第42話 シロクマと交渉
『ちょーっと待ったあーっ!』
姉妹と二体のシロクマ妖精が一触即発の雰囲気になっていたとき、スノーベルが超特急で割りこんできました。
『あれ? きみは、もしかして……』
『しーっ!』
口を開こうとしたシロクマを、スノーベルはさらに加速して制止しました。
それから、二体になにやらひそひそ話をしたあと、姉妹のもとへと飛んでいきます。
『エミル!』
「え? あ、はい」
スノーベルにあわてた様子で呼びかけられ、エミルはおっかなびっくり前に出ました。
「ご、ごめんなさい。あなたたちのお魚を奪いにきたわけじゃないんです。ただ、ちょっとお話を聞きたくて……」
そして、姉の不始末を弁解したのでした。
『なーんだ、そうだったんだ』
『てっきり、サカナドロボーかと思っちゃったよ』
シロクマたちは、ふたたび友好的な雰囲気に戻ってくれたようでした。
エミルがぐいっとひじを押し当てると、エイルも「ごめんなさい」と頭を下げました。
そして、ようやく追いついてきたシュガーとシロンも交えて、姉妹たちはシロクマたちから情報収集を開始します。
『そうかー、きみたちは人間界から来たのか~』
『人間を見るなんて、ずいぶんひさしぶりだね~』
シロクマたちも人間との交流は断っているようですが、警戒心はそれほど持っていないようでした。
さっきまで感じていた、ただならぬ緊張感も、すっかり消えています。
「わたしたち、"サムマイモ"っていうのを探してるんです。どこにあるか、知りませんか?」
『それなら、向こうのほうへずっと行った先にある、村の畑にいっぱい生えてるよ~』
シロクマの一体が、その方向を指差しました。
一面、白い雪に閉ざされた大地しか見えず、そこまで行くには、かなり歩かなければならないようです。
エミルがそう思ったとき――
ぐう~~~っ……
エイルのおなかの音が鳴りました。
さっきまで完全にお魚を食べる気でいたので、よけいにおなかがすいてしまったのでしょう。
見かねたシロクマが、串に刺さった焼き魚を手に取って、たずねました。
『これ、食べたい?』
「『食べたい!』」
シロンとそろって、即答でした。
エミル、シュガー、スノーベルは、そろって肩をすくめます。
まあ、たしかに村まで長い道のりになるのなら、ここで栄養補給をしておくべきかもしれません。エミルたちも、そう思い直しました。
『ほしいなら、分けてあげてもいいよ』
「え? ホントに??」
『ただし、ひとつ条件があるんだ』
「やるやる! なになに!」
『それは即答しないでちょうだい!』
スノーベルは、思わずツッコみました。
条件の内容もわからないうちに、二つ返事なんてしないでほしいものです。
『そっちの、オレンジの子の生命エネルギーを、すこしだけ分けてほしいんだ』
シロクマの一体は、エミルを指差して言いました。
「え~~~っ!」
さっきまでノリノリで即答していたエイルは、これ以上ないくらい、あからさまに不満の声をもらしました。
食べものの対価が必要なことは、奔放な彼女でもわかっています。ですが、それをかわいい妹のマナと引き換えにするとなれば、さすがに認めるわけにはいかないのでしょう。
「わたしはいいよ。ほんのすこしでいい?」
そんなお姉さんの思いとは裏腹に、エミルはあっさり即答しました。
『ほんとうかい!?』『やったあ!』
シロクマたちは、バンザイまでして、大きなよろこびをあらわにしました。
そ、そんなに?
エミルたちも、思わずぎょっとします。
『それじゃ、さっそくおねがいしていいかい?』
「ええ、どうぞ。順番にね」
エミルは、シロクマの差し出してきた頭に、そっと右手を触れました。
すると、エミルの体からオレンジ色のオーラが発せられ、それが右手を通じてシロクマへ送りこまれていきます。
これは、ふだん魔法を使うときと同じ、魔法生物へのマナの受け渡しです。
『あ~……やっぱり人間のマナは、格別だねえ~……』
シロクマは、とてもしあわせそうな顔をしていました。
その様子を見ながら、エイルはエミルのうしろで、ぷうっとほおをふくらませていました。
『次! 次はぼくね!』
もう一体のシロクマも、待ちきれないとばかりに急かしてきました。
「あわてないで、順番ね」
エミルはそう言って、二体目のシロクマにもマナを分け与えます。
「ふう……」
エミルの顔には、極寒の世界にもかかわらず、うっすらと汗が浮かんでいました。
二体の大きな魔法生物に、自分の生命エネルギーであるマナを分け与えたのです。それだけ、体力を使ったということなのでしょう。
「エミル、だいじょうぶ?」
エイルはうしろからエミルの両肩をささえ、心配そうにたずねました。
「だいじょうぶ。ちょっと疲れただけだから……」
エミルは、エイルを安心させようと、ほほえみながら答えます。
強がっているわけではありません。ほんの少し休めば回復する程度の疲れなのでしょう。
『きみ、ほんとうにありがとうね。お礼に、ここのお魚、ぜんぶ食べてかまわないよ』
マナをもらってご満悦のシロクマたちが言いました。
たき火のそばには、十本近くの焼き魚の串が突き刺さっています。
パチパチという小気味いい音とともに、こんがり焼けた魚から、おいしそうなにおいが立ちのぼっていました。
「わかった。それじゃ、お言葉に甘えて。エミル、ありがとうね。まずは食べて、元気回復だよ」
エイルはエミルをたき火近くの岩に座らせてやり、串の一本を引き抜いて、手渡しました。
本来なら、まっさきに自分ががっつくところです。
ですが、このお魚はエミルのおかげでもらえたもの。
だから、エミルがいちばんに食べるべきだということを、エイルはちゃんとわきまえているのです。
同じくいしんぼうのシロンも、それをわかっているのでしょう。ものほしそうな顔をしながらも、じっと見守っています。
「ありがとう、お姉ちゃん。シロクマさん、いただきます」
エミルはひとことことわると、こんがりと焼けた魚をひとかじり。
「ん~っ! おいしいっ!」
それからエミルは、ばくばくと夢中になって食べ進めました。
お魚はエミルの好物のひとつですが、ここまでのいきおいで食べるのは相当なものだと、彼女をよく知るエイルとシロンは思いました。
「そんなにおいしいんだ。じゃ、私も!」
『シロンもー!』
満を持してとばかりに、エイルとシロンも焼き魚を食べはじめます。
「『んまいっ!』」
ふたりはエミルを上回るスピードで、またたくまに焼き魚を骨に変えていきました。
食べ終わったそばから、二本目、三本目に手を出します。まったく遠慮がありません。ふたりにとってなにより大切なエミルがマナを分けてあげたからこそでしょう。
『ご、ごめんなさいね。せっかく、あなたたちがとったエモノを……』
スノーベルが、かわりにシロクマたちにあやまります。
横で浮かんでいるシュガーも、彼女にならって、あわててぺこりと頭を下げました。
『ううん、ぜんぜんかまわないよ』
『サカナはいつでもとれるけど、人間のマナはそうそう得られるものじゃないからね』
シロクマたちは、こころよくそう言ってくれました。
『ニンゲンのマナって、そんなにいいものなのかな?』
シュガーは、ふと疑問を口にしました。
いままで人間界には二度しかおとずれたことがなく、人間と深く関わったこともありません。だから、いまひとつ理解しがたいのです。
『それは、自分の体に聞いてみなさいよ』
スノーベルは、からかいまじりに答えます。
シュガーは、これまでのことを思い返してみました。
今回の冒険でエミルとパートナー契約を結び、いくつもの試練を乗り越えてきたことを。
『あ……たしかに』
いままでは、抱えていた不安と、生き残ることに必死で、気がつく余裕がありませんでした。
でも、たしかに魔法を使うためにエミルからマナを分けてもらうたび、胸の奥から全身へと、なにかが満たされていくような、ふしぎな感覚をおぼえていたのです。
それは、こんな気持ちを知ってしまったら、クセになってしまいそうなほどの、天にも昇るような幸福感でした。
『まあ、人間がみんな、そんな感覚を与えてくれるわけでもないけどね。エミルみたいな子は、めずらしいの。シロクマさんたちにも、それがわかったのね』
スノーベルは腕を組み、どこか誇らしげに、焼き魚をたいらげている姉妹たちを見ていました。
『さあ、私たちもいただきましょう。早くしないと、ぜんぶ食べられちゃうわよ』
『え? でも、わたしはべつに……』
いままで木の実やお菓子以外のものを、ほとんど口にしたことのないシュガーにとって、焼き魚は未知の食べものです。だから、しりごみしてしまっているようです。
そんな彼女の手を引いて、スノーベルはウインクして言いました。
『いいから、いいから。人間のマナに負けないくらい、クセになっちゃうわよっ!』
自分をひっぱってくれる親友の笑顔を見て、シュガーの好奇心が刺激されていくのでした。
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