第39話 大樹の図書館にて
いっぽうそのころ、人間界、アストライト王国の王都アストリアでは。
甘味の消失の影響はさらにひろまり、人々のストレスの増加による騒動が、あっちこっちで多発していました。
かろうじて、なんとか正気をたもっている魔法つかいたちが、その対処にあたっていますが……それも限界が近づきつつありました。
そしてここは、ギルド"大樹の図書館"の団長室。
まわりを無数の大きな本棚にかこまれた部屋のまんなかで、マスターのロウランがやわらかいソファーにこしかけ、くちゃくちゃとガムをかみながら、紙やタブレットに書かれた資料に目を通していました。
その表情は、まるでなにかをがまんしているかのように、ムッとしかめられています。
「マスター、そのガム、かれこれ二時間はかみ続けてますけど……いい加減、捨てたらどうっスか?」
部屋のドアの前で、副団長のデックスが、あきれたような顔で言いました。
「どうせ新しいのに変えたって、味なんかしやしないんだ。だったら同じのをかみ続けたほうが、エコってもんだろ」
そう言い捨てるロウランの口調は、あきらかにイライラしたものでした。
彼女は叡智のギルドの長として、ふだんから人一倍、糖分を摂取しています。だからこそ甘味消失のストレスもおおいに受けているのですが、極星魔法つかいの並外れた精神力で、なんとか耐えているのです。
「あの姉妹が妖精界に行って二日、相当てこずってるみたいっスね」
「そうだね。単純な討伐なら、"巨獣狩りの剣星"のチカラをもってすれば、遅くともきのうのうちに決着していただろう。それが長引いているということは、魔王からなにかしらの妨害を受けていると考えられる」
「なにかしらの妨害って、なんスか?」
「シュクレーヌの座標をズラしたり、刺客を差し向けられたりと、いろいろさ」
「なるほど……」
ロウランの予想は、はたして的中していましたが、もちろんいまの彼女らに、それを知るよしはありません。
「とにかく、あの姉妹には、早いとこシュクレーヌをなんとかしてもらわないと……このままじゃ私も、ほかの極星魔法つかいも、もうイライラをおさえられないぞ」
デックスは、そのおそろしい光景を想像しながら、ごくりとつばを飲みました。
もし王国最強の極星魔法つかいたちまでもが、衝動のまま暴れ出したら……確実に王都はおしまいです。
すると、ロウランが見ている資料に目をやったデックスが、なにか気になったようにたずねました。
「マスター、さっきから、同じ人間の資料ばっか見てませんか?」
「ああ……こいつかい?」
ロウランは手に持っている資料の一部、新聞の切り抜きを見せてきました。
そこには、とあるチョコレート職人が行方不明になったという、小さな記事が書かれています。
「あれ? このおっさんって、たしか、ひとむかし前に有名だったチョコ職人っスよね?」
「そうだ。名をバディーゴ・ブラック。アストライト・スイートスター・グランプリにて、20年連続優勝という偉業を成し遂げた、菓子職人界のレジェンドだ」
スイートスター・グランプリというのは、年に一度開催される、アストライト王国一のお菓子職人を決める大会です。優勝者には大いなる富と名声が約束される、この国のお菓子職人すべての目標といっても過言ではありません。
「レジェンド……? でもその割には、ぜんぜん名前を聞かないような……オレだって、うろ覚えでしたし……」
「ムリもない。彼が行方をくらましたのは、もう10年以上も前のことなんだからね」
「10年……オレもまだガキだったころッスね……しかし、なんだって行方不明なんかに?」
「事の発端は、バディーゴの21連覇がかかった年のグランプリ。当時、新進気鋭だったとある若手菓子職人に敗北し、20年間続いた無敗記録をやぶられたのがはじまりだ」
「20年間無敗の大記録が、若輩者によってピリオドを打たれた……それは、耐えがたいショックっスね。オレも学校で5年続いた皆勤賞が、ちょっとしたカゼでパーになったときは、そのまま一週間以上は泣きながら寝こんだッス」
「それはザンネンだったね。とにかくそこから、彼の転落人生ははじまった。グランプリでの敗北をきっかけに、彼の店からは客足が遠のき、"バディーゴの時代は終わった"などと書き立てる記事も出回った。まわりからも、心ないことをぎゃーぎゃー言われたようだ」
「いつの時代も、そーゆーくだらん連中がいるもんなんスね」
「もっともだよ。そんな目にあった男が、その後どうなるか、想像にかたくないだろう」
「まあ、荒れに荒れるでしょうね。酒にひたったり、ギャンブルにのめりこんだり」
「ずいぶんかたよった想像だねえ。たしかに、多少そういうこともあったみたいだが……それでも、彼の菓子職人としての炎は消えていなかった。周囲の理解ある人たちのはげましを受けて、再起を決意したという」
「そりゃ、熱い話っスね。それから、どうしたんスか?」
「彼は魔法つかいとしても優秀だった。王国じゅうの秘境という秘境をめぐり、究極のチョコレートを作るための食材探しに明け暮れたそうだ」
「たしかに、20年無敗のベテランなら、技術はもうじゅうぶんっスもんね。食材探しってアプローチは、方向性としてはオレもアリだと思うっス」
「そして、次の年のグランプリ。彼の作った渾身のチョコレートは……」
「ゴクリ……」
「……それでも、新チャンピオンを超えることはかなわず、二連敗を喫してしまった」
「そんな……それだけやっても、勝てなかったんスか?」
「ああ。しかし、彼はようやく気づいた。自分がその菓子職人に勝てない、真の理由に」
「それは、いったい……?」
「魔法生物──パートナーの存在だ。新チャンピオンのパートナーは、菓子作りに特化したチカラの持ち主だったのさ」
「え……? でもそれは、バディーゴも条件はいっしょじゃないっスか? 彼も、優秀な魔法つかいだったんでしょう?」
「ああ、そうだ。だが、それはあくまで戦闘と冒険の技術においてのもの。彼のパートナーたちは、菓子作り向きのスキルをなにひとつ持ち合わせてはいなかったんだ」
「え……?」
「いまじゃすっかり当たり前となっているから、キミにはわからないだろうが、当時はまだそのような……人の生活を助けることに特化したチカラを持つ魔法生物の存在は、より希少だったんだよ」
「なるほど……だからその菓子職人は、新進気鋭ながらも大ベテランを打ち負かすほどのお菓子が作れたってわけっスね。自分だけが持つ、特別なチカラで」
「そうだ。そしてそれを知ったバディーゴも同じように、菓子作りに適した魔法生物のチカラを求めて、また放浪の旅に出たようだが……それ以来、消息不明となった、とのことだ」
「それが、その記事ってワケっスか。かつての大人物が、そんなちっぽけな記事でしかあつかわれなくなるって、なんか、世の無常を感じるっスね……」
「そうだね。私もこうはなりたくないもんだ」
「ちなみにオレの最期は、王国全土をあげての国葬って、決めてるッスから」
そんなデックスの妄想を、ロウランは完全に無視して、資料あさりに戻るのでした。
「しかし……なんだっていまさら、そんなヒトのコトを調べてるんスか?」
「バディーゴはどうやら、シュクレーヌのことについても調べていたようだ」
「なっ……!」
「さらに風のウワサによれば、悪魔との契約にも手を出そうとしていたとか」
「さ……さすがにそれは、尾ヒレがつきすぎなんじゃないッスか? いくら負けたのがショックだからって、話のぶっとびぐあいが、度を越えてるッスよ」
「だが、そうだとすると、いろいろとつじつまが合ってしまうんだよ。キミにもわかるんじゃないかな?」
「シュクレーヌに、悪魔の契約……まさか……魔王の正体って……いやいや、あの姉妹の話じゃ、魔王はチャラい感じの男だったはずでしょう? この、厳格でクソがつくほどマジメそうなおっさんとは、似ても似つかないじゃないッスか!?」
「それはわからない。だけど私のカンは、バディーゴと魔王ビターダムが無関係とは、とても思えないと叫んでるんだよ」
「そ……そんなことって……というか、マスターはそんなことを調べて、どうするつもりなんスか? 姉妹が魔王を討伐してしまえば、一件落着めでたしめでたしだ。指をくわえているしかできないオレたちが、いまさら魔王の正体を調べるなんて、意味があるとは思えないッス」
「それもわからないさ。いまの姉妹では、魔王にはかなわないかもしれない。……いや、倒せたとしても、きっと必要になる。だから、その正体を丸裸にするのは、ムダなことじゃないさ」
「どういう……ことッスか?」
「魔術をひもとくには、まずその術者のことをひもとかなくてはならない。魔法つかいの、基本のキだよ」
ロウランは、ようやくかみ終えたガムを紙につつみながら、ニヤリと笑ってみせるのでした。
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