第19話 心の温度
「よくもやったな、おかえしだ!」
エイルはダッと駆け出し、【ストームバード】の群れとの距離を詰めていきます。
こんどは吹き飛ばされる前に、数十メートル離れた距離から《風刃》を飛ばしてやろうと、剣を振り上げた、そのとき――
ビュゴオーッ!
「のわーっ!?」
その前に、ストームバードたちが息の合った羽ばたきで強風を巻き起こしました。またしてもエイルは吹き飛ばされ、後方にいたエミルたちの足もとへ、ズザーッと倒れ込みます。
「お姉ちゃん!?」
エミルたちもびっくりして、ぎょっと身をすくませました。
「くそー、あの風、やっかいだなあ……エミル、なんとかなんない?」
頭をかかえながら起き上がったエイルは、完全にお手上げの様子です。考えること担当の妹・エミルへ、アイデアを求めました。
「うーむ……」
エミルは頭をひねりました。強風を起こす相手とは、何度か戦った経験があります。しかし、あの鳥の大群は規模がケタちがいです。近づくこともできず、こちらの攻撃の射程ギリギリまで入っても吹き飛ばされてしまいます。どうしたものでしょうか。
『そーだ! エミル、あのアメだまバリアで、かぜをふせげるんじゃない!?』
シロンがナイスアイデアとばかりに、ぽんと手を打ちました。
しかし、エミルはかぶりを振ります。
「ムリよ。バリアで外の風を防げたのは、あくまで自然現象だったから。あの鳥たちの風には、こっちに対する敵意が乗ってる。そういうものは防げないんだよ。感覚でわかるの」
『む~……』
せっかくない頭をしぼって思いついた案を却下され、シロンはむくれてしまいました。
『でも、ほかに方法なんてないわよ。攻めることも、防ぐこともムリ。八方ふさがりだわ』
スノーベルもくちびるをとがらせます。
姉妹がストームバードへの対抗策を考えていると……
『あの……』
エミルの腕の中にいたシュガーが、おずおずと手をあげました。
「なあに? もしかして、なにか思いついた?」
『い、いえ、そういうわけじゃ……あの、どうしてもあの鳥たちと戦わなくちゃいけないんですか?』
「なに言ってんの。あいつらを倒さなきゃ、先に進めないんだよ」
エイルが、あきれたように言い捨てます。
『え? だ、だって、ほら……道なら、ほかにもあるじゃないですか……』
シュガーはびくびくしながらも、うしろの分かれ道を指差しました。
そう、うしろの分かれ道を――
「『……あ』」
みんな、あっけにとられました。
しばらくの沈黙のあと――
「た……たしかに! なにもムリして戦う必要ないじゃん! いままで向かってくる相手はみんなやっつけてばっかりだったから、すっかり忘れてた!」
『そーだよ! にげるのははずかしいけど、やくにたつ!』
エミルとシロンは、目からウロコが落ちたとばかりに、スットンキョーな声をあげました。
「そうと決まれば、みんな、逃げるぞーっ!」
切り替えがいつだって早いエイルの号令に合わせ、エミルはシュガーに加えてスノーベルもしっかり抱きかかえ、シロンとともに分かれ道へ向かってダッシュしました。
『え……ええ~っ!?』
今度はシュガーがあっけにとられる番でした。まさか自分の案が採用されるなんて、という驚きと、姉妹の判断の早さへの驚きが入り混じります。
そして一行は、なんとか分かれ道の先へ逃げ込むことに成功しました。
ストームバードたちは、追いかけてくる様子はありませんでした。
「ここまでくれば、平気だろ」
エイルは、ひと安心とばかりに汗をぬぐいました。
『あの鳥たち……もうあきらめたんでしょうか?』
シュガーは、不安げに振り向きながら言いました。
「最初にお姉ちゃんが倒した二体は、気絶させただけだからね。そこまでわたしたちを追い回す理由はないんじゃないかな。近づいたら、また襲われるだろうけど」
エミルが息をととのえながら答えました。
『え? ……気絶させただけ……なんですか?』
シュガーは意外そうに思わずたずねました。あのときのエイルの一撃はあまりにも鮮やかで、てっきり致命傷を与えたものだと思っていたからです。
エイルは、にししっと笑ってエミルの肩を抱き、言いました。
「だって私たち、奪う必要のない命は奪わないし、奪わせないって決めてるからね!」
その誓いの言葉を聞いて、シュガーはハッとなりました。
そこへ、スノーベルがぽんとシュガーの肩をたたきます。
『この子たちは、こういう子たちなのよ。一度決めたことは、ぜったい曲げないがんこさんたち。だからきっと……』
みなまで言わなくても、わかることでした。
この人たちはきっと、本気の本気でシュクレーヌを救うためにがんばってくれている。そのためなら、自分たちの命だってかける覚悟なのだろうと。
「それより、シュガーのおかげでなんとかなったよ。ありがとう!」
エミルは、にっこり笑ってお礼を言いました。
『わ、私はただ、うしろでびくびくおびえていただけで……』
シュガーがうつむいて言うと、エミルはまたかぶりを振ります。
「ううん。だからこそ、あの場でいちばん冷静だったんだと思う。りっぱな、あなたのおてがらだよ」
『わたしが……みなさんの役に立てた……』
シュガーの弱気な心に、ほんのりとあたたかい灯がともったような気がしました。
『そうだ! だったらここからは、シュガーにみちあんないしてもらえばいいんだよ! だって、ベルよりかんちのうりょく、たかいもん!』
『ひとこと余計よ!』
名案とばかりにとくいげなシロンの頭を、スノーベルがこつんと小突きました。
『えっ……わたしが道案内、ですか……?』
突然のご指名に、シュガーはびくっと身をすくませます。
「そうだね。いい考えかも。むかしから妖精が旅の案内をしてくれるのは、冒険物語のおやくそくだもの!」
エミルも乗り気になっていました。もちろん、現実と物語をいっしょにしてはいけないことはわかっています。それでも妖精という種族は、魔法生物の中でも感知能力がずば抜けて高く、実際に旅のおともとして連れて歩く冒険家も多いことを知っていたのです。
『で、でも、わたし、自信がありません……』
頼ってもらえたうれしさよりも、重圧のほうが勝ってしまったのでしょう。シュガーは、しゅんとうつむいてしまいました。
すると、スノーベルがぎゅっと手をにぎってくれます。
『私も手伝うからだいじょうぶよ。私たちは友だちだから、波長を合わせれば感知の精度をもっと高められる。やってみましょ』
スノーベルの冷たい手から伝わるあたたかさで、シュガーは心の温度がさらに高まっていくのを感じました。そして……
『……うん』
と、ゆっくりうなずくのです。
『それプラス、おねえちゃんのやせいのカンがあわされば、ムテキだよ!』
「まかせろ!」
シロンに持ち上げられて、エイルは大きく胸を張りました。
「決まりだね! "こっそり迷路を抜けるぞ作戦"、開始だよ!」
「『おーっ!』」
エミルの号令で、みんなはいっせいにこぶしを天へ突き上げます。
……スノーベルだけは心の中で、『なんてダサい作戦名なのかしら』とぼやきながら、しぶしぶといった様子でしたけれど。
シュガーもなんだか、自分にもできるような気がしてくるのでした。
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