第38話 色とりどりの絆
――俺はかつて、人間から迫害を受けた妖精の一人だった。
だから、同じ傷をもつ妖精たちの集まりに加わるのも、自然なことだった。
やがて、その傷をいやすため、人間たちから逃れるため、仲間内で強いチカラを持つ者たちが協力して、異空間に楽園を作り上げた。
それがシュクレーヌ。苦しみも悲しみも存在しない、夢のお菓子の国だ。
だが、俺は塩の妖精。そういった甘々な世界には、長くは耐えられなかった。
しばらくして、俺は人間界に戻った。根本的に合わないところで暮らすよりは、まだマシだと思ったからだ。
なに、人間に見つかりさえしなきゃ、こっちの世界も悪いもんじゃない……そうやって森の中で一人で過ごしていた、ある日のことだった。
ちょっとしたことで、森に棲む凶暴な魔法生物を怒らせてしまった。そいつに、俺は食われそうになった。
もうダメか……恐ろしいのは、なにも人間だけじゃなかったんだ……悔しさを抱えながら、死を受け入れようとした、その瞬間……
その凶暴な魔法生物のほうが、倒れたんだ。
俺は、それはもうおどろいた。なぜかは知らないが、助かったんだ。
しかも、さらにおどろきだったのが、それをやったのが、魔法生物をパートナーにした魔法つかい……人間だったってことだ。
一難去って、また一難かと、俺は逃げようとした。
だが、そいつは言ったんだ。
「私のパートナーになってよ」
……とな。
俺はもちろん断った。命を救われたとはいえ、それだけで人間を信用できるわけがない。
だが、やつはあきらめなかった。しつこく俺に付きまとってきては、パートナーになれの一点張り。
しまいには、とうとう俺のほうが折れてしまった。
なぜなら、その気になれば、ムリヤリ捕獲でもなんでもすればいいのに、あいつがかけてきたのは、言葉と食いものだけだった。そのうえ、死ぬほどしつこかったが。だからか、こいつは信じてもいいという気になったんだろう。
その人間のパートナーとなった俺は、ともに数々の冒険をくりひろげた。おかげで、こうして大妖精にも進化できた。
いま思えば、あれほど充実した日々はなかった。真の幸せというのは、ああいう時間のことを言うんだろうと、胸を張って言える。
しかし……そんな日々も、あっけなく終わりを告げた。
俺とパートナーは、遭遇した悪の魔法つかいと戦い……敗れた。
その際、パートナーの人間が、あろうことか俺をかばって、致命傷を受けたんだ。
くしくも、相手の魔法つかいのパートナーも、また大妖精だった。
俺は、あらためて痛感したよ。悪ってやつは、種族関係なく存在する。人間も妖精もないとな。
パートナーを失った俺は、また一人に戻った。
他の人間と組む気はなかった。あいつ以外の人間と、組む気なんて起こるわけがなかった。
そして、俺は大妖精の魔力で自分だけの世界に引きこもり、今にいたる……というわけだ――
「『話長いなあ』」
エイルとシロンのひとことで、台無しでした。
白い大妖精は、そんなふたりをにらみつけます。
話を聞きたいと言い出したのは、お前らだろうが。そう言いたい気持ちが、痛いほど伝わってきます。
『……お前たちも、ずっとひとりきりで過ごしていればわかる』
その有無を言わさぬ説得力に、エミルと妖精たちは、思わず息を飲むのでした。
「ずっとひとりかあ。そういや、私はひとりきりだったことないな。村を追放されてからも、シロといっしょだったもん。な、シロ?」
エイルは、右手の指輪に収納されているオオカミのシロに語りかけました。
『シロンも、うまれたばっかりのころから、ずーっとエミルといっしょだよ!』
「ふふっ、そうだね」
シロンはにこにこしながら、エミルのほっぺにすりよるのでした。
『私も、そういえば、ずっとひとりきりだった時期って、ないかも』
『うん……わたしは家でひとりでひきこもってはいたけど……女王さまは、いつもわたしを気にかけてくださっていたから……ひとりっきりじゃなかった……と思う』
妖精たちも、自分の過去を思い返しては、ほほえんでいました。
そんな彼女たちの姿を見た白い大妖精は、目を見張ります。
それは、かつての自分とパートナーの姿と重なるものでした。
絆――そんな言葉で呼ぶにふさわしい、尊い関係が、目の前にひろがっていたのです。
それは、なつかしくもあり、うらやましくもあり……なにより、どこかいとおしいものでした。
そう思うと、大妖精はおかしくなって、苦笑いを浮かべるのでした。
『……さて、“長い話”につきあってもらった礼だ』
そして、おもむろに立ち上がると……
バリッ!
自分の背中に生えた、三対六枚の大きな羽――そのうち、右上に生えていた一枚を、みずからもぎとったのです。
「『なっ……』」
一同は、引きつった声をあげました。
とくにスノーベルは、かつて羽をむしられたいまわしい記憶がよみがえったようで、反射的に自分の体を抱きしめました。
『あ……あなた、正気なの!? 妖精が羽を失うってことは、そのチカラを失うってことなのよ!?』
『言われるまでもない。俺は大妖精だぞ。それに、ほんの一部のことだ。いちいちわめくな』
大妖精は痛みのせいか、顔に汗を浮かべながら、自分の羽を差し出しました。
すると、もがれた羽は球形の光に変わっていき……ゆっくりと、シュガーの体に吸いこまれていったのです。
『これは……?』
おどろきっぱなしのシュガーは、自分の胸を見つめながら言いました。
『俺のチカラを分けてやった。これは、年老いた、あるいは力尽きた妖精が、次の世代にチカラを継承させるためにやるものだ。魔王とやらを倒すためには、お前が大妖精にならないといけないんだろう? これで、ある程度はその領域に近づけるはずだ』
『で、でも、それじゃ、あなたが……』
『もうやってしまった以上、そんな心配は無意味だ。申し訳ないと思うなら、せいぜい、それにこたえる働きをしてみせろ。ゆうべ、見せてくれたみたいにな』
シュガーは、ぐっと口を引き結びました。
エミルは、そんな彼女に声をかけます。
「もらったものは、世界に返す。わたしもいつも、その気持ちでがんばってるよ」
『エミルさん……』
エミルのまっすぐな言葉は、その思いとともに、シュガーの胸にすうっと入っていきました。
そのわきでは、エイルとシロンが誇らしげに笑っています。
ふたりも、エミルの信念をよく理解しているのでした。
『……わかりました。大妖精さま。このおチカラ、ありがたく使わせていただきます』
『なんかシュガー、りっぱなカオになったきがするねえ』
茶化すような言い方ですが、シロンは本気で感心しているようでした。
たしかに彼女の言う通り、エミルとスノーベルの目にも、シュガーの顔つきがりりしくなったように見えました。
それはけっして気のせいではありません。身にまとう雰囲気まで変わったことからも、それが感じられます。
きっとこれが、大妖精の羽を継承した影響なのでしょう。
『“さま”なんてつけるのはよせ。俺はそんなごたいそうな身分じゃない。まあ、悪い気はしないが……せいぜいがんばるんだな。これで俺の用は今度こそ終わりだ。さっさと出て行ってくれ』
白い大妖精は、イスに座ってシッシッと手を振りました。
どうして、わたしたちのためにここまで……エミルとシュガーは、そんな言葉がのどまで出かかりましたが、飲みこみました。
だって、たずねるまでもありません。きっとこの大妖精も、口ではうとましいことを言いながら、心の中ではシュクレーヌへの郷愁を捨てきれないでいるのでしょう。
だから、いちおうの故郷と、そこに住む同胞たちを救うため、力を貸そうと思ったのでしょう。
それをわざわざ聞き出そうだなんて、ヤボでしかありませんから。
それでも……ううん、それなら、なおさら……
「……ねえ、大妖精さん。おわかれの前に、最後にひとつだけ聞かせて」
『……なんだ。手短にしろよ』
大妖精は半目を開いて、イラだったように聞き返しました。
「あなたのお名前、なんていうの?」
『……!』
大妖精は、ぴくっと反応しました。
魔法生物には、たがいを固有の名前で呼ぶ習慣はありません。だから、名前を持たないのです。
……人間のパートナーから、それを与えられたもの以外は。
『……シオだ。だが、呼ぶな。そう呼んでいいのは、この世で一人だけだと決めている』
大妖精――シオは、そっぽを向きながら、ぶっきらぼうにこたえました。
エミルとシュガーは、ツッコみそうになったエイルとシロン、スノーベルの口を同時にふさぎました。
「ありがとう。じゃあ、わたしたちは行きます。このご恩は、いつか必ず返しに来ます。それまでどうか、お元気で」
エミルとシュガーは、そろってぺこりと頭を下げました。
シオはそっぽを向いたまま、なにも答えませんでした。
エミルはやれやれとばかりに苦笑いしたあと、エイルたちとともに玄関のドアから、かまくらハウスを出ようとします……
『……俺からも最後に、シュガーとかいったか。お前に言っておくことがある』
そのとき、シオがそっぽを向いたまま口を開いたので、シュガーは空中で立ち止まりました。
『……はい、なんでしょうか?』
『……お前は、俺のようになるな。結んだ絆は、死んでも守れ』
その言葉は、これまでシオにかけられた言葉の中でも、いちばんシュガーの胸に深く突き刺さったのでした。
『……はい! かならず!』
シュガーもまた、これまででいちばん力強く返事をして、エミルたちとともに、かまくらハウスをあとにするのでした。
家の中にはまた、大妖精シオだけが一人、取り残されます。
『……ひさしぶりに、楽しかったな。まるでお前みたいにやかましいムスメたちだったぞ……シャイナ』
シオは食卓の上のグラスを片手に、それはうれしそうなほほえみを浮かべたのでした。
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