第21話 勇気のありか
「それじゃあ、おねがいね!」
『キイー!』
塔の二階――気流の乱れる吹き抜けの間。
エミルとエイルのふたりは、一時的にパートナーとなった【ストームバード】の背に乗りました。ほかのパートナーたちは、いったん指輪に戻しています。うっかり風に吹き飛ばされてしまっては、たいへんなので。
ストームバードは翼を大きくひろげると、とぎれた道の端から、向こう側に見える三階への階段めがけてテイクオフ!
緑色の翼は、ゆうゆうと気流を切り裂き、荒れ狂う風などものともせずに滑空していきます。
背中に乗った姉妹も大興奮です。強風を切りながら空を飛ぶ感覚は、なんと気持ちいいことでしょう。
やがて、数百メートルほどの短いフライトが終わり、ストームバードは、三階への階段側にある、とぎれた道へと見事に着地しました。
「ありがとう!」
その背から降りたエミルは、お礼を言いました。
『キィ……』
ですが、ストームバードの返事は、どこか重々しいものでした。
『きょうりょくできるのはここまでだ。ここからはとてもちかづけない……だって』
ふたたび指輪から出てきたシロンが、ストームバードの言葉を翻訳しました。
「近づけない……どうして?」
エミルは首をかしげます。
「いや、それはわかる気がするよ」
野生のカンを持つエイルが言いました。
見ると、同じく指輪から出てきたシュガーとスノーベルが、顔を青ざめさせています。
『わたしたちも……このうえにのぼるの……こわいです……』
『頂上に近づこうとするほど、伝わってくるわ。……【神獣シルフムルグ】とやらの、圧倒的な威圧感が』
エミルは、ハッとしました。
そうです。ここは、シルフムルグの塔。ストームバードにしてみれば、主のすみかに近づくというのは、それだけで恐れ多いことなのでしょう。
「……わかった。それなら、ここまででいいよ。協力してくれて、ありがとう」
エミルがあらためてお礼を言うと、ストームバードは『キイー!』とひと鳴きして、もと来た道を飛び去っていきました。
「……よし。じゃあ、私たちも先に進もうか」
エイルは、ぐいーっと伸びをしたあと、三階への階段をのぼろうとします。
しかしシュガーは、空中で身ぶるいしたまま、この場を動こうとはしません。
「だいじょうぶ、シュガー?」
エミルが心配そうに声をかけました。
だいじょうぶじゃないのは、わかっています。自己肯定感の低いシュガーの気持ちは、エミルにもじゅうぶんにわかっているのです。
でも、残念ながら、ここは先に進む以外の選択肢がありません。ストームバードが去ってしまった以上、引き返すことはできません。
なにより、こんなところで逃げていては、シュクレーヌやアストライトを救うなんていう大それたこと、とてもできっこありません。
そして、そのことをシュガー自身もわかっていました。たとえ怖くても、勇気を持って前に進まなくてはならない。愛する故郷を守るために。
シュガーは、自分を心配してくれているエミルとスノーベルの顔を、かわりばんこに見ました。
ふたりは、自分にとって大切な恩人と、友だちです。だからこそ、聞きたかったのです。
『ふたりは……こわくないんですか……?』
エミルとスノーベルは、おたがいに顔を見合わせると、
「『めちゃくちゃこわい』」
と、即答しました。
もちろんシュガーは、あっけにとられます。
『じゃ、じゃあ……どうしてふたりは、そんなに勇気があるんですか?』
反射的に、そうたずねずにはいられませんでした。
エミルはやさしくほほえみ、シュガーの頭を指でなでながら、こたえました。
「大切なひとたちがいるから、かな」
『え……?』
「わたしたちががんばらなきゃ、シュクレーヌもアストライトも滅んじゃう。そうしたら、わたしの大切な人たちだって、苦しむことになっちゃうんだ。そっちのほうが、ずっとこわいからね」
そう言いながら、エミルは左手の薬指にある指輪へ、そっと手を触れました。
『エミルさん……』
「もちろん、その中にはシュガーだっているからね」
『わたしも……?』
「だって、あなたはもう、わたしの大切な友だちだから。友だちのためなら、なんだってできちゃうよ」
『友だちの、ため……でも、わたしには……』
シュガーはうつむいて、ぎゅっとスカートのすそをつかみました。
わたしには、できっこない。
なぜなら10年前、スノーベルを見捨てて逃げてしまったから。
友だちのために恐怖に立ち向かう勇気なんて、わたしには持てない――
一度は戦うと誓ったのに、過去を振り払うことができずにいたのです。
そんなシュガーを見かねて、スノーベルはぽんと彼女の肩に手を置きました。
『まあ、この子の言うことは、あんまり真に受けないほうがいいわよ。この子は、私たち妖精の基準から見ても、ちょっとおかしいから』
「ええっ!? スノーベルって、わたしのこと、そんなふうに見てたの!?」
エミルは、意外そうに目を丸くしました。
スノーベルは、そんな彼女をムシして、つづけます。
『私は、あなたの中にも、ちゃんとあると思うけどね。勇気』
『そ、そんなことは……』
『じゃあ、どうして最悪な思い出しかない人間界に来ようと思ったの?』
『それは、シュクレーヌのため、尊敬する女王さまのために……あ』
シュガーは、ハッとしました。
自分もまた、エミルの言う通り、大切なもののために勇気を出したのだということを。
『ね、あるでしょ。勇気』
『で、でも、わたしは、あなたを……』
『考えようによっちゃ、それも勇気がいることじゃない。友だちを置いて逃げるっていう判断も』
シュガーは、胸がちくりと痛くなりました。
『あ、誤解しないでね。あなたのこと、責めてるわけじゃない……ああもう、こういうの苦手だなあ……とにかく、どんな形であれ、どんな強さであれ、あなたにはちゃんと勇気がある。もっと自信を持ちなさい。私が言いたいのは、それだけ!』
スノーベルは、どんとシュガーの胸をたたきました。
その力強い言葉に、シュガーは思わず顔を上げます。
エミルは、もう一度シュガーと視線を合わせて、言いました。
「シュガー。もし本気で逃げ出したくなったら、いつでも逃げていい。そうなっても、わたしたちはあなたのことを責めないって、約束する。だから、そのギリギリまで、わたしたちといっしょにがんばってくれないかな?」
感受性の高いシュガーには、エミルの言葉にウソもいつわりもないことがわかりました。
この人は、本気でわたしのことを思ってくれている。
だからこそ――最後にもうひとつだけ、聞いてみたいことがありました。
『エミルさんは……どうして、出会って間もないわたしのことを、そこまで思ってくれるんですか……?』
エミルは笑顔で、左手の薬指にある指輪を見せながら、こたえました。
「結んだ絆に、すごした時間は関係ないんだよ。わたしも、ある男の子から教えてもらったんだ」
その言葉からは、あたたかく、しあわせな波長が感じられました。
その男の子はきっと、彼女にとってものすごく大切な人なのだろう――シュガーにも、それが伝わってきました。
「そうだ。シュガーは、その男の子に少し似てるんだよ。だから、よけいにほっとけないんだと思う」
『わたしに? その人、どんな人だったんですか?』
「ふだんはたよりなく見えるけど、すごく勇気のある子だったよ」
『わたしも……なれるでしょうか。その人みたいに……』
「なれるよ。シュガーが本気で、なりたいと思いさえすればね!」
シュガーは、自分の中の希望の灯が、またいっそう強くなったのを感じました。
そして、とくいげな笑顔を浮かべているスノーベルを見ます。
スノーベルは、むかしからの大切な友だちです。けれど、自分は彼女を見捨てて逃げてしまった。その事実は、変えられません。
ですが――自分たちはこうして再会し、彼女は自分に笑顔を向けてくれています。犯した罪はつぐなえばいいと、はげましてもくれます。
だからこそ、シュガーはあらためて誓い直したのです。もう二度と、友だちを、大切な人を置いて逃げるような自分にはならないと。
それが勇気なのだと自覚するのは、まだしばらく先のことですが……
シュガーは、覚悟を決めた表情で言いました。
『……行きます。行きたいです。わたしも、大切なひとたちのために!』
エミルとスノーベルは、そろってにまっと笑顔を浮かべ、
「『うん!』」
と、シュガーの小さな手を引いて、塔の三階へと進んでいくのでした。
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