「なにか、か……」
まあ、対価を求められるのは自然なことではありますが、あいにく、いまの姉妹は交換材料になるものをなにも持ってはいません。
「……あ、そうだ。わたしのマナはどうかな?」
シロクマ妖精たちから魚を分けてもらったときと同じ提案をしたエミルに、エイルとシロンは顔をしかめました。
かわいい妹、大好きな相棒の生命エネルギーを、ほかのだれかに持っていかれるなんて、がまんならないのでしょう。
『人間のマナ!?』
『ホントにいいの!?』
妖精たちは、いっせいにエミルに詰め寄ってきました。
シロクマ妖精たちと同じく、やっぱり人間のマナは大人気のようです。
「う、うん……いいよ」
エミルは引きぎみになりながらも、こころよく承諾しました。
「ちょっとエミル! 妖精、こんなにいっぱいいるんだよ! みんなに分けたら、干からびちゃうよ!」
『そうそう! マナがなくなるって、すっごくきついんだよ!』
エイルとシロンが、エミルを大切に思うあまり、必死に止めようとします。
「ああ、わかった! じゃあ今回は、私のマナを分けてやる! だから、この村のサムマイモ、ぜんぶよこせ!」
するとエイルが、ぎゅっとアームガードを引っぱりながら、鼻息荒く宣言しました。
『いいよ!』『交渉成立!』『もってけドロボー!』
妖精たちもノリノリで快諾し……こうして姉妹は、エイルのマナと引き換えに、大量のサムマイモを手に入れることができたのでした。
☆ ☆ ☆
「ほー、これがサムマイモ。水色のイモなんて、はじめて見るよ。ひんやりしてて、気持ちいい〜」
エイルは、クリアブルーに輝くサムマイモを太陽に透かすようにかざしながら、感心していました。
何十体もの妖精にマナを分け与えたにもかかわらず、まったくそれを感じさせないほど元気そうです。
エミルとシロンからすれば慣れたものですが、シュガーは目を丸くして、かたまっていました。
『たくさんマナをもらったお礼に、わたしたちのほうでスイートポテトも作ってあげますね』
料理が得意な妖精たちが申し出てくれたので、姉妹はお言葉に甘えることにしました。
そうして完成を待つあいだ、エミルは人目につかない開けた場所で、指輪からスノーベルを呼び出し、話を切り出します。
「ねえ、スノーベル。あの妖精さんたちが言ってた、行方不明の女王候補って……」
スノーベルは観念したように、ためいきをつきました。
前の冒険でエミルたちと出会ってから、はたして何度目でしょうか。
『……そう、私のこと。まったく、ほんっとにムダにカンがいいんだから』
「ほめ言葉と受け取っておくよ。じゃあ、ここに来てずっと様子がヘンだったのは、女王さまに会いづらくて、バツが悪かったからなんだね」
『……まあ、そんなところよ』
エミルの前で隠しごとは無意味だと悟ったのか、スノーベルはもう強がりませんでした。
『スノーベルが次期女王さまの候補だったなんて……わたしも、はじめて聞いたよ?』
シュガーもおどろいていました。
まさか、ただのよその妖精界出身の子だと思っていた友だちが、そんな高い身分の存在だっただなんて。
『べつに、そんなたいそうな身分じゃないわよ。ただ私が、ほかの子よりずっとできたってだけ!』
くちびるをとがらせながら話すスノーベルの口調は、いっぽうでどこかとくいげでした。
それがなんだかおかしくって、エミルとシュガーは、わずかに口もとをゆるませます。
「でも、なんだって無断で外界になんか……」
『そうだよ。そういうのは、国の王様に許可を取らなくっちゃいけないんでしょ? むやみに空間の穴を開けると、世界が壊れちゃうかもしれないからって……』
『む……』
ふたりに詰め寄られて、スノーベルは顔をそらしました。
『……退屈、だったからよ』
「たいくつ?」
『だって、ごらんなさいよ、この妖精界を。一面、雪と氷の白、白、白! いろどりなんて、ありゃしない!』
「わたしは好きだけどね、白」
『わたしも』
『そういう問題じゃないっ! ……ったく……とにかく、私はもっとカラフルな世界が見たかった! だから無断外出をくりかえしてたってわけ! 悪い!?』
スノーベルは腕を組んで、ぷいっとそっぽを向くのでした。
いや、無断外出は悪いでしょ……とエミルとシュガーは心の中でツッコみますが、自分たちにもおぼえのあることなので、口には出しませんでした。
「気持ちはわからなくもないけど……やっぱり無断はまずいよ……」
『あの女王さまは、許可なんて出してくれないわよ! ほかの子たちならいざ知らず、なにしろ私は貴重な次期女王筆頭だったんですからね! ヘタに外界で危険な目にあっちゃ、たまらないもの!』
「……言いたくないけど、実際そのとおりの目にあってるじゃない……」
しかも、王都をおびやかすような悪いやつともつるんでたし……
そのことはシュガーに聞かせたくなかったので、エミルはのみこみました。
『うるさいわねえ! とにかく! これが私が挙動不審になってた理由のすべて! おわかりいただけたかしらっ!?』
『挙動不審って……』
かなりヤケクソなスノーベルの告白に、シュガーも苦笑いするしかありませんでした。
「おーい! エミルー! シュガー! スイートポテト、できたってー!」
そこに、シロンをともなったエイルの元気な声が響いてきました。
「もうできたんだ、早いね……」
エミルは、お姉さんの呼ぶほうを振り向き、おどろいたようにつぶやきました。
スノーベルは、そっぽを向いたまま、だまっています。まるで、スネた子どものようです。
そんな彼女に、エミルはほほえんで、ささやきました。
「……やっぱり、悪いことしたら、ちゃんとあやまったほうがいいよ。……前の冒険のとき、みたいにね」
スノーベルは、ぎゅっとつらそうに目を細めます。
今度は、シュガーがその手をにぎって言いました。
『わたしも、そうだった。10年間、スノーベルを見捨てて逃げたことを、ずっとあやまりたかった。それがやっとかなったとき、わたしはすごくうれしくて、すっきりした。ずっとモヤモヤした気持ちを抱えてたら、ずっと苦しみ続けることになっちゃう。だからわたしも、友だちとして、スノーベルにもすっきりしてほしい』
こちらをまっすぐに見つめる、まっしろな瞳に、スノーベルは胸を打たれた思いでした。
いつも、自分が引っぱってあげないといけなかった気弱な友だちが、今度は自分を引っぱろうとしてくれている――
それは、くやしくもあるけれど、それ以上にうれしいことでした。
だったら――それに応えられないと、カッコ悪いじゃないか。
だって、私は――
『……わかった。わかったわよ。堂々と、女王さまに会いに行きましょう。とってもおいしい、スイートポテトを持ってね!』
スノーベルはキリッと覚悟を決め、エミルとシュガーも笑顔を合わせるのでした。
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