第31話 塩の妖精界の冒険
「ぺっ、ぺっ! 口の中がしょっぱくって、しょうがないよ!」
エイルは何度もえずきながら、苦々しそうに言いました。
『砂浜に顔をつっこんだりしたら、そりゃあねえ。なにしろ、海の塩分をふくんでるわけだから』
それを見ながら、スノーベルはやれやれと肩をすくめます。
いっぽう、山育ちのエミルとシロンには、いまひとつピンとこない話でした。
「そういうんじゃないんだよ。海の塩辛さとはちがうんだよ。ゆでたまごに、塩をかけすぎちゃったみたいな感じ!」
なんとも朝ごはんあるあるなたとえですが、おかげでエミルたちにも、ようやくピンときました。
エミルは、いま自分も踏みしめている足もとの砂に目を向けます。
あらためて見ると、砂浜を埋めつくしている白い粒は、どこか見慣れた砂とはちがっていました。
「もしかして……」
エミルはしゃがみこみ、指先でそっとすくってみます。
そして、ぺろりとなめてみました。
すると、おどろきに目を見開いて言いました。
「これ……砂じゃない。そのまんま、塩だよ!」
『な、なんですってえ!?』
スノーベルをはじめ、一同はびっくり仰天です。
しかし、少し冷静になって考えてみると――
『いや……お菓子の国があるんだから、塩の国があっても、おかしくない……のか?』
『じゃあ、ここもようせいのせかいってことなの?』
シロンが首をかしげると、スノーベルは空を指さして言いました。
『それはまちがいないと思う。このピンクと青のグラデーションになった空をごらんなさい。これは妖精の魔力と、異空間の魔力がまざり合ってできたもの。ここが妖精の作った空間だっていう、なによりの証よ』
スノーベルの説明を聞きながら、エミルはアメ玉から伸びる光の先をながめました。
そして、ふと何かに気づいたように言います。
「なるほど……ところでスノーベル、前から聞きたかったんだけど」
『なに?』
「スノーベルは、ずっと前からシュガーと友だちだったんだよね。ふたりは、どうやって会ってたの?」
『そりゃ、私の故郷とシュクレーヌはご近所だったからね』
『ちがうくうかんなのに、ごきんじょなんて、ヘンなの!』
『ヘンじゃないわよ。異空間って言ったって、人間界の空の向こうにひろがる、宇宙みたいなもの。妖精界は、そこに浮かぶ惑星みたいなものなのよ。つまり、私の故郷の星とシュクレーヌの星が近い位置にあったから、行き来できたってわけ』
エミルはピンときた様子で、さらにたずねます。
「それにはもちろん、《妖精の抜け道》を使うんだよね?」
『そうだけど……』
「それってふだん、使う場所が決まってたりしてなかった?」
『そうね。人間界への行き来は問題ないけど、異空間内の行き来は勝手がちがうの。マナの濃度がちがいすぎるからね。特定の場所からじゃないと、トンネルのつくりが安定しなくて、まず成功しない。私もふだん、シュクレーヌにつながりやすい場所から開けてたわ』
「そっか……もしかして、これは……」
『どういうこと?』
シロンとスノーベルの声が重なりました。
「このアメ玉の光が示す先……そこがもしかしたら、シュクレーヌに"つながりやすい"場所を示してるんじゃないか、って思って」
エミルの言葉を聞いた瞬間、エイル以外の全員が、合点がいったとばかりにハッとなります。
そのエイルはというと、「さっすがエミル!」と言いたげな笑みを浮かべていました。
『なるほど……ここも妖精界なら、考えられることね……』
「まあ、それも推測にすぎないけれど……話が長くなっちゃったね。とにかく、いまは前に進もう」
そう言って、エミルは光の伸びる先へと視線を向けます。
白い塩の砂浜は、どこまでも先へとつづいていました。
その向こうに何が待っているのか――それは、まだ誰にもわかりません。
話をそこそこに、姉妹たちはアメ玉の光をたよりに、塩の砂浜を歩きつづけるのでした。
☆ ☆ ☆
「……にしても、ここって砂と海以外、なんにもないなあ」
先頭を歩くエイルは、またぼやきました。
エミルとシロンも、なんだかんだ言って、生で海を見るのははじめてなので、最初は感激したものですが……
お姉さんと同じく、代わり映えのしない景色に、そろそろあきてきたみたいです。
『ここって、ようせいのせかいなんでしょ。もっとたのしいばしょなんじゃないの?』
『そりゃ妖精っていったって、いろんな性格の子がいるんだもの。ここを作ったのが、あきっぽい子だったんじゃない?』
スノーベルは、どうでもよさそうな感じでこたえました。
彼女もまた、この造形の手抜きっぽさに、多少うんざりしている様子です。
いっぽうでシュガーは、エミルの肩の上でぐったりしていました。
お砂糖の妖精である彼女にとって、この塩まみれの世界は、どうにも相性が悪いのかもしれません。
「シュガー、だいじょうぶ? 指輪の中に入ってたら?」
『い、いえ……わたしには、占いの役目があるので……』
そう言いながら、シュガーは女王のアメ玉を取り出します。
そこから放たれる光は相変わらず、果ての見えない砂浜の先を指していました。
「……そっか。もうダメだと思ったら、いつでも言うんだよ」
いまのシュガーは、やる気がみなぎっています。
多少ムリをさせることになっても、この流れを止めてはいけないと、エミルは判断しました。
『でもさー、ここがようせいのせかいなら、そろそろほかのようせいにであってもいいんじゃないの?』
シロンの疑問は、もっともです。
砂浜を歩きはじめて、そろそろ一時間くらいになりますが、妖精どころか、生きものの気配すらありません。
……と、思っていたところに。
モコモコモコモコ!
姉妹の目の前の砂が、いきなり盛り上がりました。
そして、その中からなにかが、もぞもぞと這い出てきたのです。
「あれは……」
「『カニだあ!』」
くいしんぼうのエイルとシロンは、瞳をきらめかせました。
現れたのは、たしかにカニ型の魔法生物でした。
数は二体。大きさは、一メートルにも満たないくらいです。
ですが、そのサーモンピンクの体は、まるでゴツゴツした石でできているようでした。
顔も、目も見当たりません。はたして、ほんとうに生きものなのかどうかさえ、うたがわしい姿です。
「ちょうどおなか、すいてきたところなんだよね!」
エイルは、すかさず腰に差した二本の剣を引き抜きました。
しかも、口元からは、みっともなくよだれまでたらしています。完全に、あのカニたちを食べる気のようです。
そのあいだも、エミルはカニたちをじっと観察していました。
すると、あることに気づいたのです。
「待って、お姉ちゃん……」
しかし、一歩遅く、エミルが制止するより先に、エイルがカニたちへ斬りかかっていきました。
ズバッ! バシュッ!
みごとな二刀流の剣さばきで、二体のカニは、あっというまに倒されてしまいました。
「さあ、おいしく食べてやるぞ!」
エイルが解体してやろうと、ふたたびカニに剣を振り下ろそうとした、そのときです。
シュワァッ……
なんと、倒されたカニたちの体が光の粒子となり、天へとのぼっていってしまったのでした。
「ええーっ! うそお! これじゃ食べられないじゃん!」
エイルは、がっかりして地団駄を踏みました。
そこに、スノーベルが思い出したように言いました。
『ああ、そういえば言ってなかったわね。妖精界に棲む生きものは、絶命すると、すぐに世界へ還元されちゃうのよ。輪廻転生のサイクルが、人間界の比じゃないの』
「『???』」
むずかしい言葉が多すぎて、エイルとシロンはちんぷんかんぷんです。
「ほら、ダンジョンの中にも、倒した魔法生物や死んじゃった攻略者が、すぐダンジョンに吸収されちゃうものがあるでしょ? それといっしょだよ」
エミルは、ふたりにもわかりやすく説明してあげました。
とどのつまり、この世界で死んだら、死体が残らずにすぐ消えてしまう、ということなのです。
「ああ、そういえば、そういうところ、何回か行ったことあるかも」
エイルがうろ覚えなのはきっと、倒したエモノが食べられないからなのでしょう。
『それに、どっちにしろ、きっとあの魔法生物たちは食べられなかったと思います』
シュガーも、エミルの肩の上で口を開きました。
「『どうして?』」
くいしんぼうコンビの声が重なります。
エミルが答えました。
「だって、あのカニの体、岩塩でできてたんだもん。塩のかたまりなの。食べたら、塩分のとりすぎで死んじゃうよ」
それを聞いて、エイルとシロンは、この上なくがっかりするのでした。
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