第29話 いざ、シュクレーヌへ!
「おいおい……いきなり大きく出たねえ。たしかに、残りの絶対危険区域をめぐって修行している間に、国が滅びかねないペースで事態は進行しつつあるけど……本当に勝つ算段があるのかい?」
これまで余裕のポーズをくずさなかったロウランも、今回ばかりは冷や汗をかき、あせり気味でした。
「あるよ。神さまから祝福だってもらったし、すっごい新技だってあるからね」
エイルは自信満々に答えますが……
「キミに言ってるんじゃない。聞いてるのは、妹ちゃんと妖精ちゃんにさ」
ロウランに名指しされ、エミルとシュガーはぴくっと反応します。
「最初に言ったろう? 魔王ビターダムのニガニガオーラをやぶるカギになるのは、彼女たちふたりだって。そのキミたちは、魔王に勝つ自信があるのかい? 口をすっぱくするようだが、魔法のみなもとは精神、心、気持ちだよ。そこにわずかなゆらぎが生まれるというのなら、行くべきじゃない」
エミルは考えました。
たしかに、【神鳥シルフムルグ】から与えられた祝福と、塔での冒険を経たことで、自分たちのチカラが以前より大幅にパワーアップしたことは感じられます。
ですが、姉のエイルとちがって慎重派のエミルは、それでも確実に魔王に勝てるという確信が持てずにいたのです。なんとなくですが、まだなにか足りないような、そんな気がするのです。
その答えもはっきりしないうちに、いきなり魔王に再挑戦するなんて、ロウランの言うとおり、まだ早いと思うのでした。
それは、シュガーも同じでした。今回の冒険で、わずかばかりですが、勇気と自信を手に入れることができました。しかしそれでも、あの魔王と相対したら、また弱気に心を飲みこまれるんじゃないかと思ってしまうのです。
ふたりにとっては、それだけ一戦目の敗走が心のキズになっているということでした。
「……どうも、ムリっぽい感じッスね。やっぱ当初の予定どおり、アメ玉がしめした絶対危険区域を回って、修行を重ねるべきッスよ」
そんなふたりの考えを見透かしたように、デックスはポリポリと頭をかくのでした。
「そうだね。今度は生きて戻ってこられる保証もないし、承服できないね。序列4位の極星魔法つかいとして命じるよ。再挑戦は、また今度にしたまえ」
この国で極星魔法つかいの称号を持つ者は、エイルとロウランをふくめて10人いますが、その中ではさらに、国への貢献度に応じた序列という上下関係があり、上位の者は下位の者に命令する権限があるのです。
ちなみに、エイルは現在序列7位。4位のロウランに逆らうことは、原則としてできません。
しかし――
「そうはいかないよ。これ以上、悠長に修行なんてしてたら、取り返しのつかないことになるんだろ」
エイルはきっぱりと拒否しました。
ロウランはさらに表情をけわしくして、反論します。
「たしかに、今日が乱闘なら、明日には暴動でも起きかねない進行速度だ。だからこそ、冷静かつ慎重にならなくちゃいけない。いちばん避けなければいけないのは、魔王を倒せる唯一の切り札であるキミたちを失うことだ。国なら、形さえ保てていれば、またいくらでも立て直せるだろう」
「でも、そうしてるあいだに、たくさんの魔法生物や人が傷つくよ」
エイルのひとことに、ロウランもデックスもハッとします。
彼女たちだって、国民はもちろんのこと、魔法生物たちの犠牲だって、できれば避けたいでしょう。
ですが、ロウランも見た目は子どもっぽくても、りっぱな大人。より確実性の高い方法を選ぶのが賢いやり方だと思っているのです。たとえ……多少の犠牲に目をつぶることになっても。
ロウランは、ゆっくりとソファーから立ち上がりました。
瞬間、エミルたちはおののきます。
ロウランの全身から放たれる、本気の威圧感……そして、ただならぬ殺気に。
「キミの言いたいことは、よくわかった。私は知恵者で通っているが、残念なことに、キミのような超がつくほどのバカを説き伏せるだけの舌は持ち合わせてはいないんだ。力づくでも言うことを聞いてもらうよ」
同時にデックスも立ち上がり、指輪のはまった右手をかまえて、戦闘モードに入ります。
平和なはずの家の中が、まるで戦場のような緊張感に包まれ、あまりのプレッシャーに、壁がきしむ音さえ聞こえるほどです。
エミルもシロンも妖精たちも、彼女たちを止めたいところですが、自分たちよりはるか格上の魔法つかいたちのオーラに気圧されて、指先ひとつ動かすことができません。息をするのも苦しいほどの状態でした。
エイルも腰の剣に手をかけ、一触即発かと思われた、その瞬間――
『ちょっと待ったあーっ!』
スノーベルが、必死に叫び声をあげました。
「なんだい、雪の妖精ちゃん。ジャマをしないでくれるかな」
毒気が抜けたように、ロウランは元のテンションに戻り、スノーベルに振り向きます。
『ジャマするわよ! アナタたち、忘れてない!?』
「なにをッスか?」
デックスも首をかしげました。
『エイルたちには、このアストライト王国第一王女直下の自由騎士の権限が与えられてるってこと!』
ロウランとデックスは、またもハッとします。
自由騎士――それは読んで字のごとく、直下となった王族以外からの命令をいっさい受けつけず、行動の自由を保障された者に与えられる肩書きです。
エイルとエミルの姉妹は、数日前の冒険の報酬として、この国のお姫さまからその権限を与えられました。つまり姉妹は基本的に、そのお姫さま以外の命令を聞く必要はないということなのです。
「……ああ! そうだった、そうだった! うっかりしてたなあ。私としたことが、すっかり忘れてたよ!」
ロウランはごまかすように、満面の苦笑いを見せました。
ですが……
「……そんなわけ、ないじゃないですか。知恵者で通ってるんですよね。だったら、忘れてるわけがないでしょう」
エミルはいぶかしげな顔で指摘しました。
するとロウランはうつむいて、くっくっくと肩を震わせたあと、今度は本気で笑い飛ばすのです。
「はーっはっはっは! お察しのとおりだ、妹ちゃん! そんなことは、ちゃーんと最初から気づいてたさ!」
となりでデックスが、やれやれと言いたげに頭をかかえていました。
シュガーとスノーベルは、ぽかんとあっけにとられています。
思えばロウランは、最初に会ったときも本来の用事をわざと隠して、こちらからたずねるように仕向けていました。彼女には、そうやって人を試すクセがあるようです。
ロウランは、そんなエミルの推察を見抜いたように言いました。
「試したことには、ちゃんと意味があるぞ。そうすることで、剣星ちゃんの自信のほどを知りたかった。彼女は、できないことはきちんとできないと判断できる。そういう人間だってことくらいは、わかってるからね」
「……あ」
エミルは、思い出したように声をもらしました。
妹のエミルは、お姉ちゃんの"そういうところ"をちゃんと知っているのです。
シュガーも思い出しました。シュクレーヌで魔王と戦ったとき、自分がオトリとなって逃げるように指示した、エイルの迷いのない判断を。
エイルは直感と本能で行動する少女です。だからこそ、こりゃダメだと思ったことの見切りも早いのです。
そのエイルが、ロウランに説得されても、力で脅されても、まったく引かなかったということは――魔王への再挑戦に、たしかな勝算があるということにほかならないのです。
ロウランは、どかっとソファーに座りこんで言いました。
「……ま、そういうわけだから、行くならさっさと行っておいで。王都でなにかあっても、こっちのほうでなんとかしておくからさ。本当なら、何人でも援軍を送りたいところなんだけど、《妖精の抜け道》には人数制限があるからねえ。そうだろ、妖精ちゃん?」
『は……はい。わたしのチカラだと……二、三人が限界……です』
急に話を振られて、シュガーはおっかなびっくり答えました。
つまり、シュクレーヌを救う作戦を遂行できるのは、エイルとエミルの姉妹だけ。くわえて、アストライト王国の平和も、この姉妹の肩にかかっているということです。
「よーし、それじゃ行くよ! エミル! シロン! ベル! シュガー!」
「『はーいっ!』」
善は急げと言わんばかりに、エイルはマントをひるがえして号令をかけます。それに、妹とシロン、そして妖精ふたりは元気に返事をしました。
そして玄関のドアを開け、ふたたび妖精界への冒険へと出発したのです。
リビングに二人、取り残されたロウランとデックスは……
「本当に、あのコたちだけでだいじょうぶッスかね?」
「信じようじゃないか。我らが姫君が選んだ自由騎士たちを。それに……」
「それに?」
「……あの姉妹が"真の救世主"ならば、この程度の試練、軽くクリアしてもらわなくっちゃ、困る」
ロウランは意味深な言葉とともに、カップの中のティーを飲み干すのでした。
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