第35話 砂糖とアメと塩のムチ
ガキィーン!
『ウホアッ!?』
エイルの強烈な一撃──いえ、二刀流なので二撃に押されて、【黒腕のチョコング】の巨体は大きなしりもちをつきました。傾斜によって、さらに下の方へとずるずる滑り落ちていきます。
『いいぞー! おねえちゃん、かっこいー!』
シロンは大はしゃぎしますが……
「……っ」
なんと、攻撃を食らわせたエイルのほうが、チョコングよりつらそうだったのです。
空中からうまく着地できずによろめき、肩で息をするほど呼吸も荒くなっていました。
その理由は、はっきりしています。
シュガーの《パウダーシュガー》は、たしかに苦味からエイルを守ってくれました。しかし……その効果は、あくまで中和止まり。スノーベルの言った通り、完全に苦味を無効化することはできなかったのです。
だからエイルは、自分の状態を"お砂糖の入ったコーヒー"とたとえたのでした。
『や……やっぱり、わたしなんかのチカラじゃ……』
シュガーは、また弱気になってしまいました。
そこへエミルは、すかさず彼女をはげまします。
「ううん。そんなことないよ。苦味を少し弱められただけで、じゅうぶんだから」
『でも……』
「シュガーだって、もう知ってるでしょ? わたしのお姉ちゃん、とーっても強いんだから。むしろ、これぐらい、ちょうどいいハンデだよ!」
そんなかわいい妹の、うれしい自慢にこたえるかのように、弱っていたエイルは不敵に笑いました。
そして、滑り落ちたチョコングに追い打ちをかけるため、すぐさま駆け出します。
やはり、苦味によって弱体化させられているぶん、足取りは重くなっています。それでも、その動きは十分に速いものでした。
エイルは砂の斜面を蹴ってジャンプすると、倒れたチョコングに剣を突き刺そうと、空中で身構えます。
『チィッ!』
チョコングはとっさに寝返りを打って、エイルの急降下からの一撃をかわしました。
しかし、エイルは攻撃の手をゆるめません。
転がったことで背を向けたチョコングの巨体に、左手の白銀の剣を投げつけたのです!
グサッ!
『いでーーっ!』
チョコングは悲鳴をあげました。
7メートル近い巨体を持つ彼にとっては、画びょうが刺さったようなもののはずです。それなのに、見た目以上に効いているようでした。
「ちぇ、おしりに当てようと思ったのに」
エイルは不本意そうにくちびるをとがらせました。
白銀の剣となっているエイルのパートナーの名は、【聖王剣精グレイセス】。女性型の魔法生物なのです。そんな彼女をおしりに突き刺そうだなんて、デリカシーのかけらもありません。
『こいつめ、よくも……あれ?』
怒ったチョコングは起き上がろうとします。
しかし、体が思うように動かず、また砂の上へと倒れ込んでしまいました。
『なんだ……体が……』
その理由は、背中に刺さったグレイセスでした。
彼女は自分のチカラによって、チョコングの体に流れる生命エネルギーの働きを鎮静化させ、その動きをにぶらせていたのです。まるで、じわじわと毒が回るように。
そのスキを逃さず、エイルは残った黄金の剣を右手に構え、チョコングへと突っ込んでいきました。
狙いは、チョコングの首です。
『させるか!』
しかし、相手もサルだけに、さるもの。
チョコングは死力をふりしぼって起き上がると、エイルを左手ではらい飛ばしてしまいました。
もしエイルが万全だったなら、いまの突撃で決まっていたでしょう。どうやら、苦味による弱体化は、思った以上に重いようでした。
『……ねえ、もしかしなくても、エイル、まずいんじゃない?』
さすがにスノーベルも、不安の色を隠せないようでした。
エミルは耐えるようにくちびるを結んだまま、なにも言いません。
けれど、そのけわしい表情が、スノーベルの言う通りだと思っていることを、はっきりと示していました。もちろん、それを口に出さないのは、シュガーをまた落ちこませないためです。
けれど、どちらにしろ、このままではエイルの敗北は時間の問題でした。
『エミル! シロンたちもてつだおう!』
シロンは、そんなエミルとシュガーの思いもかまわず、ただエイル──大好きなお姉ちゃんを助けたいという一心で提案しました。
エミルも、そろそろ援護に入るべきだと、杖をかまえようとします。
すると……
『おい、なんだあのゴリラは。こいつはいったい、どういうことだ?』
うしろから、気だるそうな男性の声が響きました。
振り返ると、砂山のてっぺんにある、かまくらハウスに住んでいる、あの塩対応の白い大妖精が立っていました。
どうやら、さわぎを聞きつけて、様子を見に来たみたいです。
「あー、その……えーと……」
エミルは、言葉に詰まりました。
いったい、どこから話せば、そしてどこまで話していいのか、とっさに判断ができないのです。
『なんだ、話せないのか? 俺はお前たちが庭に泊まるのを許してやったんだぞ。事情を話す義務があるんじゃないのか?』
そう言われると、ぐうの音も出ないと、エミルたちはグサリときました。
エミルはみんなと顔を見合わせると、意を決して、これまでの事情を簡潔にすべて話すのでした。
『シュクレーヌが、あのゴリラどもに……?』
白い大妖精は、おどろきに目を見開きました。
『シュクレーヌのこと……ごぞんじなんですか!?』
シュガーも同じような顔になります。
『あ、ああ……まあ、この世界の近所だしな……』
白い大妖精は、まるでごまかすように目をそらしました。
あきらかになにか知っているようですが、いまはそれを追及している場合ではありません。
『……ま、まあ、なんにせよ、事情は把握した。ひとの家の前で……いや、ひとの作った世界で、あんなのに暴れられちゃ迷惑だ。まわりの魔法生物にも悪影響を与えかねん。お前たちに手を貸してやる』
意外な事実と申し出に、エミルたちはぎょっと目を見張るのでした。
『ウッホホーッ! どうしたどうした! 息があがってきてるみてーじゃねーか!』
【黒腕のチョコング】と、"巨獣狩りの剣星"エイルの激闘は続いていました。
エイルは、チョコングの背中に突き刺した白銀の剣を左手に呼び戻し、ふたたび二刀流で立ち向かいます。
しかし、敵の言う通り、エイルの体力は限界に近づきつつありました。
生命力のカタマリともいえるふだんの彼女なら、こんなことはありません。その理由はもちろん、彼女の体をいまもむしばむ苦味のオーラです。
最初はシュガーの魔法でなんとか中和できていました。ですが、戦いが続くにつれて、エイルは苦味のオーラを浴び続けることになり、じょじょに、その影響が濃くなっていってしまったのです。
それでも、自分よりはるかに巨大な相手と、こうしてまともにやり合えている時点で、じゅうぶんに善戦しているといえるでしょう。エイルでなければ、とっくに瞬殺されているところです。
やがて──決定的な瞬間がおとずれようとしていました。
キィン!
ガシィン!
剛腕をガードした衝撃で、エイルは二本の剣を弾かれてしまいました。
体勢もくずれ、完全に無防備な状態です。
『よくねばったが、ここまでだな! ハデにぶっつぶれやがれーッ!』
ひざをつき、くずれ落ちたエイルに向かって、チョコングの巨大な右拳がハンマーのごとく振り下ろされます!
それでもエイルは、相手をするどくにらみつけていました。
最後まで勝負をあきらめていないのか、それとも最後まで戦士であろうとしているのか。その真意は、だれにもわかりません。
──次の瞬間!
ザザァーッ!
ガシィーッ!
『ガッ……!』
足もとの塩砂が、まるで無数の触手のように伸びてうねり、チョコングの巨体をからめとったのです!
「……?」
突然のふしぎな現象に、エイルもぽかんとしています。
「お姉ちゃん!」
かわいい妹の声を聞き、そちらに目を向けるエイル。
すると、エミルとシロン、妖精たちのかたわらに……あのいけすかない白い大妖精が、右手で印を結びながら立っていました。
『いまのうちに、回復してやれ! おそらく、長くはもたん!』
しかめっ面をさらにしかめる大妖精の檄で、エミルたちはエイルのもとへ駆け寄りました。
そしてエミルは、指輪から【ソルフェニックス】のレッディを呼び出します。
不死鳥のレッディが放つ癒しの炎がエイルを包み込み、彼女のキズを癒し、体力を回復させていきました。
『エイルさん、ごめんなさい……』
シュガーはあやまりながら、《パウダーシュガー》をエイルの体に重ねがけします。
そのかいあって、エイルの体は、さっきよりずいぶん軽くなったようでした。
『なんであやまるんだよ。シュガーのおかげで戦えてるんだよ。いまだって、私を助けてくれた。ありがとうだよ』
エイルは、にまっとほほえみながら、まっすぐな言葉をシュガーにぶつけました。
シュガーは胸がいっぱいになって、泣きそうになりました。
『ウホォーーーッ!』
ドパーン!
そのとき、チョコングが大きなおたけびをあげました。
そして、全身に力を込めると、体を縛りつけていた塩砂の拘束を、力ずくでうち破ったのです。
『チッ……見た目通りの脳みそまで筋肉野郎が!』
白い大妖精は悪態をつきました。そのやせこけた顔からは、びっしょりと汗が流れています。
『ちょっと、あなた……だいじょうぶ?』
尋常ではない疲労のようすに、スノーベルが心配そうに声をかけました。
『なんのことはない、ただの運動不足だ……それより、来るぞ!』
エイルへのとどめを邪魔されたあげく、体を縛りあげられたことへの怒りで、チョコングは目を赤く血走らせていました。
『ウホォーッ!』
そして、その剛腕を姉妹たちめがけて振り下ろしてきます!
「来いっ!」
エイルの呼びかけに応えるように、弾き飛ばされて砂上に突き刺さっていた二本の剣が光に包まれました。
そして、目にも留まらぬ速さで、主人の手元へと戻ってきます!
ガシィーン!
エイルは二本の剣を交差させ、チョコングの拳をみごとに受け止めました。
そのときに巻き起こったすさまじい風圧も、エイルのうしろに立つ妹たちを避けるように吹き抜けていきます。
『す……すごい……』
ここまで間近でエイルのすごさを感じて、シュガーは息をのみました。
『あれだけデカさに差があるのに……お前、ホントに人間か!?』
白い大妖精も、くぼんでいたまぶたをカッと見開き、驚愕していました。
「だあっ!」
エイルはかけ声とともに、交差させた剣を開きます。
その勢いで、チョコングをはじき返しました。
衝撃でチョコングはのけぞり、よろめきます。
しかし、エイルのほうもまた、ひざをついてしまいました。
いまの接触で、また苦味のオーラに体をむしばまれてしまったのです。
『エイルさん……』
シュガーは悲しげにつぶやきます。
「だい……じょーぶっ!」
エイルは不敵に笑って、前へと駆け出しました。
あきらかに強がっていると、だれの目から見てもわかります。
すると、白い大妖精が叫びました。
『おい! そこの妖精!』
『どっちよ!?』
スノーベルがツッコミぎみに聞き返します。
『白いほうだ!』
『だから、どっちよ!?』
ラチがあかないので、エミルがかわりに呼びました。
「シュガー、呼んでるよ」
『え? は、はい……』
シュガーはおずおずと前に出て、返事をします。
『ボーッとするな! あのムスメを助けないか!』
『で、でも、わたしのチカラじゃ、あれ以上は……』
『シュクレーヌを救いたいんじゃないのか!』
そのひとことに、シュガーはハッとしました。
同時に、自分の使命もあらためて思い出しました。
甘味のチカラで姉妹とともに魔王ビターダムを倒し、荒廃した故郷シュクレーヌを元に戻すという、重大な使命を。
──でも、そんな大それたこと、ちっぽけなわたしなんかにできるわけがない。
せっかく自信も勇気も生まれてきたところだったのに、チョコングという巨大なカベにぶつかったことで、最初に抱いたそんな弱気な思いが、ぶり返していたのです。
そこに、さらなる大妖精の檄が飛びます。
『故郷を守りたいというお前の思いは、そんなものなのか!』
故郷──お菓子の妖精国、シュクレーヌ。
もちろん、シュガーだって大好きなふるさとです。
生まれたころから、甘いものが生み出すしあわせいっぱいの空気に包まれて育ち、スノーベルを見捨てて逃げ帰ったあとも、自分のことをこばまず、心を少しずつ癒してくれました。
でなければ、とうのむかしにみずから命を絶ってしまっていたことでしょう。
そんな、愛するわが国を救いたいという思いが、弱いわけがありません。
……ただ、それをしめすための自信が、勇気が持てないのです。
『お前がそんなザマじゃ、お前を使者に選んだツインテ女王も、浮かばれないだろうな!』
「……!」
──そうだ、女王さま。
わたしを信じて、人間界に送り出した女王さま。
わたしたちを信じて、わたしたちを守って、アメ玉水晶をたくしてくれた女王さま。
それに、なにより……スノーベルを見捨てて戻ってきたあとのわたしを、いつも気にかけてくださった女王さま。
──そうだ。こたえなきゃ。
わたしが、その思いにこたえなくっちゃ。
女王さまが命をかけて託してくれたものが、ぜんぶムダになっちゃうんだ。
エミルさんとスノーベルは言った。こわくても、大切なものが失われるほうがずっとこわいから、戦うんだって。きっと……魔王に立ち向かった女王さまだって、おなじ気持ちだったと思う。
そう……みんな、こわさと戦ってるんだ。みんな、おんなじなんだ。……だったら、わたしだって!
シュガーは白い瞳をうるませながら、キッと目を細めました。
そのまなざしは、これまでにない熱い覚悟で燃えています。
『エミルさん! スノーベル! 《アイスキャディバー》、いきます!』
エミルとスノーベルは、思わず一瞬面くらいます。
しかし、すぐにそろって不敵な笑みを浮かべると……
「『オーライ!』」
力強くうなずき、三人で手を取り合うのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
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