第28話 帰還と再挑戦
『おお! みなさん! ご無事だったんですね!』
シルフムルグの塔を攻略した姉妹は、大妖精との約束どおり、一度風の妖精村へ戻ってきました。
中央広場で妖精たちの歓待を受けながら、外界の話をしてあげたり、妖精たちの話を聞かせてもらったりしながら、ひと晩を過ごします。
それはそれは楽しくて、身も心も休まるひとときでした。緑色のドーム越しに透けて見える星空を見上げながら、こんな時間がずっと続けばいいのにと、シュガーは思います。
しかし、そうも言ってはいられません。魔王ビターダムを倒し、故郷シュクレーヌを元に戻すまでは。
まだ、それが確実にできるという自信はありません。けれど……そう思いながら、シュガーはちらりと横を見ます。
そこには、大オオカミのシロのふさふさの毛並みに体をあずけた、エミルのかわいらしい寝顔がありました。
エミルはいまでこそ、こんなに気の抜けた顔をしていますが、塔の攻略では、彼女に何度もはげまされてきました。そのおかげでシュガーは自分のチカラを自覚し、神の名を冠するシルフムルグにも認められることができたのです。
それは、いくら感謝してもしきれないことでした。同時に、エミルという少女の小さな体――妖精からすれば、じゅうぶんすぎるほど大きいのですけれど――に秘められた、とてつもない大きさを感じることもできました。
彼女といっしょなら、今度こそ、きっとできる。
そう信じられるようになったシュガーも、やがて眠りにつくのでした。
☆ ☆ ☆
翌朝、妖精村に別れを告げた姉妹は、シロを走らせ、大急ぎで王都まで戻ってきました。
神鳥シルフムルグの言っていた、"王都がさわがしくなってきた"という言葉が、気にかかったからです。
東側の門の前でシロの背中から降りると、なにやらさわぎ声が聞こえてきました。
どうしたんだろう……
ふしぎに思った姉妹は、門の中へと駆けていきます。
すると……大通りで複数の男性が、パートナーの魔法生物も交えて、乱闘騒ぎを起こしているではありませんか。
まわりには、一部が壊れた建物や、おそらく止めに入ったのでしょう、ケガをした人や魔法生物が何人か倒れているのが見えます。
「お姉ちゃん!」
「まかせろ!」
見かねたエイルは、乱闘を止めようと走りだしました。
そして、彼らに近寄ったところで、大きく息を吸いこみ……
「やめろっ!」
空気が震えんばかりの大声で、一喝しました。
これには、乱闘していた男たちと魔法生物たち、そして野次馬たちもいっせいにすくみあがり、時が止まったように動きを止めます。
さすがは王国トップの極星魔法つかい。声だけで、すさまじい威圧感です。
数秒すると、その中で制服を着ていた男たちが、まずハッと我に返り……
「い……今だ! 取り押さえろっ!」
乱闘していた男たちを、いっせいに捕縛するのでした。
そう、彼らは警察官。エイルがこの場に現れるまで、じっと止めに入るタイミングをうかがっていたのです。
「極星魔法つかい殿! ご協力、感謝します!」
一件落着すると、警察官のひとりがエイルにびしっと敬礼しました。
国の英雄の活躍に、野次馬たちも大興奮です。
もちろん、妹のエミルとシロンも、お姉ちゃんのことを誇らしげに見守っていました。
しかし、いまはそれより気になることがあります。
「あの、さっきのはいったい、なんのさわぎだったんですか?」
警察官は、バツが悪そうな表情で答えました。
「くわしい原因は、まだわからないのであります。彼らの知人とおぼしき人たちに聞き込みをしたところ、なにげない会話からとつぜん口論になって、こうなってしまったと」
聞けば聞くほど、妙な話です。言い合いやもみ合いのケンカならともかく、パートナーまで持ち出しての決闘まがいの乱闘行為なんて、いきすぎだとエミルは思いました。
そこで、あるひとつのことが思い浮かんだのです。
「あの、乱闘してた人たちって……もしかして、甘いものが好きだったりしません?」
警察官は、ぽんと手を打って答えました。
「ああ! そういえば! 知人の人たちが言ってたであります。彼ら、近くのパンケーキ店の常連だったとかで。でも最近、味が落ちたらしくて、とんとごぶさただったと」
「……やっぱり……」
エミルは神妙な面持ちでつぶやきました。
ロウランは言っていました。甘いものが失われれば、人々の心は荒んでいくだろうと。
いまの乱闘騒ぎは、まさにそれをあらわしているではないですか。
そうとなれば、こうしてはいられないと、エミルはエイルのマントをつかんで言いました。
「お姉ちゃん、早く家に戻ろう」
エイルは無言でうなずき、ふたたびシロを呼び出して、住宅街の自宅へと大急ぎで駆けていくのでした。
☆ ☆ ☆
「やっほー、おかえりぃ」
自宅のリビングでは、またしてもロウランとデックスが、性懲りもなく優雅なティータイムを楽しみながらくつろいでいました。
「また勝手に入ってきて……まあ、なんとなくそんな気がしたんですけど」
エミルはあきれて、ため息をつきました。
ロウランがまた不法侵入している気がしたからこそ、自宅に直帰しようと言ったのです。
「それで、神鳥サマには会えたのかい?」
「……え?」
エイル以外の全員が、ぽかんとかたまりました。
出発前に、ロウランは言っていました。姉妹の行き先である絶対危険区域には、入ったことがないと。
なのに、この物言いは、まるですべてを知っていたかのようではないですか。
エミルはわなわなとかすかに震えながら、ぽつりとたずねました。
「まさか……知ってたんですか? あの風吹く荒野の中に、なにがあるか……」
すると、ロウランは豪快に笑い飛ばして答えます。
「はっはっはっはあ! 決まってるじゃないか! 私の二つ名、知ってるかい? “百科量覧の知星”だよ! 少なくとも地図上に書かれていることで、私に知らないことはなにひとつないのさ!」
エミルは、ぎゅっとこぶしをにぎりしめました。
こんなにもだれかをなぐりたいと思ったのは、生まれてはじめてかもしれません。
『なんだよ! しってたんなら、どうしておしえてくれなかったの!』
かわりに、相棒のシロンが怒りを爆発させてくれました。
ロウランはカップを置くと、うってかわって真剣な顔で答えます。
「教えてやらなかったんじゃない。教えられなかったんだ。キミたちが自力で答えにたどりつくまで、言うわけにはいかなかった。その理由は、実際に行ってきたならわかるだろう?」
一行は、ぐっと息をのみました。
風を防ぐ結界に守られた妖精の隠れ里、神鳥が住まう塔……たしかに、おいそれと公開してはいけない情報です。釈然とはしませんが、納得するしかありませんでした。
「まあ、それはさておきだ。そんなことより、いま王都ではまずいことになってる」
ロウランは、まずそうにクッキーをかじりながら言いました。きっともう、このクッキーも味がしなくなっているのでしょう。
「それはわかります。さっきも、東門前の通りで乱闘さわぎが起きたところですから」
「そこだけじゃないッスよ。似たようなさわぎが、王都のあちこちで起きてるッス」
「みごとに、私の推測どおりのことが起きてるわけさ。問題は、進行の早さがこっちの予想以上ということ」
ロウランはひとくちお茶を飲むと、べっと苦そうな顔をしました。
どうやら、ティーに入れたお砂糖すらも、その甘味を完全に失ってしまっているようです。それはそのまま、彼女の言う事態の進行の早さを雄弁に物語っていました。
そしてロウランは、もう一度真剣なまなざしを姉妹に向けます。
「というわけで、もはや一刻の猶予もない。キミたちは、いますぐ水晶のしめした残りの三か所へ……」
「いや」
その言葉を、突然エイルがさえぎりました。
一同の注目が、彼女に集まります。
「いますぐ魔王を倒しに行く。いまの私たちなら、あいつに勝てる」
あまりにも突然の宣言に、エミルとシロン、スノーベル、そしてシュガーは、目を見張るのでした。
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