第25話 神鳥は躍る
みんなで顔を見合ったあと、この中でいちばん礼節をわきまえているエミルが、代表として一歩前に出て、胸に手を当て、緊張した面持ちで話を切り出しました。
「はじめまして、神鳥さま。わたしは魔法つかいのエミル・スターリングといいます。こっちは姉のエイル・スターリング。パートナーのシロンとシュガー、スノーベルです」
【神鳥シルフムルグ】は、ギラリと金色の瞳を光らせます。
それはまるで、姉妹たちを品定めするような……すべてを丸裸に見透かすかのような視線でした。
『うむ……存じているぞ。"雨あがりの聖女"と"巨獣狩りの剣星"だな』
「! ご存じなんですか、わたしたちのこと!?」
ここは、いわば外界から孤立しているような土地です。風の妖精村の住人たちも、王国では有名な姉妹のことを知りませんでした。
なのに、この神鳥は知っている。その事実に、エミルはおどろいたのです。
『ここは外界とはかけ離れてはいるが、風があらゆるウワサを運んでくれるのだ。おかげで、まったく退屈しない』
「そ……そうですか」
神鳥の口調はどこか自慢げで、くだけていました。
そのため、エミルはすこし意外そうに、引きつった笑みを浮かべます。
『さすがに、全知全能とはいかないがな。だからこそ、あらためて問いたい。そなたらは、何用で参った?』
「じ、実は……」
エミルは、妖精国シュクレーヌのこと、魔王ビターダムのこと、そして魔王を退治するためのチカラを得るため、シュガーを大妖精へ進化させたいこと――そのすべてを話しました。
『なるほど。話はわかった。しかし、大妖精に至るための修行として、妖精が我がもとを訪れたのは、いったい何百年ぶりのことか』
『え?』
シュガーは目をぱちくりさせました。
『大妖精とは通常、永い時間をかけておのれの魔力を高めることで、自然と"成る"もの。修練によってそれを成そうとするのは、裏道と呼ぶほかない。平和を愛する妖精の性質には向かんしな』
『は、はあ……』
これにはシュガーだけでなく、スノーベルも一理あると思いました。
妖精はだれしも、自分から苦難を与えてほしいだなんて、思わないものですから。
もちろん、みんながみんなそういうわけではありません。それでも、神鳥の言う通り、妖精は基本的にお気楽が大好きな種族なのです。
『だが……あえてそうせねばならないほど……急いでいるのだろう?』
『……は、はい、そのとおり……です……』
シュガーはうつむきがちに、こわごわとうなずきました。
エミルたちも、心の中でうなずきます。
アストライト王国から甘味が失われることも、もちろん大問題です。
ですが、なによりシュクレーヌとそこに暮らす住人たちを、すぐにでも魔王の苦しみから解放してあげたい。その思いこそが、彼女たちをここまで導いてきたのです。
『よろしい。せっかく久々に訪れた客人だ。ここは我もひと肌脱ごうではないか』
神鳥はそう言うと、バサッと大きく翼をひろげました。
エイルはとっさに剣のつかに手をかけ、キリッと目を細めて身構えます。
「や、やっぱり、戦うんですか……?」
エミルは、おそるおそるたずねました。
『そなたら人間たちもそうであろう。戦いとは、互いの力と力、技と技、心と心をぶつけ合う儀式。それは石が研磨されるがごとく、強さを手早く向上させる手段であるのだ。多少の痛みと、引き換えにな』
たしかにエミルも、これまでの冒険で同じようなことを言われてきました。そして、それが真理であることも学んできたのです。
シロンだって、戦いの中で自分が大きく成長してきたことを実感しているので、心の中でうなずきます。
「で、でも、さすがに神の名を持つ、シルフムルグさまと勝負になるかどうか……」
それはエミルたちはもちろん、エイルも感じていることでした。
エイルは、できないことはできないと、きっぱり判断できます。
ですが、妹たちのためなら、どんな相手とも戦うことをいといません。それがたとえ、勝ち目のない相手だろうと。
そして目の前に立つ巨大な神鳥は、それほどの相手なのです。
『案ずるな。我ら神の名を冠せし獣が、ひとたびチカラを振るえば、大地が割れ、空は裂ける。だからこそ、チカラを抑える術も心得ているのだ。これは、そこの小さき妖精が大妖精に成るための修行。まちがっても全力を出したりはしない』
それはそれで腹が立つと、エイルはむっと顔をしかめました。
エイルは、勝負ごとで手を抜かれるのがキライなのです。
『では、それを証明する意味でも、ふさわしい姿で相手をしてやろう。なにより、このままでは我が家ともいえるこの塔を壊してしまいかねんからな』
すると、神鳥の姿がみるみる縮んでいき、元の半分ほど――10メートルくらいの大きさになりました。
全身から発する威圧感も、さっきよりはるかに弱くなったのが感じられます。
それでも、巨大な相手であることには変わりません。苦しい戦いになることは、まちがいないでしょう。
「おっきいままのほうが、(攻撃を)当てやすかったのに」
エイルはふきげんそうにぼやきます。
『はっはっは! そう解釈するか。ウワサ通り、おもしろい娘だ』
神鳥は逆に、ごきげんに笑い飛ばしました。
『それでは、はじめようか。久方振りの戦い、心が躍るわ!』
神鳥がそう言って羽をひろげ、目つきをするどくした瞬間――
エミルたちの全身を、すさまじいプレッシャーが襲いかかりました!
「く……!」
全身がすくみ、気をしっかり持っていなければ、意識まで持っていかれてしまいそうです。
『シュガー、だいじょうぶ!?』
シロンとスノーベルは、気弱なシュガーを心配します。
『だい……じょうぶ……もう、逃げないって……決めたから……!』
シュガーは汗だくで苦しそうな顔をしていますが、なんとか威圧感に耐えているようでした。
ここまでの冒険で強くなった勇気の灯が、彼女にたしかな力を与えているのです。
「よーし、それじゃあみんなで、力を合わせて戦おう!」
「『おー!』」
姉妹と妖精たちは、威圧感に負けない気合を入れて、戦闘態勢をとりました。
『まずは小手調べ。この風に耐えてみよ!』
神鳥はぶわっと高度を上げると、大きく翼をはばたかせ、強風を起こしてきます。
その威力は、一階の【ストームバード】のものとはケタちがい。風速もさることながら、風そのものに殺意がこめられているようで、触れただけで身が引き裂かれるような思いです。
こんなものをまともに受けてしまえば、よくて吹き飛ばされて塔から落下するか、最悪の場合、ミキサーのように切り刻まれてしまうでしょう。
「そんなの、もう効くか!」
エイルの右手の指輪のうち二つが、金と銀の光を放ちます。
すると、彼女の両手ににぎられた二本の剣が、それぞれ金と銀の美しい装飾をまとった剣へと変化したではありませんか。
これはエイルのパートナーである剣の精霊エクシリアと、同じくグレイセスのチカラ。ふたりがエイルの剣と合体し、その能力を大幅にパワーアップさせたのです。
エイルは金と銀の剣を、目の前で交差させるように振りました!
シャキーン!
殺意の風と剣とがぶつかり合い、するどい音が響き渡ります。
それはとても、形のないものを斬ったとは思えない音でした。
「ぷわっ!?」
「『きゃあっ!?』」
結果、エイルと後方のエミルたちは、風圧にたまらず吹き飛ばされますが……
『ほう、耐えたか。みごとだ』
神鳥は感心していました。
たしかに姉妹は風に押し負けました。ですが、塔から落っこちてはいませんし、大したダメージも受けていません。
神鳥の与えた小手調べ――最初の試練は、合格といったところでしょう。
エイルはすぐに起き上がり、ふたたび剣をかまえて言いました。
「じゃあ今度は、こっちの番でいいよね?」
戦いは、まだはじまったばかりなのです。
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