第37話 おやすみとおはよう
『ここを使え』
姉妹は、白い大妖精の暮らす、塩でできたかまくらハウスの客室に案内されました。
部屋は意外なことに、きちんと手入れが行き届いており、身も心もリフレッシュできそうな、快適な空間でした。
まるで、ここでひとりきりで暮らしている大妖精の胸の内を表しているみたいだと、エミル、シュガー、スノーベルは思いました。
エイルとシロンには、そんなことを察するようなセンチメンタルな感性など、望むべくもありません。
案内を終えると、大妖精はさっさと自分の部屋へ戻っていきました。
エミルたちは、もっと彼から話を聞きたいと思っていました。
ですが、さっきの戦いで協力してもらい、こうして部屋まであてがってもらったうえに、そんなことまで求めるのは、あつかましすぎる気がして、結局は聞けませんでした。それになにより、いまは自分たちも疲れています。
「あー、さすがにめちゃくちゃ眠いや。おやすみー」
エイルはなにもかもまったく気にせず、ふかふかのベッドの上に吸い込まれ……
わずか数秒後には、心地よさそうな寝息を立てはじめるのでした。
『まったく……』
スノーベルは、またあきれたように肩をすくめますが、エイルを強く責めはしませんでした。
彼女がどれだけがんばってくれたのかは、合体して《アイスキャディバー》になったことで、じゅうぶんすぎるほど伝わっていたからです。
『ふあ〜あ。シロンもねよっと……』
『あなたは今回、なにもしてないのにね』
しかし、スノーベルはシロンには容赦がありませんでした。
『む〜……』
シロンはうなるだけで、言い返しはしませんでした。
まったくもって、スノーベルの言うとおりだと、自分でもわかっていて……それが情けないと思っていたからです。
しょげかえったそんな相棒の頭を、エミルはそっとなでて言いました。
「シロンがそばにいてくれるだけで、わたしはいつだって安心できるんだよ。安心できなきゃ、強い魔法だって使えない。シロンはじゅうぶん、シロンの役目を果たしてくれてるよ」
『エミル〜……』
シロンは胸がいっぱいになり、涙ぐみながら、エミルのなでる手を受け入れるのでした。
そんなふたりの姿を見ていると、スノーベルはなんだか気まずい気持ちになってきました。
『……言いすぎたわよ。悪かったわね』
そして、ぼそっと素直な謝罪の言葉をかけるのです。
『……いいよ。ベルがいったのは、ホントのことだもん。あしたは、シロンがヒーローになるからね』
『ええ、たのんだわよ』
シロンとスノーベルは、小さくグータッチをかわしました。
『そういえば、シュガーは……』
シロンが部屋の中をキョロキョロと見回し、シュガーの姿を探すと……
『すぅ……すぅ……』
すでにエイルの顔のそばで、なかよく寝息を立てていたのでした。
『……よっぽど、疲れてたみたいね』
スノーベルは、苦笑いを浮かべて言いました。
「そうだね。きょうはまちがいなく、いちばんがんばってくれたもん」
エミルは、愛おしそうに目を細めました。
『あら? シスコンのエミルちゃんはいつだって、お姉ちゃんがいちばんなんじゃないかしら?』
スノーベルは、からかい気味にニヤニヤ笑っています。
「ううん。お姉ちゃんはわたしの中で殿堂入りだから。今回のMVPは、まちがいなくシュガーだよ」
『はいはい。……そうね。この子はほんとうによくやったわ。これですこしは、あのときのことを忘れられればいいんだけど……』
「……それって、シュガーがスノーベルを置いて逃げたっていう……」
『そうよ。あの子、ずっと引きずってるみたいだから……』
「忘れられないよ。一生」
『え……?』
「スノーベルだって、そうでしょ?」
スノーベルは、ハッとしました。
彼女にもあるのです。いまも決して忘れられない、大きな罪の記憶が。エミルも、それを知っているのです。
「わたしも、シロンも、お姉ちゃんだってそう。過去の罪は、けっして消えたりしない。いつだって思い出して、胸の奥をしめつける……」
エミルもまた、4年前、故郷の村で起きた"聖獣事件"のことを思い出しながら、胸元をぎゅっと押さえました。
「でも……絆だけが、その痛みをやわらげてくれる。シュガーも、この冒険で、過去の痛みに耐えられるだけの、強い絆をきずいてほしい。わたしたちで、その手助けをしてあげよう」
エミルがキリッとした顔で言うと、スノーベルもシロンも、力強くうなずくのでした。
そして、みんなは泥のように、そろって眠りに落ちていったのです……
☆ ☆ ☆
翌朝、目を覚ましてリビングに入った姉妹たちは、さらに意外な光景を目にしました。
『なにをボーッとしている。早く座って食え』
ふきげんそうな顔をして座っている白い大妖精。
その前にある、これまた白いテーブルには、人数分のお皿が並べられ、その上には、おそらく朝ごはんと思われる白い木の実が盛られていました。
まさか、ここまで用意してもらえるなんて……エイルとシロン以外はそう思いましたが、口に出したら、またうるさく言われそうなので、言葉を飲み込みました。
姉妹はお言葉に甘えて食卓につき……
「『いただきまーす』」
と一礼したあと、お皿の上の木の実をいただきました。
「んむっ!? なにこれ!? しょっぱい! けど、めっちゃあまい!」
『まるで、おしおをふったスイカみたい……でも、それ以上においしいよぉ!』
エイルとシロンは、その味に大興奮。
エミルと妖精たちも舌鼓を打っていました。ほっぺたが落ちそうというのは、まさにこのことだと実感しています。
そして姉妹たちは、あっという間に食べ終わってしまいました。
「ねえ、おかわりいい? もっと食べたいよ!」
『シロンもー!』
エイルとシロンは、大妖精に空のお皿を見せてアピールしました。
さすがにあつかましいので、ちょっと自重してほしいと、エミルは思いました。でも、実は自分ももっと食べたいと思っていたので、止めることはしなかったのです。
ちなみに、シュガーとスノーベルも同じ気持ちでした。
『ない。というか、それ以上食ったら死ぬぞ』
「えっ……」
腕組みした白い大妖精が、あきれた顔で急にぶっそうなことを言うので、姉妹たちは一瞬、固まってしまいました。
『その実は、ひと粒でじゅうぶんすぎるほどの栄養とマナが得られる。ゆえに、一食5〜6個までが限度だ。それ以上食えば、過剰摂取で体がパンクしかねん』
そう言われると、姉妹たちは納得するしかありませんでした。
たしかに、ひと粒食べるだけで、元気がモリモリ回復した感じがします。きのうの戦いの疲れだって、もうまったくありません。
『さあ、食い終わったら、とっとと行ってくれ。早くしないと、シュクレーヌがやばいんだろう?』
シッシッと追い払うような仕草をする大妖精の言葉を聞いて……
……やっぱり、聞いておかなくちゃいけない。
そう思ったエミルは、意を決して口を開きました。
「あの……あなた、もしかしてシュクレーヌ出身の妖精なんじゃないですか?」
『えっ……?』
シュガーはエミルを見て、目を丸くしました。
だって、シュクレーヌは甘いお菓子の国です。塩の世界にひとりで住むこの大妖精とは、縁があるとは思えないのです。
『なにをいきなり、藪から棒に……。どんな根拠で、そんなトンチンカンなことを言うんだ』
大妖精は、ジロリとエミルをにらみつけます。
しかし、エミルはまったくひるむことなく、続けました。
「あなた、ゆうべシュガーに言いましたよね。"ツインテ女王"って」
『……おぼえてないな。そんなことは』
その態度は、あきらかにシラを切っているふうだと、シロンにもわかりました。
エミルはかまわず、なおも続けます。
「わたしはたしかに、シュクレーヌの女王さまのことを話しました。でも、その髪型がツインテールだなんてことは、ひとことも言ってません」
『た……たしかに!』
シュガーも、ハッと合点がいったようでした。
ゆうべの戦いで事情を話したときは簡潔な説明だったので、女王の髪型や容姿について、いちいち触れてはいなかったのです。
さらに、女王はめったに人前に出ることはなく、肖像画なども出回っていないと、シュクレーヌ国民である彼女は知っています。
つまり、シュクレーヌに住んでいた者でないかぎり、女王の髪型について知るすべはないはずなのです。
『……』
白い大妖精は、白いイスに深く腰かけると、目を閉じて考え込みました。
しばらくして、ゆっくりと目を開けると……
『……そうだ。俺は、シュクレーヌ出身の妖精……だった』
観念したように、話しはじめるのでした。
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