第23話 おはなしの主人公なら
「どんな考えか、聞かせて?」
エミルは真剣なまなざしで、シュガーに答えをもとめました。
『は、はい。あの、わたし……落ちこぼれで友だちがいないから……あ、もちろん、スノーベルをのぞいてですよ。その……おうちでひとりで本を読むことが多くて……その中で、体が大きくて飛べない妖精の話があったんです』
『あ……それ、私も読んだことあるかも。でも、どんな話かはおぼえてないのよねえ』
スノーベルは、うーんとうなりました。
「それで、どんなおはなしなの?」
エミルは心なしか、目を輝かせていました。
エミルも本を読むのが好きなので、興味津々のようです。
『大きな妖精のために、友だちの妖精たちが協力してあげるんです。でも、大きな妖精は体が大きいから、小さな友だちの妖精たちが協力しても、とても抱えて空を飛ぶことはできない。そこで、友だちの妖精たちは風の精霊に協力してもらって、上昇気流を起こしてもらうんです。そして、自分たちの羽で風を受けることによって、大きな妖精は、夢だった空を飛ぶことができる……そんなおはなしです』
『おお! それは胸が熱くなる話だね!』
「今度、わたしにも貸してね!」
シロンとエミルは、星空のように瞳をきらめかせました。
『コーフンするのもほどほどになさい。……つまり、私とシュガーで協力して、エミルを抱えたシロンを、次の足場まで跳ばそうってわけね?』
スノーベルは、あきれ顔で要約しました。
『う……うん。できるかどうかは、自信ないけど……』
『いいえ。少なくとも、そこのおチビさんの案よりは現実的だわ』
『なんだとー!』
シロンは、いまにもスノーベルにつかみかからんばかりの勢いで、かみつきました。
『エミルのマナで、私たちの飛行能力を強化してもらえば、なんとかなるでしょう。そうすれば、羽の動きが封じられていても、ギリギリ空中での姿勢は維持できるはず。そういうことでいいわね? マスター?』
スノーベルはシロンの反応を無視して、からかいまじりにエミルへ意思を確認します。
「うん。それでいこう。シロン、おねがいね」
『むー、わかった。まかせて』
シロンは釈然としないようすですが、パートナーのエミルにおねがいされては、素直にしたがうほかありません。
そして、作戦の準備がととのいました。
シロンはエミルをお姫さま抱っこし、その両肩にシュガーとスノーベルがしがみついています。
「じゃあ、いくよ!」
エミルはキッと表情を引きしめ、杖を振りました。
「《ドラゴンウイング》!」
シロンの背中の翼が白いオーラをまとい、大きくひろがります。これは飛行能力を強化する魔法です。
ですが、それでも、この気流と神鳥の"羽封じ"の威圧感の中で、エミルを抱えたまま安定して飛ぶには、まだ力が足りません。
『いくわよ、シュガー!』
『う……うん!』
スノーベルとシュガーも、体内の生命エネルギーを羽に集め、ピンとひろげました。
『よーし、跳ぶよっ!』
シロンは助走をつけ、とぎれた床のはしっこを蹴って大ジャンプ!
エイルお姉ちゃんの待つ、宙に浮かぶ足場をめざします!
しかし、シロンの単純な跳躍力では、とても届きません。このままでは、奈落の底へまっさかさまです。
そこで、シロンと肩の上の妖精ふたりは、翼と羽で上昇気流を受けました。
すると、その体がふわーっと持ち上がったのです。
「おお!」
先に足場で待つエイルが、興奮ぎみに声をあげました。
あと四メートル。三メートル。
もう少しで届きそう……そう思った瞬間――
ガクッ!
シロンは急激に高度を落としました。
もう少し、あと少しというところで、上昇気流をうまくとらえられなくなってしまったのかもしれません。
『ん~~っ!』
シロンは、ちぎれんばかりに翼をピンとひろげます。
しかし、なかなか高度が上がりません。
「がんばって、みんな!」
シロンに抱かれたエミルも、杖に力をこめながら声援を送ります。
それでも、高度は上がりません。シロンも、シュガーも、スノーベルも、みんな必死で、エミルの声がとどいていないのです。
『う……やっぱり、ムリだったんだ……わたしなんかの考えじゃ……』
シュガーは、また弱気な気持ちが顔を出し、羽がしなだれていきました。
さらに高度が下がります。
『そういうのは死んだあとになさい! いまは風をつかまえることだけ考えて!』
スノーベルも、シュガーをはげます余裕がありません。
そんな余裕があるのは――
「シュガー! シュガーは本を読むの、好きなんだよね!」
そう、シロンに抱かれているだけのエミルだけです。
『はい……す……好きです……』
「わたしもだよ。だから、ほんとうにどうしようもなくなったとき、わたしはこう考える! こういうとき、おはなしの主人公ならどうするかって!」
絶望にしずみかけていたシュガーの顔が、ハッとしました。
(おはなしの主人公なら、どうするか……? そんなこと、考えたこともなかった……)
だって、弱虫でおくびょうな自分と、勇敢な物語の主人公なんて、あまりにもかけ離れた存在です。自分と重ねて考えるという発想すら、シュガーにはありませんでした。
ですが、そんな主人公たちに、あこがれていたのもまた事実なのです。シュガーだって、"こんなふうになれたら"と、思い描いたことがないわけではありません。そのことに、いまはじめて気づくことができました。
「だから、あなたがなるんだよ、主人公に! なって、わたしたちを助けて!」
エミルの必死な叫び。それは、シュガーの中にともりはじめた勇気の灯を、一気に燃え上がらせました。
(助ける……わたしが、エミルさんを……)
どこまでも自分に寄りそってくれるエミルの切実な願いが、シュガーの弱気な心を強く打ち鳴らしたのです。
(……わたし、エミルさんを助けたい! こんなとき、おはなしの主人公なら、そう願うはず! 全身全霊で!)
強く、強く。いままでにないくらい強く、そう思った、その瞬間でした。
シュガーの全身から、白い光の粒子があふれだしたのです。
それは風に乗って、エミルを抱えるシロンの鼻孔をくすぐりました。
『あれ……なんか、甘いにおいが……』
すると、どうしたことでしょう。シロンの全身に、突然、力がわきあがってきました。
その力は、"羽封じ"の威圧感を打ち破り、シロンの体を宙へと持ち上げていきます!
『あ! なんだかよくわかんないけど、飛べるようになってる! よーし!』
理由はわかりません。けれど、いまはそれを考えている場合でもありません。
シロンは、ふん! と鼻息を鳴らし、翼を大きくひろげて、高く舞いあがっていきました!
そして、そのまま――
ダンッ!
力強く、エイルのいる足場へと着地したのです。
「ナイスジャンプ!」
エイルも、称賛の言葉を贈りました。
『ジャンプじゃないよ。ナイスフライト!』
シロンはすかさず訂正しながら、ゆっくりと抱っこしていたエミルをおろしてあげました。
足場は定員オーバーぎみですが、エミルがエイルと人型シロンにくらべて小柄なおかげか、ギリギリ収まっています。
エミルは、無事に吹き抜けを飛び越えられたことにひと安心しました。
しかし同時に、いま起きたことにとまどっていました。
「いまのは、いったい……」
そう疑問を口にすると、シロンの右肩をつかんでいたシュガーが、ぽろりと落っこちそうになりました。
「おっと!」
反射神経にすぐれるエイルが、すかさずそれを受け止め、ことなきを得ました。
「だいじょうぶ、シュガー?」
エミルとシロンは、エイルの手の中にいるシュガーを心配そうにのぞきこみます。
シュガーは疲れ切っていて、ぐったりしていました。
『まるで、強い魔法を使ったあとみたいな反応ね』
妖精の同族であるスノーベルは、そう推測しました。
すると、エイルがほほえみながら、つづけて言います。
「私は見てたよ。シロンが舞いあがる直前、シュガーが魔法を使ってくれたところ」
『あ! そういえばあのとき、甘いにおいがして……そしたら、きゅうに力がわいてきたんだよ! あれは、シュガーがやってくれたんだね?』
シロンも思い出したようにハッとして、ぱんと手をたたきました。
「ロウランさんも言ってたね。甘味はしあわせのもと……魔法の源である、心を満たしてくれるんだ。お砂糖の妖精のシュガーが、甘いにおいでシロンの飛行魔法を最大限に高めてくれたんだね」
エミルは、そう結論づけました。
すると、シュガーがゆっくりと目を開きます。
『わたし……お役に立てたってことですか……?』
姉妹とスノーベルは、にまっとした笑顔でこたえました。
「『うん! とっても!』」
そのあかるい声を聞いて、シュガーもまた、満たされた気持ちになりました。
そして、うれしそうにほほえみます。
小さいようで、大きな一歩。シュガーはいま、それを踏み出すことができたのです。
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