第18話 シルフムルグの塔
暴風吹き荒れる荒野には、あいかわらず目印となるものはありませんでした。しかし、風の大妖精からもらった"シルフムルグのヒナ時代の羽"がコンパスの役割を果たしてくれたおかげで、一行は迷うことなく目的地へたどり着くことができました。
そして――
「ほえー……」
エイルたち姉妹は、目の前にそびえ立つ巨大な塔を見上げていました。壁の色はベージュで、高さは100メートルほどもあります。
塔の周囲も、先ほど訪れた妖精村と同じように緑色のバリアに包まれており、荒れ狂う暴風の影響を受けてはいませんでした。
『なんだか、くうきがピリピリする……』
シロンは、わずかに表情を険しくします。
『そうね。てっぺんのあたりから、とても強いオーラを感じるわ。きっと【神鳥シルフムルグ】のものね』
スノーベルも額に冷や汗を浮かべていました。
彼女より感知能力の高いシュガーも、不安そうにエミルのローブをぎゅっとつかんでいます。
「怒らせなきゃ、なんともないって、あの大妖精も言ってたじゃん。おじゃましまーす!」
エイルは物おじすることなく、堂々と塔の中へ入っていきました。ちなみに入口には扉がなく、大きく開け放たれたままになっています。
「あ、待ってよ、お姉ちゃーん!」
エミルたちもあわてて後を追い、一行は塔の中へと足を踏み入れるのでした。
ちなみに、あまりにも自然に入れてしまったため、だれも気づいていませんでしたが、この塔を包むバリアは神鳥が張った特別な結界です。本来なら、シルフムルグの羽を持つ者しか通り抜けることはできません。……今となっては、どうでもいいことですね。
☆ ☆ ☆
塔の中は、迷路になっていました。
通路は人工的に積み上げられた石壁で区切られ、分かれ道も数多くあります。道幅は広く、天井も10メートル近い高さがありました。
「完全にダンジョンだね」
エミルがぼそっとつぶやきます。
ダンジョンというのは、魔法生物たちのチカラによって作られた迷宮のようなすみかです。内装は天然の洞窟だったり、このような人工建造物のようだったりとさまざま。その目的も、侵入者から身を守るためだったり、逆に迷いこんだ侵入者をえじきにするためだったり、あるいはヒマを持てあました神々の遊びで作られたりと、こちらもさまざまです。
「だねー! 冒険してるって感じ!」
冒険好きのエイルは、すっかりごきげんです。ひとりでずんずん前へ進んでいきます。
『シロンも、わくわくしてきた!』
シロンもすっかりノリノリですが、そのいっぽうで、スノーベルとシュガーの妖精コンビは不安そうに顔を青ざめさせていました。
『ダンジョンか……』
とくにスノーベルは、少し前にダンジョンで苦い経験をしたばかりです。そのため、シュガー以上にナーバスになっています。
姉妹と妖精たちが対照的な反応を見せる中、それは何の前ぶれもなく現れました。
『ケエーッ!』
二体の大きな緑色の鳥が、甲高い鳴き声を響かせながら襲いかかってきたのです。
『きゃあっ!』
おくびょうなシュガーは、真っ先にエミルの背中へ隠れました。
二体の鳥は、【ストームバード】という種族の魔法生物。どんな暴風の中でも平気で飛び回れるほどの高い飛行能力を持ち、その羽ばたきだけで強風を巻き起こすこともできます。敵に回せば、なかなか手ごわい相手です。
さらに、この通路は天井がやけに高く、屋内でありながら鳥型の魔法生物が自由自在に飛び回れる環境でした。
空を支配する相手にとっては絶好の戦場――姉妹は、いきなりやっかいな敵との戦いをむかえることになったのでした。
「だいじょうぶだよ、シュガー」
エミルは、おびえるシュガーにやさしくささやきかけました。
そんな妹の言葉にこたえるように、先頭のエイルが腰に差した二本の剣を引き抜き、戦闘態勢に入ります。
その表情は、ふだんの奔放でゆるい雰囲気とはまるでちがい、真剣そのもの。背中からも迫力が伝わってくるようで、シュガーもスノーベルも、ごくりと息をのみました。
「エクス! レイ!」
エイルはパートナーたちの名を呼びます。
右手の人差し指と薬指にはめた指輪から金色と銀色の光が放たれ、二本の剣と合体しました。
『わあ……』
シュガーは、思わず感激の声をもらしました。
合体して生まれた金と銀、二本の剣の輝きと美しさといったら、なんとすばらしいことでしょう。こんなにもきれいなものは、いままで見たことがありません。
背中でなびくエイルのやまぶき色の長い髪も、その光を受けて太陽のようなきらめきを放っていました。
『キィッ……!』
二体のストームバードも、そのまばゆい輝きに目がくらんだのか、思わずひるみます。
そして――エイルは、その一瞬のスキを逃しませんでした。
シャキーン!
床をけって一気に間合いをつめると、高く跳び上がり、そのまま鋭い一閃。
二体の鳥は、一瞬にして斬り捨てられました。
ドサッという音を立てて、鳥たちは床へ墜落します。
『いつ見ても、みごとなものね』
かつてエイルと行動をともにしていたスノーベルは、思わず舌を巻きました。その剣さばきは、以前よりもさらに洗練されているように思えます。
かわいい妹たち――エミルとシロンも感激しており、シュガーも驚きで目を丸くしていました。
しかし、エイル本人は戦闘モードのまま、じっと通路の奥、進行方向を見すえています。
すると――
『キィ! キィ! キィ!』
なんと、さらに多くのストームバードの群れが、こちらへ迫ってきたのです。その数、軽く十体以上。
どうやら最初の二体は先行部隊だったようです。侵入者に気づき、本隊を呼び寄せて迎え撃つ準備を整えていたのでしょう。
エイルは鳥の群れを認めるやいなや、すぐさま斬りかかろうと身構えますが……
ビュゴオーッ!
ストームバードたちは、いっせいに翼をはばたかせ、こちらへ向かって猛烈な暴風を巻き起こしました!
「うわっ!?」
「『きゃあーっ!』」
十体以上が力を合わせて起こす強風――いえ、もはや暴風です。
その威力はすさまじく、風圧だけでエイルも、後方にいたエミルたちも大きく吹き飛ばされ、床へたたきつけられてしまいました。
「いってて……くっそ〜……」
エイルは背中をさすりながら立ち上がり、悔しそうにつぶやきます。
「うう……」
いっぽうでエミルは、すぐには起き上がれないようでした。
『エミル! だいじょうぶ!?』
空を飛んでいたシロンとスノーベルは、自分たちの身よりもエミルのことを心配します。
「わたしは平気……それより、シュガーは……?」
シュガーは、エミルの両腕の中で丸くなっていました。
吹き飛ばされる直前、エミルがとっさにその小さな体をかばったのです。
『あ……だいじょうぶ……です……』
シュガーはゆっくりと目を開き、小さく答えました。
そして、自分を守るように抱きしめてくれたエミルの姿に気づきます。
それはうれしいこと以上に、もうしわけない気持ちで胸がいっぱいになりました。
(わたしなんかのために、エミルさんが……)
シュガーは悲しげに顔をゆがめ、白い瞳を涙で潤ませます。
しかしエミルは、そんな彼女の気持ちを察したように、安心させるよう頭をそっとなでました。
「気にしないで。わたしがそうしたかっただけだから」
そう言ってシュガーを右腕に抱いたまま、ゆっくりと立ち上がり、遠くにいるストームバードの群れをキリッと見すえます。
「それよりも……さあ、反撃のターンだよ!」
エミルの宣言にこたえるように、シロンもスノーベルも、そして先頭に立つエイルも、鳥の群れを鋭くにらみました。
はたして姉妹は、無数のストームバードが巻き起こす暴風の壁を、どう突破するのでしょうか。
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