第41話 雪と氷の妖精界の冒険
『ちょっとちょっと! 勝手にずんずん先に行かないで! "サムマイモ"のある場所もわかんないくせに!』
まっしろい雪原を進む姉妹を追いかけながら、スノーベルが叫びました。
エイルは足を止めず、くるりと振り返ります。
「んー、わかんなくはないよ。おいしそうなにおいのする方をめざしてるし」
『え!? こんななにもない雪原で、そんなにおいがするわけ!?』
スノーベルはびっくりして、のけぞりました。
いちおう故郷なので、この雪と氷の妖精界"シュネージア"のことは、自分がいちばんくわしいはずです。
なのに、雪原の中でそんなにおいを感じたことなんて、一度だってありません。妖精のほうが、人間よりも感覚だってすぐれているはずなのに!
『それならシロンもかんじてるよ! あっちのほう!』
シロンは、ビシッとその方向を指差しました。
スノーベルは目をこらしてみますが、とてもなにかあるようには見えません。
それでも、ほんとうになにかにおうというのでしょうか。くいしんぼうの嗅覚、おそるべしです。
『でも、たしかに……あの方角に、妖精の気配を感じるよ……』
シュガーも、エイルたちに同調するように言いました。
くやしいですが、シュガーの感知能力はスノーベルよりすぐれているのです。
そんな彼女が言うのですから、エイルたちの言っていることも、どうやら本当らしいと思えてきました。
『……まあ、たしかに、妖精がいるならそっちに行くのはいいかもね。話も聞けるし……』
スノーベルは、しぶしぶといった様子で賛成することにしたようでした。
『ってゆーか、ここベルのコキョーなんだよね? なのに、どこになにがあるかとか、わかんないの?』
シロンが半目になって、いぶかしむように言いました。
『あのねえ! 私がここに住んでたのは、もう10年以上も前のことなの! 妖精界っていうのは、それ自体が巨大なダンジョンみたいなもので、10年もあれば地形なんてめちゃくちゃ変わっちゃうのよ!』
スノーベルは、まくしたてるように反論しました。
シュガーは、ほんのり胸が痛くなりました。
彼女の故郷シュクレーヌも、かつては美しい楽園だったのに、あっというまに荒廃した大地へと変わってしまったのですから……
「じゃあ、ベルの道案内は役に立たないってことかあ」
エイルは、がっかりしたようにつぶやきました。
『なっ……バカにしないでくれる!? 地形が様変わりしたとはいえ、いちおうは故郷よ! 感知はともかく、知識面では役に立つわ!』
スノーベルはムキになって豪語しました。
どこかヤケクソになっている感じはいなめませんが、たしかに説得力はあるとエミルは思いました。
「それじゃ、また道案内お願いね。シュガーも、よろしく」
『は……はいっ! がんばりますっ!』
ご指名を受けたシュガーは、むん! と両手を握りしめました。
みずから張り切ろうとする彼女の姿を見て、成長したなあと、エミルはしみじみ感激するのでした。
☆ ☆ ☆
「おおっ!」
エイルは、興奮の声をあげました。
見ると……雪や氷のかたまりが流れる川のそばで、なんと二頭のシロクマが、たき火で魚を焼いているではありませんか。
「……」
この異様ともいえる光景に、エミルは言葉を失っていました。
だって、シロクマが、岩の上に座りこんで、たき火で、魚を焼いているのです。とても野生動物のいとなみとは思えません。
『おいしそうなにおいって、おさかなのにおいだったんだ!』
シロンは滝のようなよだれをたらしながら、金色の目をキラめかせています。
お魚は、シロンの大好物のひとつ。故郷の村で暮らしていたころも、よく訓練の一環で川魚をとって食べていたものです。
「ちょうど、そろそろお肉食べたいと思ってたんだ!」
同じくよだれ全開のエイルが、腰の剣を引き抜いて言いました。
まさか、魚もろとも、シロクマまで狩ろうというつもりなのでしょうか?
『ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい!』
さすがにそれはまずいと、スノーベルがこれまでにないくらい必死に制止してきました。
「なんだよ。もしかしてベルって、お肉とか食べないタイプ?」
『そういう問題じゃない! フツーにお寿司とかステーキとか食べるわ! あのシロクマは妖精よ! 襲っちゃダメ!』
『え? あれ、ようせいなの?』
シロンはけげんそうな顔をしながら、じいっと遠目でシロクマたちを観察してみました。
よく見ると、シロクマたちは野生動物というより、まるでぬいぐるみのようにずんぐりむっくりしています。むかしエミルといっしょに読んだ、絵本に出てくるキャラクターのような見た目でした。
「……たしかに、なんだかケダモノって感じはしないね……」
同じく観察していたエミルがつぶやきました。
彼女もこれまでの冒険で、たくさんの野生の魔法生物を見てきたので、そういったちがいには敏感なのです。
『じゃあ、あのこんがりされてるおさかなも、ようせいなの?』
『ううん。あれはふつうのお魚だよ』
シュガーが答えました。
『えー、なんかまぎらわしいなあ』
『人間界だって、魔法生物と、そうでないフツーの生きもので分かれてるでしょうが。それといっしょよ』
『そんなもんかなあ』
シロンは釈然としない様子でしたが、納得はしたようでした。
『そういうわけで、彼らはこの妖精界の住人なんだから、むやみに襲わないで。いちおう、私の同郷でもあるわけだし』
「そうだよ、お姉ちゃん。それに相手が妖精じゃなくたって、エモノの横取りはダメ!」
エミルも、めっ! と口をとがらせました。
「わかったよ。でも私、もうお肉が食べたいおなかになってるんだよね」
エイルは剣をおさめて、かわりにおなかをおさえました。
「でも妖精ってことは、話が通じるってことだよね? なら、この妖精界や"サムマイモ"の情報を聞くついでに、お魚を分けてもらえるよう、交渉してみたら?」
「おお! さっすがエミル! 私の自慢の妹! ナイスアイデア!」
エイルにむぎゅっと抱きしめられて、エミルはしあわせそうな顔になりました。
『うーん、正直、それもオススメはしないけど……』
ですが、スノーベルは苦々しい顔と口調で言います。
「どうして?」
『妖精がみんな、友好的じゃないってことよ。基本、私たちは侵入者だし、とくに人間に対しては警戒心が強い。最悪、問答無用で戦いになることだってありえるわ。そうなったら、彼らはシロクマ型の見た目どおり、手ごわい相手になるし』
「なるほど……」
エミルは考えこみました。
ここは少し慎重になったほうがいいかもしれません。
しかし……
「でもさ、話を聞かなきゃ、なんにもはじまらないよ! 行くよっ!」
エイルはそんな妹の腕をぎゅっとつかみ、シロクマたちのもとへずかずか歩いていくのでした。
『あ、あのバカ! まったくもう!』
スノーベルはすっかりあきれて、いそいで追いかけます。
『ま、待って!』
『シロンもいくよー!』
シュガーとシロンも、あわてて追いかけますが、ふたりとも寒さが苦手なため、その足取りならぬ、羽取りは重いものでした。
☆ ☆ ☆
「こんにちはー!」
シロクマたちの前までやってきたエイルは、元気にごあいさつ。
となりに立つエミルも、おそるおそる頭を下げます。
『こんにちは』
シロクマ二頭は振り返り、あいさつを返してきました。
口調も態度もやわらかいし、なんだ、友好的じゃないかと、姉妹は安心しました。
「ねえ、そのお魚、私たちにも分けてよ」
しかし、エイルがそうたずねた瞬間――
『は?』
シロクマたちのくりっとした目がギロリと細められ、ただならぬ気配が一気にほとばしりました。
――前言撤回。エミルは、そう思いました。
いきなり彼らの食べ物を要求した、あつかましいエイルが悪いような気がしますけれど……
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