第30話 進むべき道
姉妹は大オオカミのシロの背にまたがり、ふたたびシュガーが最初にこの世界にあらわれた、湖のある小さな森へやってきました。
『わざわざこんなところまで来なくても、そのへんの草原でも《妖精の抜け道》は開けるでしょうが』
「こういうのは、気分の問題なんだよ!」
スノーベルのぼやきを、エイルはきっぱり否定しました。
スノーベルの言う通り、シルフムルグの塔の冒険を経て、シュガーもまた大きくレベルアップしました。いまの彼女なら、自然のマナがある場所であれば、どこでも空間の穴を開けることができるはずです。
ですが、エイルの言う"気分の問題"という意見も、一理あります。
この森は、シュガーにとってはじまりの場所。そこで空間の穴を開くことは、よりよい結果につながるはずです。魔法を使うのにいちばん大事なのは心なのだと、何度も言われていることです。
なにしろ、いまのシュクレーヌは魔王のすまう地と化しているのですから、どんなワナが待ち受けているかわかりません。万全を期すにこしたことはないでしょう。
「それじゃ、シュガー。準備はいい?」
パートナーの魔法つかいエミルも、杖をかまえます。
『は……はい!』
シュガーは意気ごんで、両手を前へ突き出しました。
すると、目の前の空間がゆがみ、そこに穴が空いていきます。
やがて、異空間へと続くトンネルが開きました。それも、前に空けたときよりも、ずっときれいな円形です。
『ベルよりうまいんじゃない?』
シロンが半目になって、からかうように言うと、
『そんなわけないでしょ! 私のほうがうまい!』
スノーベルは、すかさずかみつきます。ホント、仲がいいのか悪いのか。
「よーし、一番乗り!」
そんなふたりの言い合いも気にせず、エイルはまったくためらうことなく、穴の中へと入っていきました。
「ま、待ってよ、お姉ちゃん!」
つづけて、エミルもあわてて追いかけ、シロンもいっしょに飛びこみます。
『さあ、私たちもいくわよ。魔王とやらに、ひとあわ吹かせてやろうじゃない!』
『……うん!』
勝ち気なスノーベルに手を引かれて、シュガーもトンネルへと突入するのでした。
ふしぎな浮遊感に包まれながら、一行はシュクレーヌに向かって空間を移動していきます……
☆ ☆ ☆
「ぶへえ!」
トンネルの外へ出るやいなや、エイルは顔から地面に激突し、そんなマヌケな声をあげました。
さらに、その上からエミルとシロン、スノーベルとシュガーが降ってきて――
「むぎゃっ!」
下敷きになったエイルは、さらにマヌケな声をあげるのでした。
「お、お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
エミルは、うっかりおしりで踏んづけてしまったエイルにあやまりました。
エイルは地面につっぷしたまま、顔を砂の中に埋められている状態になっています。
「へ……へーきぃ……」
かなり苦しい体勢のはずですが、かわいい妹たちの手前、必死に強がるエイルお姉ちゃんなのでした。
エミルたちはエイルの上からどいて、あたりを見回しました。
そして――違和感に気づくのです。
「なに、ここ……?」
そこは、一行の知るシュクレーヌの景色ではありませんでした。
一面にまっしろな砂浜がひろがり、その向こうには、クリアブルーのあざやかな海がどこまでも続いています。
空を見上げれば、青とピンクのグラデーション。まるで絵の具を混ぜ合わせたような、現実ではありえない色合いの空がひろがっていました。
『ちがう……ここは、シュクレーヌじゃありません!』
シュガーが驚愕に目を見開いて言いました。
『もしかして、まおうのしわざ!?』
シロンが空に向かって問いかけます。
『意外なことに、それは当たってると思うわ』
スノーベルは、顔をしかめて答えました。
「どういうこと?」
『私もおぼえがあるからわかる。たぶん、“座標”がずれたのよ。いえ、ずらされたと言うべきでしょうね』
『ざひょー?』
『わかりやすく言えば、住所みたいなものよ。相手の住所が変わってたら、お手紙もとどかないでしょ?』
『なるほど、それならわかる!』
理解できて、シロンはやけにうれしそうです。
「ずらされたってことは、魔王ビターダムが、異空間の別の場所にシュクレーヌを移したってこと?」
『そうとしか考えられないわ。シュガーがミスったりしてなければね』
『わ、わたし、まちがえてなんかないよ!』
シュガーは、白い肌をまっ赤にして抗議しました。以前のように、おどおどしてだまりこんでしまうこともありません。
こうしてはっきりと言い返せるようになったあたり、エミルたちともだいぶ打ち解けてきた証拠でしょう。それは、よろこばしいことではあるのですが……
『それで、おそらく、かわりにいちばん手近だったこの未知の世界にワープアウトしたってわけ。なんにせよ、私たちはまんまとハメられた。聞いてた以上にやばい相手みたいね、魔王とやら』
スノーベルは、表情をくもらせました。
世界の座標を変えてしまう。そんなことができるなんて、たしかにとんでもないチカラです。
エミルとシュガーも、目の前にひろがる見知らぬ海と空を見つめながら、あらためて魔王のおそろしさを実感するのでした。
『もういっかい、トンネルをあければいいじゃん!』
『そ、そうですね。やってみます!』
シロンの提案どおり、シュガーはもう一度両手を前に出して、《妖精の抜け道》を開こうとしますが……
『ダメ……開かない!』
どういうわけか、うんともすんともいいませんでした。
『マナがきれたの?』
『いいえ、まだだいぶ余裕はあるはず……なのに、魔法が発動してくれないの!』
シュガーは泣きそうな顔になりながら、必死な声で言いました。
早くシュクレーヌに帰らなきゃいけないのに……そんなあせる気持ちでいっぱいになっているのです。
「もしかしたら、妨害されてるのかもしれない。そういう魔法があるって、本で読んだことがあるから」
エミルも杖をじいっと見つめ、困った顔で言いました。
たしかに、わざわざシュクレーヌの座標を変えるくらいです。念入りに、もう一段セキュリティを強化していてもおかしくありません。
『だとしたら、完全に打つ手なしじゃない! どうするの?』
「だいじょうぶ。わたしたちには、これがあるから」
スノーベルがわめくと、エミルはローブの中から、赤いアメ玉――シュクレーヌの妖精の女王が使っていた、占い玉を取り出しました。
『これ、女王さまの……』
「このアメ玉は、人間界でもわたしたちの進むべき道をしめしてくれた。今回だって、きっと教えてくれる!」
そう言うと、エミルはアメ玉をぎゅっとにぎって念じました。
――わたしたちに道をしめしたまえ!
しかし……これもまた、うんともすんともいいませんでした。
『……ダメじゃん!』
シロンは、あきれて大声を出しました。
「そう言いたいのは、わたしのほうだよ。かんじんなときに、役に立たないなあ!」
エミルもイラだった様子で言いました。
エミルもまた、大好きな甘いものが食べられず、心が荒れはじめているのかもしれません。
甘いもの……といえば。
「そうだ、シュガー!」
『は、はい! なんでしょうかっ!』
ふいにエミルに指名されて、シュガーはびくっとして、姿勢を正しました。
「このアメ玉、シュガーが使ってみてよ!」
『え……? わたしが、ですか?』
シュガーは自分の顔を指差して、目をぱちくりさせます。
「この中じゃ、いちばん適任だよ。女王さまみたいにはいかなくても、ヒントくらいは出してくれるんじゃないかな!」
シュガーはエミルからアメ玉を手渡され、じっと見つめながら考えました。
少し前の自分なら、ムリムリと言って拒否したでしょう。
ですが……いまは、ちょっとちがいました。
いまのシュガーは、自分のことをちょっとだけ信じられるようになっていたのです。
そして、エミルのことは、もっと信じられるようになっていました。
それに、エミルは自分にすべてを求めているわけではありません。
彼女の言う通り、ヒントくらいなら……そのくらいなら、自分でも引き出せそうだと思えるようになっていたのです。
『……わかりました。やって……みます』
シュガーは、真剣な顔つきで答えました。これもまた、彼女の成長の証といえるでしょう。
「……うん、おねがいね!」
エミルもまた、全幅の信頼を込めた笑顔でこたえます。
シロンも、親友のスノーベルも、あたたかく見守っていました。
シュガーは、自分の頭と同じくらいの大きさのアメ玉を顔の前へ引き寄せ、目を閉じ、念じはじめます。
――シュクレーヌを救うために。
――わたしを信じてくれるみんなのために。
――占い玉よ、わたしたちの進む道をしめして!
すると……
ピカッ!
アメ玉が、まばゆい光を放ちました。
「わっ!」
『おおっ!』
『すごい!』
シュガーも、エミルたちも、おっかなびっくり目を見張ります。
光はやがて一本の線となり、白い砂がひろがる大地の一点を指し示しました。
まるで、そこへ行けと道を教えてくれているかのようです。
「あの先に、進めってこと……? ……すごいよ、シュガー! 大成功だね!」
エミルはぱあっと笑顔を咲かせて、シュガーに惜しみない称賛を送りました。
シロンとスノーベルも、『やったね!』と、シュガーにぎゅっと抱きついてきます。
(やった……わたしにも、できたんだ!)
シュガーの心は、よろこびで満たされました。大きな瞳から、ひとしずくの涙がこぼれます。
自分ひとりでは、きっとできなかった。信じてくれる仲間がいたからこそ、できたのです。
こうして、ひとまずの目的地を定めた一行は、その地点を目指して出発します。
……が。
なにか、だいじなことを忘れているような……
「……ぷはっ! おーい! 私のこと、忘れるなーっ!」
砂の中に顔が埋まったままだったエイルが、いまごろになって顔を出したのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
これにて30話、計10万字達成となります。
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