第32話 塩と妖精と塩対応
姉妹たちは、塩でできた砂浜――というか、ほぼ砂漠みたいなものですが――を歩き続けていました。
しかし、行けども行けども塩ばかり。遭遇する魔法生物も、岩塩でできた生きものや石人形ばかり……というか、ぜんぶゴーレムと形容してもいいんじゃないでしょうか。とにかく"ふつうのケモノ"を、まったく見かけないのです。
そんな景色がどこまでも続いていたので、姉妹たちは体力以上に、精神的な疲れを感じはじめていました。
『ねえ! シロにのっていこうよ。あるいてたら、もくてきちにつくまで、どれだけかかるかわかんないもん!』
シロンが、うんざりした顔で提案しました。
「うーん、そういうわけにはいかないでしょ。ねえエミル、ベル?」
エイルはバツが悪そうに頭をかきながら、エミルとスノーベルにたずねました。
「うん、そうだね。よくはないね」
『なんだ、おバカさんかと思ってたら、案外わかってるじゃない』
『え? どういうこと? シロンにもわかるようにおしえてよー!』
シロンは、だだをこねました。
エミルと出会って8年になりますが、こういうところは、いつまでもまったく変わっていません。
『妖精はねえ、基本的におくびょうな生きものなのよ。シロみたいにおっきくて強いオオカミの姿なんか見たら、ビビり散らかすか、最悪、気絶しちゃうわ! 私は人間界暮らしが長いから、平気だったけど!』
スノーベルは解説しながら、とくいげに胸を張りました。
「魔法生物のナワバリで、彼らをびっくりさせることはしないようにって、むかし教わったでしょ?」
『むー、そっか。そうだよね。ざんねん……』
シロンはしゅんとしてしまいましたが、納得はしてくれたようでした。
『わたしも、はじめて見たときはびっくりしちゃいましたけど……シロさんって、いいオオカミさんですよね』
エミルの肩の上で休んでいる、お砂糖の妖精シュガーが、ぽつりとそうつぶやくと――
「『だよね!』」
エミルとシロンが、ぐいっと顔を近づけてきました。
「ひゃっ!」
突然のことに、シュガーはびくっと肩をすくめます。
「シロって、ちっちゃなころからいい子なんだよ!」
『シロンにとっては、じまんのおにいちゃんなの!』
ふたりとも、とてもうれしそうに話します。
ひかえめなシュガーは、その勢いに圧倒されてしまいます。
けれど、ふたりとシロが、とても強い絆で結ばれているということは、よく伝わってきました。
『いいなあ……』
気がつくと、シュガーは、ぼそっとそんなことをつぶやいていました。
人間と魔法生物とのあいだに結ばれる絆。それが、うらやましいと感じるようになったのです。
エミルとのパートナー契約は、あくまで魔王ビターダムを倒し、シュクレーヌを救うまでのこと。それが終われば、お別れです。
今回の冒険を経て、エミルの人となりは、よくわかりました。
心やさしく、魔法生物を愛していて、困っているものを放っておけず、それを助けるためなら命をかけられる……シュガーにとってエミルは、とてもステキな人でした。
もし許されるのなら、使命を終えたあとも、エミルのパートナーでいたい……そんな気持ちが、シュガーの心の中に芽生えはじめていたのでした。
『……』
そんなシュガーの顔を見て、スノーベルは、どこか含みのあるほほえみを浮かべていました。
「あ! エミル! みんな! あれ見て!」
すると、先頭を歩いていたエイルが、前方を指さしました。
見ると、数百メートル先の塩砂が、こんもりと盛り上がっています。規模的には砂丘というより、砂山といったほうがよさそうです。
「シュガー!」
エミルは、肩の上のシュガーに呼びかけました。
「はいっ!」
シュガーは一瞬おどろいたあと、アメ玉に念じます。
すると、アメ玉から道しるべの光が放たれました。
赤い光は、はっきりと、この先に見える塩砂の山のてっぺんを指しています。
つまり、あそここそが、目的の場所――シュクレーヌへとつながる異空間トンネルを、つなげられるかもしれない場所なのです。
「よーし、エミル、走るよっ!」
そうとわかると、エイルはまっさきに駆け出しました。
「待ってよー! お姉ちゃーん!」
エミルも、あわててそのあとを追いかけます。
肩の上のシュガー、空を飛んでいるシロンとスノーベルをともなって――塩の砂浜に、姉妹たちの足音が軽快に響いていきました。
☆ ☆ ☆
塩砂山のふもとにたどり着いた姉妹は、いきおいこんで山をのぼっていきます。
傾斜のうえ、足もとの塩砂はたいへんサラサラしていて、のぼりにくいことこの上ないのですが、エイルはもちろん、エミルもパートナーたちの加護によって強化された身体能力で、なんなく進んでいきます。
シロンと妖精ふたりは空を飛べるので、もちろん関係ありません。
そして、姉妹たちが山のてっぺんへたどり着くと、そこには――
「なんだこりゃ!」
エイルも思わず、目を丸くしました。
姉妹の目の前には、塩砂で作られた、かまくらのような建築物(?)があったのです。
よく見ると、入口らしきドアや窓、煙突まであります。
どうやら、誰かの家のようですが……
『大きいですね……』
『ええ、少なくとも、一般妖精のものじゃないわ』
シュガーとスノーベルの言う通り、このかまくらハウスは、ふつうの人間サイズの家です。
妖精界でこんな家に住むのは、人間と変わらない大きさを持つ、大妖精くらいのものです。
「とりあえず、おじゃましてみようよ」
エイルはノックをしようと、ドアに近づきました。
「うーん、シュクレーヌへの《妖精の抜け道》を開けるにしても、ここのお庭を使わせてもらうことになるわけだし……あいさつしておいたほうがいい、よね」
エミルの常識的な結論を聞くが早いか、エイルはコンコンとドアをたたきました。
「ごめんくさーい」
「ごめんください、でしょ」
姉妹でそんなボケとツッコミをくりひろげていると、ガチャッという音とともに、ドアが開かれました。
『……誰だ』
消え入りそうで、けだるげな声とともに出迎えたのは、シュガーに負けず劣らずまっしろずくめの、男性の大妖精でした。
しかし、その外見は、大妖精というにはあまりにもみすぼらしいものでした。
頬は痩せこけ、服もボロボロ。そして、妖精のトレードマークである羽も、力なくしなだれています。
姉妹は、その容貌に一瞬面くらいましたが、気を取り直して話を切り出しました。
「急におたずねしてしまって、もうしわけありません。はじめまして。わたし、魔法つかいのエミル・スターリングといいます。こっちは姉のエイルで、パートナーのシロン、シュガーとスノーベルです」
エミルに紹介されたエイルとパートナーたちは、そろってぺこりと頭を下げました。
すると、シュガーとスノーベルの姿を見るなり、白い大妖精は、くぼんだ目を大きく見開いたのです。
『お前たち……人間に……妖精か?』
『ええ、そうよ。見ればわかるでしょ?』
スノーベルは勝ち気に答えると、その場でくるりと一回転しました。
白い大妖精は、わなわなとこぶしをふるわせます。
そして、キッとエミルをにらみつけると、たずねました。
『……何の用で来た』
そのけわしい態度に、エミルはまた面くらいます。
それでも、ものおじすることなく、こたえました。
「わたしたち、ちょっとした手ちがいで、この世界に来ちゃって……それで、本来の目的地に行くためには、ここから《妖精の抜け道》を開けるしかないらしいので、ほんの少しのあいだ、お庭を使わせてもらえませんか?」
白い大妖精は、しばらくエミルを見つめたあと、ぶっきらぼうに言いました。
『そういうことなら、勝手にしろ。さっさと出て行ってくれるなら、いい』
そして、ドアを力強くバタン! と閉めて、家の中へと戻っていったのでした。
『なに、あのひと! かんじわるーい!』
シロンは白い顔を真っ赤にして、ぷんすかしました。
「まあ、出て行けっていうなら、言われた通りにしてやればいいじゃない」
エイルもくちびるをとがらせながら言いました。
『まさに、塩対応ってやつね。塩の世界の大妖精には、お似合いだわ!』
スノーベルもカンカンのようです。
『でも……あの大妖精さま、まるで妖精をきらってるみたいだった……』
ただひとり、シュガーだけは、あの大妖精の態度の理由が気になっているようでした。
大妖精がシュガーたちを見たときの、あの驚いた表情。そして、怒りに満ちたような目。
シュガーには、ただの"塩対応"とは思えなかったのです。
「……考えても、しかたないよ。たしかに、わたしも気にならないわけじゃないけど、いまはわたしたちのやるべきことをやろう。おねがいできる?」
そんなシュガーに、気持ちを切り替えるよう、エミルがたずねます。
『……はい、やってみます……!』
シュガーは小さくうなずくと、両手を前に突き出し、意識を集中させました。
これから開くのは、別の場所へとつながる異空間トンネル――《妖精の抜け道》。
はたして、推測通りにシュクレーヌへつなげることができるのでしょうか?
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