第27話 神鳥の祝福
『むむっ!? なんだそれは!? 氷菓子のように見えるが……』
【神鳥シルフムルグ】も、びっくり仰天です。
ムリもありません。エイルの両手に握られているのは、どこからどう見ても武器とは思えない、ただの大きな一本のアイスキャンディーなのですから。
「おおっ! おいしそー! 最高だよ、エミル!」
持ち主のエイルも、おめめキラキラ、大興奮。いまにもかぶりついてしまいそうないきおいですが……
『ちょっと! 食べたりしないでよね!』
『か……かんべんしてくださいっ』
エイルの剣と合体して、《アイスキャディバー》となっている妖精スノーベルとシュガーの、抗議の声が聞こえてきました。
「わかってるよ。私、友だちは食べたりしないからさ」
『ホントでしょうねえ……』
スノーベルはいぶかしげな声をもらします。シュガーは無言ですが、きっと不安そうにしていることでしょう。
「それじゃ、いくよ、三人とも!」
エイルは《アイスキャディバー》の中にいる、剣の精霊グレイセスと妖精ふたりに呼びかけ、みたび神鳥に向かっていきました!
アイスのあま~いにおいのパワーのおかげで、さっきよりもはるかに速い踏みこみです!
『おもしろい! 菓子というのなら、食らってくれる!』
エイルが振り下ろした《アイスキャディバー》を、神鳥は大きく口を開けて受け止めました!
ガッチーン!
『うむあ!?』
神鳥の口いっぱいに、ひんやりとした冷気と……なんとも言えない甘味がひろがっていきます。
(な、なんだこの……いまだかつて感じたことのない、幸福感は!?)
神鳥は未知の感情に戸惑い、全身の力が抜けていくようでした。
「よし……効いてる!」
エミルは右手で杖を突きつけながら、左手をぎゅっと握りしめました。
ロウランの言っていた通り、甘いものには、生きものをしあわせな気分にさせる力があります。さっきもシュガーの甘いにおいによって、シロンやシロをパワーアップさせたのですから。
しかし、そのしあわせとは本来、戦いに用いられるものではありません。むしろ真逆で、戦いの疲れを癒やし、つらい気持ちを忘れさせるために用いられるべきだと、エミルは考えていました。
つまり――あの《アイスキャディバー》は、単にエイルをパワーアップさせるだけではなく――神鳥をしあわせな気分にして、戦意をそぎ落とす――それこそが、この武器の真のチカラだったのです。
本によると、古来より神と呼ばれる存在は、お酒や甘いものに弱いとされていると、エミルは知っていました。
神さまと呼ばれようと、命ある生きもののひとつ。けっして、万能で無敵な存在ではないのです。
『エ、エイル! この形態、長く持ちそうにない! 早く決めちゃって!』
スノーベルのつらそうな声が響きます。
なにしろ、魔法生物が三体も一本の剣に合体しているのです。中はぎゅうぎゅうで、さぞつらいことでしょう。
「わかった!」
エイルはきりっと表情を引きしめ、《アイスキャディバー》を神鳥の口から強引に引き抜きます。
そして、その勢いのまま、空中でくるくると回転!
遠心力を利用して、今度は神鳥の脳天めがけて、思いきり振り下ろしました!
ゴッチーン!
『カッ……!』
しあわせ夢心地だった神鳥は一転、今度は視界に星がはじけました。
無防備かつ脱力した状態で、急所に強烈な一撃をもらっては、神の獣であろうと、ひとたまりもありません。
神鳥シルフムルグの巨体は、ズズン! と大きな音を立てて、塔の屋上へ墜落しました。
同時にエイルもすとんと着地します。
すると《アイスキャディバー》は元の剣へと戻り、シュガーとスノーベルも、剣から吐き出されるようにして元の妖精の姿へ戻ったのでした。
「『やった! お姉ちゃんが勝ったあ!』」
エミルとシロンは、笑顔でパーンとハイタッチ。
エイルも、向こうから笑って手を振ってくれています。
『やったわね!』
スノーベルは、シュガーにグータッチを求めますが……
『え? う……うん!』
シュガーは戸惑いながらも、やわらかくほほえんで、それに応えました。
友だちとの連携、そして勝利……それらの「はじめて」の成功体験が、シュガーの心にある自信の灯を、より大きくしてくれたようです。この灯はもう、たやすく消えることはないでしょう。
『はーっはっはっはっはっは!』
すると、そんな高笑いが響き渡り、エイル以外の全員がびくっとしました。
声の主――床に伏していた神鳥シルフムルグは、むくりと起き上がり……そして、むくむくと元の大きさへ、神々しい姿へと戻っていったのでした。
『おもしろい! 最高におもしろい戦いであったぞ! よもや、あのような奇怪な魔術で攻めてこようとはな!』
神鳥は、実に楽しそうです。とても神の名を冠しているとは思えないほどのほがらかさです。
しかし、勝者であるはずのエイルは、ふきげんそうにむくれています。必殺の一撃をくらわせてやったのに、平気な顔をしている神鳥が気に入らないのでしょう。
しつこいようですが、エイルは勝負ごとで手を抜かれるのがキライなのです。神鳥が本気でのぞまなかったこの戦い自体、気に入らないものだったことでしょう。
いっぽう、エミルたちとシュガーはあっけにとられ、スノーベルはあきれてためいきをついていました。
『小さき妖精……シュガーといったな。お前の甘味の魔法は、まさに天にも昇るような幸福感だったぞ。そのチカラがあれば、魔王の苦味とやらにも負けはすまい。神の名を持つ我が言うのだ。自信を持つがよい』
『は……はい。あ……ありがとうございます!』
シュガーは顔をまっ赤にしながら、ぺこぺこと頭をさげました。
神鳥からの素直な称賛が、追い風のようにシュガーの背中を押し、勇気と自信の灯をさらに強めてくれたようです。
『そして……エイルとエミル。スターリング姉妹よ。そなたらの絆も輝かしきものであった。どれ、久々に訪れてくれ、さらにおおいに楽しませてくれた礼として、我の祝福を与えよう』
そう言うと、神鳥の体から緑色の光があふれ、エイルとエミルの体を包み込んでいきます。
祝福――それは、神と呼ばれる魔法生物が持つ能力で、これと認めた人間に力を与えてくれるものです。効果は神によって異なりますが、おもに体力・生命力・魔力を高めてくれます。なかには、見た目をより美しくしてくれるものもあり、エミルは実際にその現場を見たこともあります。
なにを隠そう、姉妹が生まれつき強い生命力を持つのも、彼女たちの故郷の守り神・太陽の精霊ソルンの祝福によるものなのです。
やがて、光はゆっくりと消えていき、姉妹は自分の中に新しいものが芽生えたような感覚を覚えました。
『……これにて、祝福は成された。それがあれば、この荒野に吹く風にも影響を受けることはないだろう。騎獣に乗っての移動も、可能になるはずだ』
この塔までの移動中は、エミルが妖精の女王からあずかったアメ玉からバリアを発生させて、風から身を守っていました。しかし、それではシロに乗っての高速移動ができなかったのです。
その理由は、騎乗中は集中が乱れ、バリアを出せなくなってしまうからでした。
しかし、祝福のおかげでその心配がいらなくなるというのなら、こんなにありがたいことはありません。
「ありがとうございます、神鳥さま」
エミルはうやうやしく一礼しました。エイルはまだ、つっけんどんな態度のままです。
『うむ。いましがた、新たな風のウワサを受信したのだが、王都あたりが少しさわがしくなってきたようだ。そなたらの冒険……歩を急いだほうがよいかもしれんな』
その言葉に、一行はハッとしました。
『なにがあったか、おしえてくれないの?』
シロンがたずねます。
『みなまで言わん。この国の平和を守るのは、それを興した人間の役目であるからな』
『ケチー!』
「こら、シロン!」
神に対して無礼にもぶーたれるシロンを、エミルはたしなめました。
しかし、その胸の中では、きっとシロンと同じことを考えていることでしょう。口には出さないだけで。
神鳥は、その心を見透かしたように言いました。
『最初から答えを教えてしまえば、人間は考えることをやめてしまう。それは、とてもおそろしいことなのだ。そなたであれば、理解できるだろう』
「……」
エミルは口を結んだまま、なにも言いませんでした。
たしかに、神鳥の言うことは理解できます。
エミルも幼いころ、問題集の答えのページを先に見るというズルをしたことがあります。しかし、そんなことをしても、ほんとうに問題の内容を理解したとはいえない――そのことに気づいたからです。それ以来、そんなズルもいっさいやらなくなりました。
けれど、それでも……力ある者が危機に手を貸さないというのは、完全に納得しきれるものではありませんでした。
だって、国を興したのは人間でも――みな同じ大地に生きる、仲間ではないですか。
『……ともあれ、こたびは久方ぶりによい思いをさせてもらった。気が向いたなら、いつでも訪れるがいい。歓迎しよう』
「……そのときは、本物のアイスキャンディーをおみやげに持ってきますね」
エミルは、からかいまじりに言いました。
『それは、楽しみだ!』
神鳥シルフムルグはニッとほほえむと、大きな翼をひろげて、はるか上空へと飛び去っていきました。
こうして姉妹たちは、シルフムルグの塔の攻略を完了したのです。
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