第40話 道行きはまだ遠く
シュガーは、大妖精シオのかまくらハウスの庭から《妖精の抜け道》を開き、異空間トンネルを通って、今度こそシュクレーヌをめざしました。
──ところが。
ヒュゥ〜〜〜ッ……
『さぶっ!』
シロンは瞬時に自分の体を抱きしめて、ガタガタと身震いをはじめました。たれた鼻水も、あっというまに凍ってしまっています。
トンネルを抜けた先は、今度は雪と氷におおわれた、一面の銀世界でした。どこからどう見ても、お菓子の国シュクレーヌの景色ではありません。
『ま、また……! ちがう世界に来ちゃった……?』
トンネルを開いた本人であるシュガーは、困惑しきりです。自分自身は、うまくできたつもりなのですから、よけいにショックでした。
「どうやら、一回の転移で移動できるわけじゃなさそうだね」
そんな彼女をはげます意味もありますが、エミルは寒いなかでも冷静に分析を口にしました。
さっきの塩の妖精界のように、また【魔王ビターダム】の妨害で、目的地であるシュクレーヌの座標をずらされたのでしょう。
「でも、世界の座標をずらすなんて大それたこと、そう何度もできないはず。確実にシュクレーヌに近づけてはいるはずだよ」
エミルがつづけて言うと、シュガーが気づいたようにハッとします。
『たしかに……さっきより、シュクレーヌの波長が感じられるような気がします!』
そして、わずかに元気づくのでした。
「ならいいじゃん。だったらさっきみたいに、アメ玉の言うとおりにすればいいってことでしょ?」
マントの下はノースリーブとアームガードだけなのに、まったく寒さを感じてなさそうなエイルが言いました。
『そ……そうですね……』
シュガーは、女王のアメ玉水晶をかざして、念じました。
すると、またアメ玉から一直線に導きの光が放たれ──それは、いまいる雪原をずっと行った先にある、雪山のてっぺんをさしたのでした。
『げ』
そのときスノーベルが、ふだんの彼女にあるまじき、本気でイヤそうな顔で声をあげます。
「どうしたの、スノーベル?」
『そーいえば、さっきからようすヘンだよ?』
シロンの指摘どおり、この雪原に出てから、スノーベルはずっと浮かない顔をしていました。それはけっして、寒いからでも、ここがシュクレーヌではなかったからでもありません。
スノーベルは観念したように、深く白いためいきをつきます。
『……そうね。話しておくべきかしら。この雪と氷の妖精界"シュネージア"は……私の故郷なのよ』
『ええっ!? そうなの!?』
シロンだけがそんな大げさなリアクションをしますが、エミルとシュガーも、それなりにおどろいてはいました。
「そういえば、スノーベルの故郷とシュクレーヌは、ご近所だって言ってたっけ」
エミルは思い出したように言いました。
『そうよ。だから、さっきよりシュクレーヌに近づいてるって推測は当たってる。問題は……今回の目的地よ』
『もくてきち? あのひかりのむこうにあるやまのこと?』
シロンはガタガタ震えながら、導きの光の先にある雪山を指差しました。
『ええ。あの山のてっぺんは、この妖精界を統べる"雪と氷の女王"さまの領域。女王さまは冬の寒さに負けないくらいきびしいお方で、土足で乗りこんでくる侵入者を、けっしてゆるさない』
スノーベルの話を聞いて、寒さが苦手なシロンはいっそうゾッとしました。
『で……でも……シュクレーヌへのトンネルを開けるには、あの山のてっぺんに行かないと……』
シュガーは、おずおずとした様子で提案します。
『わかってる。……女王さまはきびしいけれど、礼儀さえちゃんと守れば、話を聞いてくださるわ』
「礼儀……手みやげでも持っていけばいいのかな?」
『そうね……それがいいと、思うわ……』
スノーベルの顔は、いっそう暗くなっていきます。
『ベル、なんかやっぱり、ようすがヘンだよ? まるで、そのじょおうさまに、あいにいきたくないみたい』
シロンがまた指摘すると、スノーベルはぐっと口を引き結びます。
『……アナタって、ホンットこういうとき、ムダにするどいわよね。……なんてことはないわよ。ただ、それまでの道のりがめんどうだってことも知ってるから、うんざりしてただけ!』
『ふーん』
シロンはその説明で納得したみたいですが……エミルとシュガーは、スノーベルがまだなにかを隠しているような気がしてなりませんでした。
「どっちにしろ、前に進まなくっちゃはじまらないでしょ。それで、女王さまへのおみやげって、どんなのがいいかな? やっぱり、おいしいものかな?」
エイルが話を切り替えました。
『そうね……女王さまは甘いものがお好きなのよ。とくにいちばんの好物は、"サムマイモ"のスイートポテト』
「それは、どんなイモなの?」
エイルが身を乗り出し、目をキラキラさせながらたずねました。シロンはもちろん、エミルも興味津々のようです。あいかわらずのくいしんぼう姉妹なのでした。
『雪深くに埋まって育つ、とっても甘いイモよ』
「とってもあまいイモ……」
この中でいちばん甘いもの好きなエミルは、想像して顔をかがやかせていました。
『あれ? そういえば、いまあまいものって、あまくなくなっちゃってるんじゃなかったっけ?』
シロンは、魔王によるシュクレーヌ荒廃の影響で、アストライト王国の甘味が失われつつあることを思い出しました。
「たぶんだいじょうぶだよ。だって、さっき大妖精さんにごちそうしてもらった木の実は、ちゃんと甘かったじゃない? ロウランさんも、妖精界と人間界は密接な関係にあるって言ってたけど、妖精界同士なら影響はないんじゃないかな」
『あー、そういえば。あのきのみ、またたべたいなあ!』
シロンは、塩の大妖精シオにふるまわれた甘じょっぱい木の実の味を思い出して、両手でほっぺを包みこみました。
「決まりだね! 早いとこおイモを探して、食べよう!」
エイルは大はりきりで歩き出しました。
「雪の女王さまへのおみやげも、忘れないようにね」
そのあとを、エミルがついていきます。さらにうしろを、シロンが。
シュガーもつづこうとしますが……スノーベルの足どりが重いのが気にかかって、振り向きました。
『スノーベル、ほんとうにだいじょうぶ?』
『……ふふっ、まさかアナタに心配されるなんてね』
『えっ……い、いけなかったかな』
『ううん、その気持ちはうれしいわ。ありがとう。……心配は無用よ。ひさびさの故郷に、ちょっぴりナーバスになってただけ……よ』
『そういえば、スノーベルはよくシュクレーヌに来てくれたけど、わたしがこっちに来るのははじめてだね』
スノーベルは、遠くにそびえる雪山へちらりと目を向けました。
『……雪と氷ばっかりで、カラフルなシュクレーヌとくらべたら殺風景だからね。わざわざ招待するほどのものでもないと思っただけよ』
『そんなことないよ。たしかに少し寒いのはこたえるけど、とってもきれいなところだと思う。わたしも体が白いからか、なんだか落ちつく感じがするよ』
『……アナタもたいがい、物好きなのね』
『そ、そんなことは……』
『冗談よ。そろそろいきましょ。あの子たち足速いから、置いてかれちゃうわよ』
『う……うん!』
白い妖精ふたりは、白い雪原の中を、先を進む姉妹を追いかけて、飛んでいくのでした。
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