第33話 招かれざる来訪者たち
……ぷすん!
しかし、空間の穴は開きませんでした。
『もー! どーゆーこと! はなしがちがうじゃん!』
シロンがぷんすかとわめきました。
シュガーはびっくりして、責められたと思ったのか、涙目になります。
「こら、シロン! ……きっと、疲れて魔法を使うだけのマナが残ってないんだよ。この塩だらけの世界は、お砂糖の妖精のシュガーにはつらいだろうし」
エミルはそう言うと、シュガーの小さな体を両手でやさしくつつんであげました。
手のひらから伝わる、ひだまりのようなあたたかさに、シュガーは心が癒される思いでした。
はたして、《妖精の抜け道》が開けなかった理由は、エミルの推測どおり、シュガーがすっかりへとへとだったからです。空間を移動する魔法は、あつかいが難しいですから。
けれど、実はもうひとつ理由がありました。シュガーの中で、あのそっけない白い大妖精のことが気にかかっていたのです。
彼のことをもっと知りたいという気持ちが、気づかぬうちに心残りとなって、魔法の発動をにぶらせてしまったのでした。
「そうだね。そろそろいい時間だし、きょうはここで休もうか」
エイルの言うとおり、気がつけば、おひさまが沈みかけていました。
へんてこりんな色の空ですが、夕陽だけは変わらずオレンジ色に輝いています。そのことが、なんだかおかしくてふしぎでした。
『ここで休むって……この妖精ぎらいの家の前で?』
スノーベルが苦々しく言いました。
それに、ここはいわゆる他所さまの庭なのです。そこに無断でキャンプを張るわけにはいかないでしょう。
「でもさ、ここなら野生の魔法生物に襲われる心配ないじゃん。シュガーも、安心して休めるでしょ?」
意外にも、それは気弱なシュガーを思いやっての提案でした。スノーベルは、おどろきに目を丸くします。
さらに、たしかにこのあたりからは、魔法生物の気配がいっさい感じられません。それは、エミルたちも思っていることでした。
「……そういうことなら、しょうがないな。あの大妖精さんに許可をもらって、このへんに泊めさせてもらおう」
エミルが折れると、ほかのみんなも続けて賛成しました。
今度は、エミルがかまくらハウスのドアをノックします。
すると、ガチャッと乱暴にドアが開け放たれ、白い大妖精がいまいましげな顔でこちらをにらんできました。
『今度はなんだ! ほかの妖精界に行くなら、さっさと行けばいいだろうが!』
「す、すみません。うちの妖精のマナが切れちゃって……お庭をお借りして、ひと晩泊めさせていただきたいんですけど……」
エミルはもうしわけなさそうに、ぺこぺこと頭を下げました。
今回は、どなられてもしかたのないことです。
『……ひと晩だけだ。明日の朝一番で、今度こそさっさと出て行ってくれ』
大妖精はぶっきらぼうにそう言うと、バタンとドアを閉めました。
割とあっさり許可してもらえたので、エミルはあっけにとられていました。
(あの人、根はいい人なのかもしれないなあ)
そんなふうに思いながら、エミルも離れて見守っていたみんなのもとへ戻っていきました。
☆ ☆ ☆
紺色とマゼンタのグラデーションの夜空に、黄色い星が満天に輝いています。
なんて幻想的な空なのでしょう。これが見られただけでも、この世界に来たかいがあったと、姉妹は思いました。
『……まわりがおしおばっかじゃなきゃ、もっといいんだけどなあ』
シロンのひとことで、台無しでした。
『ご、ごめんなさい、わたしのために……』
シュガーはしゅんとしてあやまりました。
自分のマナが切れたせいで、エミルが大妖精にどなられるはめになったことを、もうしわけなく思っているみたいです。
「いいって、いいって、これくらい。気にしない」
「どうしてお姉ちゃんが言うの……まあ、わたしも気にしてないけどね」
エイルはカラカラと笑い、エミルは苦笑い。
対照的な笑顔ですが、よく似た笑顔でもありました。
『……おふたりは、ほんとうに仲がいいんですね』
「「でしょー!」」
思わずつぶやいたシュガーに、姉妹は満面の笑顔で即答しました。
『シロンもなかよしだよー!』
そんな姉妹のあいだに、シロンが割り込みます。
ほほえましい光景に、シュガーもつい笑顔をこぼしました。
『……アナタ、そんなふうに笑ったの、ひさしぶりなんじゃない?』
となりに座るスノーベルが、にやりとして言いました。
『え? そ、そうかな……』
シュガーはハッとして、はにかみました。
『やっと、"あの日"の前のアナタに戻りつつあるみたいね』
『……そう、だね。そうだと、いいな……』
思えば、人間界でスノーベルとはぐれてからの10年間、心から笑ったことはありませんでした。
ひさしぶりに胸をよぎったあたたかな気持ちに、シュガーはほんのりとしたぬくもりを感じるのでした。
姉妹と妖精たちが、そんな心あたたまるひとときをすごしていた、そのときです。
「!」
ふいにエイルがカッと目を見開き、立ち上がりました。
「どうしたの?」
エミルがたずねます。
「……来る」
エイルは目を細めて虚空を見つめると、重々しくつぶやきました。
次の瞬間──
バリバリバリバリ!
まるで電流が流れるような、あるいはガラスにヒビが入るような音とともに、空が割れていくのが見えました。
それはやがて、巨大な空間の穴となり……
その中から、これまた巨大ななにかが降ってきたのです!
ズズーン!
「『きゃあっ⁉︎』」
大地が大きく揺れ、エイル以外の全員がおどろき、悲鳴をあげました。
巨大ななにかは、姉妹がいまいる塩砂山のてっぺんから少し低い位置、中腹あたりに落下しました。
ドドドドド……!
巻き起こった砂塵があたり一面にひろがり、視界を白く染め上げます。
やがて砂塵がしだいに晴れていき、その姿があらわとなりました。
『ウッホーーーッ!!!』
それは……高さ7メートルはあろうかという、巨大な黒いゴリラでした。
丸太のようなたくましい腕を振り上げ、空気を震わせるほどのすさまじいおたけびをあげます。
『ええっ⁉︎ なにあのゴリラ⁉︎ てゆーか、なんでゴリラ⁉︎』
シロンは完全にパニック状態です。
ムリもないかもしれません。なにしろ、白い塩砂の世界に黒いゴリラ。あまりにも場ちがいで、ミスマッチな存在ですから。
シュガーはもちろん、スノーベルも目を丸くし、口をあんぐりと開けて、かたまっていました。
エイルのほうは、さすが"巨獣狩りの剣星"なんて二つ名で呼ばれているだけあって冷静です。
妹のエミルも、すこしとまどいぎみではありますが、状況を飲み込めてはいるようでした。
だからこそ、すぐに察知できたのです。
「──!」
エイルは本能で。エミルはその目で。そしてシュガーは、心身に刻みつけられた恐怖によって。
三人は、あのゴリラの正体を理解しました。
──アイツは、【魔王ビターダム】の手先だ!
考えるより早く、エイルはまっさきに飛び出していきました。
「シュガー! あのあまあま、おねがい!」
そして走りながら、そんな指示を飛ばすのです。
『え? え?』
あまりにもざっくりした注文に、シュガーは困惑しました。
「《パウダーシュガー》だよ!」
エミルがそれを明確にすると、シュガーは、
『は、はい!』
とうなずき、全身から放つ白い光の粒子を、駆けていくエイルにまぶすように浴びせました。
これは、お砂糖の妖精シュガーの持つ"甘味のチカラ"を、ほかの仲間に分け与える魔法です。
これを受けると、甘味によるしあわせ効果が頭と全身をかけめぐり、魔法のチカラがパワーアップするのです。
しかし、その本来の効果は──魔王ビターダムの使う"苦味のチカラ"に対抗するためにあります。
あの巨大ゴリラが魔王の手先で、もし似たようなチカラを持つのであれば、シュガーの助けが必須です。そのことを、エイルは本能的に察知していたのです。
なにしろ──魔王の苦味のチカラに、エイルは一度屈しているのですから。
『エミル! シロンたちも!』
「そうだね、行こう!」
エイルの突撃に触発され、平常心を取り戻したシロンは、パートナーのエミルとともに、彼女につづきました。
『私たちも、いくわよ!』
『う、うん……!』
スノーベルとシュガーの、白い妖精ふたりも姉妹を追いかけます。
真夜中の塩の妖精界──そこで今、なかよし姉妹&妖精コンビと、謎の巨大ゴリラとの激闘が、幕を開けようとしていました。
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