第43話 またもあやしいスノーベル
『……! お、おいしい!』
生まれてはじめて焼き魚を口にしたシュガーは、ほほを赤らめ、思わず素直な感想をもらしました。
『でしょう? でも、王都のお魚はこんなものじゃないわよ』
スノーベルは、片手で魚の刺さった串をとくいげに振りながら言いました。
ちなみに、小さな妖精である彼女たちにとって、この焼き魚は自分たちの体よりも大きなものです。けれど、魔法のチカラがあれば、これくらいの大きさや重さのものなら、軽々とあつかえるのです。
『へえ、人間界のお魚って、そんなにおいしいのかい?』
シロクマ妖精たちも話に乗ってきました。彼らもたいがい、くいしんぼうのようです。
『それはもう! 次に来ることがあったら、おみやげに持ってきてあげるわ』
『ほんとうかい! 楽しみだなあ!』
スノーベルたちが話をはずませたり、姉妹が残りの魚をばくばく食べたりしているあいだに、シュガーは食べかけの焼き魚を見つめながら、考えていました。
『お魚はおいしいし、ほかの食べものよりマナが回復する感じがするけど……たしかに、エミルさんのマナにくらべれば、ものたりない気がする……』
『へえ、きみもちがいがわかる妖精なんだねえ』
『そ、そんなことは……』
シロクマ妖精にほめられて、シュガーは顔を赤くして、うつむきました。
『それはね、人間のマナに不純物が少ないからよ』
スノーベルが、またとくいげな顔で解説をはじめます。
『ふじゅんぶつ?』
『知っての通り、人間は私たちとちがって、魔法を使えない。マナを変質させたり、体外に放出したりするしくみを持たないの』
スノーベルは、魚の串を片手に持ったまま、さらに説明を続けます。
『さっきエミルがやったみたいに、直接体に触れたり、指輪――コネクタリングを通じてマナを与えることはできるけど、それは私たち魔法生物が、多かれ少なかれ相手のマナを吸収する性質を持っているからだわ』
『ふうん……』
『だから、純粋なかたちのままで、よけいなまじりものも極端に少なくて……うーん、なんて言えばいいのかしら……みずみずしくって、新鮮なのよ。人間のマナは。そのぶん、栄養もそこなわれることがないしね』
『そうなんだ……くわしいね、スノーベル』
『人間界の学校で、パートナーといっしょに教わったからね』
『パートナーといっしょに、かあ……』
『あなたも、これからはエミルにいろいろ聞いてみるといいわよ。あの子、魔法生物にけっこうくわしいし、せっかくパートナーになったんだから、ね』
『……うん、そうしてみるね』
シュガーは、エイルやシロンといっしょに、おいしそうに、楽しそうに焼き魚を食べているエミルの笑顔を見て、やわらかくほほえむのでした。
☆ ☆ ☆
『元気でね~』
『エミルちゃん、またマナとお魚、交換しようね~』
姉妹は、大きく手を振るシロクマ妖精たちと別れ、彼らから場所を聞いた妖精の村へと歩き出しました。
「いやあ、話してみれば、いいやつらだったなあ!」
おなかいっぱいになってご満悦の、先頭を歩くエイルが、声を弾ませました。
「うーん、最初からいい人たちだったと思うけど……」
『そうよ! アナタがいきなりぶしつけに、“食べものよこせ”とか言うから!』
苦笑いを浮かべるエミルの横から、スノーベルがガミガミとまくしたてました。
「うー、あれは悪かったよ。でも、あのコたちにもちゃんとあやまったし、もういいでしょ?」
『なら、もう二度とやらないように!』
スノーベルにこってりしかられて、エイルはめずらしく、しゅんとしてしまいました。
『……なんかベル、みょーにイライラしてない?』
スノーベルがやけに怒りっぽいのが気になったのか、シロンがいぶかしげにたずねました。
『べ……べつにそんなことはないわよっ! いつも通りだっての!』
『ほら、イライラしてるー』
『うるさいわよっ! おチビ!』
やがて、口げんかに発展しそうになります。
エミルは、かたわらのシュガーにたずねました。
「シュガーは、どう思う?」
『わたしも……スノーベルの様子はヘンだと思います。感じる雰囲気も、やけに荒々しいし……』
シュガーは、少しおどおどしながら答えました。
同じ妖精で、感知能力も高い彼女が言うのなら、まちがいないでしょう。
この世界に不時着してからずっと、スノーベルの様子がおかしかったことは、エミルも気づいていました。
よっぽど、この世界に戻りたくなかったとしか考えられません。もしかして、家出でもしたのでしょうか。
でも、前に進むためには、彼女の意志を考えている余裕はありません。
エミルはひとまず、スノーベルの気持ちを胸にしまいながら、ずんずん雪道を歩くエイルについていくのでした。
☆ ☆ ☆
「うわっはあ!」
村に着くなり、エイルは子どもみたいにはしゃいだ声をあげました。まだ16歳なので、じゅうぶん子どもなんですけれど。
なにしろ、村じゅうのすべての建物が雪で作られているのです。
もちろん妖精サイズなので、人間の姉妹からすれば小さいですが、まるで絵本の中に迷いこんだように幻想的な光景でした。
『うげっ……よりにもよって、ここだったのか……』
しかし、そんなすてきな村を見るなり、スノーベルは顔をしかめ、のけぞりました。
『エミル、悪いけど、私はいったん指輪に戻るわ。シュガー、あとはひとりでしっかりね!』
「『え、ええっ!?』」
エミルとシュガーがとまどう間もなく、スノーベルはエミルの左手の指輪の中に引っこんでしまいました。
『ベルってば、どうしたんだろ?』
「さあ……? そういえば、シロンは指輪に戻らなくっていいの? 寒いのきらいでしょ?」
『エミルのそばにいればあったかいから、いいー!』
シロンはそう言いながら、エミルに甘えるようにすり寄るのでした。
その姿を、シュガーは少しうらやましそうに見ていました。
『人間だ!』
『人間が来たぞー!』
姉妹の来訪に、妖精たちがぼちぼち騒ぎはじめました。
この村の妖精たちは警戒心が強く、こちらの出方をうかがったり、どうするかを話し合ったりしているようです。
「よし、シュガー、行けっ!」
『え、ええっ!?』
突然エイルに指名されて、シュガーはびっくり仰天です。
「そうだね。わたしたちはあなたたちの敵じゃないって、伝えてくれる? 同じ妖精のシュガーなら、話が通じやすいよ」
エミルは、姉のムチャ振りの意図をかみくだいて伝えてあげました。
『わ……わかりました。やってみます』
シュガーは両のこぶしをにぎりしめ、気合を入れました。
やる気を出してくれている。いい傾向だなと、エミルは心の中でほっとします。
『がんばれー!』
シロンも元気に声援を送ります。……エミルのローブの中から。
シュガーはすうっと深呼吸をすると、大きな声で叫びました。
『……あのっ! この人たちは、悪い人じゃありません! 安心してくださいっ!』
その声量に、村の妖精たちは思わず面食らって固まります。
けれど、数秒して我に返ると、ぼそぼそと話し合い……
『……わかった、信じるよ。ようこそ、人間さん。ぼくたちの村へ』
妖精たちは姉妹のことを信じてくれて、こころよく歓迎してくれるのでした。警戒するような冷たい視線も、もう感じられません。
「やったぞ、シュガー。おてがらだ!」
「うん、シュガーのおかげで、わたしたちのことをわかってもらえた! ありがとう!」
『かっこよかったよ、シュガー!』
姉妹はこぞって、シュガーへの素直な感謝を口にしました。
そのうれしそうな顔を見て、シュガーもまたうれしい気持ちになり、顔をほころばせるのでした。
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